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可憐な花、ラウラ嬢


 僕とウワズル―がネンベルク家の屋敷にたどり着くと、門前に見慣れない高級そうな箱馬車が停まっている。


 ゆっくりと近づくと荷台にはゴテゴテと重々しい装飾が施されているのが目に入った。ドアは黄金に縁どられ、屋根の上には金に輝くグリフィンの彫刻が羽を広げている。


 表面は艶めいた木で光沢があり、手入れが行き届いているのがわかる。


 そういえば、ネンベルク家の紋章はグリフィンをモチーフにしていると聞いた事がある。


 その飾りだらけの荷台につながれているのは、馬ではなく大きな角の生えた二角獣【バイコーン】だ。しかも2頭。筋骨隆々の馬によくにた性質の獣。


 長距離の移動手段として重宝されている。


 その周囲には数名の護衛らしき軽装備の男たちが、口をへの字に結んで、こちらを不審そうに眺めている。


 もしかすると、ネンベルク家の誰かが訪ねてきているのかもしれない。


 僕はそれらを横目に、庭の隅にある厩舎(きゅうしゃ)に向かい馬をつなぐと、ウワズル―と一緒に屋敷に入った。


 扉をあけた途端。


「きゃっ! ホビットだわ!」


 黄色い声と共に、薄い紺色のドレスを着た女の子が僕たちの前に走り寄った。


 床に届きそうな長い丈のスカートを揺らしながら、その女の子はウワズル―の前にしゃがみ込む。


「かわいい! あなたお名前は?」


 ウワズル―は、まんざらでもないような声で返事をする。


「オイラは、ウワズル―ってんだ。よろしくな、お嬢さん」


 女の子は、小さくふふっと笑って手を差し伸べた。


「私はラウラ。よろしくね、ウワズル―」


 ウワズル―との握手の後、女の子はすっと立ち上がり、僕に視線を移す。


 僕はその瞳の奥に吸い込まれそうになった。青と深緑、陽を吸い込んだ海のような色。


 明るく眩しいブロンドの髪が、すこし目にかかって揺れた。咲きかけの花びらのような小さく赤い唇。


「もしかして、あなたが、アルフレート?」


 突然名前を呼ばれて、僕は咄嗟に声が出ず、うなずいた。


「もっと屈強な男を想像していたけれど。なんだか……私と同じくらいの年齢かしら?」


 僕はくびをかしげる。


「あなた、口が利けないの?」


 僕は首を振る。女の子は吹き出した。


「本当に、あなたが村を救った勇者なの?」


 僕はようやく息を吸い込んで、言葉をひねりだした。


「勇者だなんて。僕は……ただの魔術師です」


「ただの魔術師、だなんて、変な自己紹介ね」


 女の子は、またくすりと笑った。よく笑う子だ。そうあることが自然であるかのように笑顔を絶やさない。


 僕はたずねた。


「あなたは?」


「私はラウラよ。シエラ兄さんの家に遊びに来たの」


 僕はふと考えた。シエラ兄さん? そういえば、ネンベルクの名前がシエラだったっけ。


 という事はネンベルクの妹という事になるのだろうか。


 その時、ラウラの後ろから女性の声が届く。


「ラウラ様! 本当にいつもいつも、気がついたらどこかに消えている。少しはじっとしていられないのですか!」


 そういいながら、大柄な女性が、後ろから現れた。その女性は僕たちに気が付くとはっと姿勢を正し頭を下げた。


「あ、これは……失礼いたしました。もしかして」


 ラウラがその女性のほうにくるりと振りむいて話す。


「そう。この方がアルフレートらしいわよ」


「まぁ……なんとも、おかわいらしいお顔ですね」


 ラウラは大げさなほどにため息をついた。


「本当に、あなたは、いつもいつも男性の顔に目が行くのね」


「え? え? わたくしはそんなつもりじゃ……」


 ラウラはふふ、と言ってもう一度僕を見た。


「アルフレート。私、ディークマンからあなたの村での活躍を聞いて感動したの。私、実は光の魔術の適性があるのよ。本当は冒険者ギルドに登録したいんだけれど、お兄様からのお許しが出なくて困っていてね」


「は、はぁ……」


「素敵よね。外に出て他種族の冒険者たちと旅ができるだなんて。私にとっては、それは本の中の世界でしかないもの」


 初対面であるのに、屈託なく笑い、何の警戒心もかんじさせないラウラにつられて、僕もついつい本音がでる。


「僕にとってもそうでした」


「え?」


 ラウラは、キラキラとした瞳で不思議そうに首をかしげる。


 僕はふと思いかえす。魔術書店で雑用係をしていたことが、なんだか随分と昔の出来事のように思えた。


 いや、昔というよりも、まるで別人の事のように思える。


「僕にとっても冒険というものは、本の中での出来事でしかなかったんです。でも、ディークマンと一緒に組んだギルド団でその夢がかないました。ですから……」


「ええ」


「あなたの夢も、きっといつか、叶うと思います」


 僕は、なぜ自分がそんなことを言っているのかわからなかった。それでも僕は不思議とその自分の言葉に確信に近い何かを感じた。


 さっき、この子の目を見た時に、きっとこの子と旅をする、そんな予感がした。でも、そんな事は口には出せない。


 ラウラはどこか嬉しそうに微笑んだ。


「あなた、まるで私の心を知っているみたい……なんだか不思議」


 その時、屋敷の奥、中央階段の上から懐かしいディークマンの声が響いた。


「アルフレート様! お帰りなさいませ!」


 僕が目を向けると、ディークマンが階段から降りてくるところだった。


 僕は、懐かしい言葉を口にした。この言葉を使うのはいつぶりだろう。


「ただいま!」





 ラウラを見送った後、僕とウワズル―はいつもの2階の広い食堂に招かれた。


 僕とウワズル―が手前の席に座り、ネンベルクとディークマンが窓を背に、奥の席に並んで座る。


 僕は一通りの出来事をネンベルクに報告した。ネンベルクは終始、うなずきながら話をきいていた。


 ネンベルクが口を開いた。


「その死霊魔術師。トト、といったか。トトが俺の次兄、ゲルルの名を口にしたのは分かった。ブラックゴブリンを使った村の襲撃はゲルルが仕組んだ事で間違いはないだろう」


「はい」


 そして、次に、考えていたとおりの質問がネンベルクから飛んできた。


「……で? そのトトが見当たらんが、どこに行ったのかな?」


 僕はウワズル―と顔を見合わせた。ここで隠したところで意味はないと思い僕は正直に話した。


「フロレンツさんのいる、ギルドに身を隠しています」


「ふうむ……」


 黙り込んだネンベルクに、僕は述べる。


「トトは異国の者です。ゲルルから雇われただけなので、もう敵対することは無いと思います」


 ネンベルクは深くうなずいた。


「わかった。ひとまず、その言葉を信じよう」


「でも……」


 途中で言葉に詰まった僕を見て、言いたいことが分かったのか、ネンベルクはその言葉を引き継いだ。


「でも、ゲルルが首謀者だとわかったとして、我々に何ができるのか、だな?」


「はい」


「お前も気が付いているかと思うが、俺から向こうにできることは今のところは何も無い。ただ攻撃をやめさせることができた、というだけでな。俺がゲルルに直接問い詰めたところで、知らぬ存ぜぬを通されるだけだ」


 ネンベルクの隣でじっと話を聞いていたディークマンが口を開く。


「アルフレート様。ここのところずっとずっと働きづめでしょう。しばらく休まれてはどうでしょう」


ネンベルクが言葉を添える。


「そうだな。しばらくはギルド団【ロンギヌス】への依頼はない。しっかりと休んでくれ。ウワズル―もご苦労だった。あとで報酬を渡そう」


 僕とウワズル―は小さくうなずいた。


 その時、ネンベルクが思い出したように話す。


「お、そうだ。さっき会っただろう。あれは妹のラウラだ。あいつはネンベルク家では珍しく魔術適性が発現した子でな、お前の話を聞いて感心していた」


「ネンベルクさんは、てっきり4人とも男の兄弟かと思っていました」


「ちゃんと言ってなかったかな。3人が男で1人女だ。ラウラは今、一番上の兄と一緒に住んでいる。たしか、お前と同じ年だったのではないか。あいつは大人に囲まれて窮屈でかなわないと言っていたから、どうか仲良くしてやってくれ」


「同い年……ですか」


 随分と大人びて見えた。僕はラウラの華やかな笑顔を思い出して、どこか心があたたまった。





ラウラ:ラウラ・ネンベルク。ネンベルク家長女でありネンベルク家唯一の魔術の適性者。光の魔術を扱える。アルフレートの活躍を聞いて、本人に直接会いに来るという活発な女子。黄金の髪に深い青の瞳はネンベルク家そのものの特徴とされている。箱入り娘としての生活に飽き飽きしており、冒険者ギルドに入りたいと願っている。

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