トトの処遇
僕たちは、なんとか追手を振り切った。ネンベルク平原にたどり着いたころには、もう陽がかなり昇り始めていた。
そこから、まずフロレンツさんが支配人を務める冒険者ギルドのある【グナの街】に向かう事にした。
トトを預けられる人物として、僕にはフロレンツさん以外に思い浮かばなかったのだ。
僕は手綱を握り進み始めた。ふと横を見ると、トトの乗る髑髏馬車はずいぶんとその動きが遅くなってきていた。
骨組みだけの馬が頭を垂らしてトボトボと歩いている。よく見るとあちこちの骨が歯抜けになってきている。
その時、髑髏馬車のうしろにある荷車の窓からトトが不意に顔を出す。
「ねぇ、まだなの? アタシもうクタクタ……」
僕はトトに声をかけた。
「さっきから馬の骨がどんどん減っていってる気がするけど、気のせい?」
「いやん、ばれた? 死霊魔術は、陽のあたる場所では極端にその力が落ちるの……死霊たちが闇に隠れてしまうから、力を借りられなくなるのよ、ヴォエ……」
トトは妙なうめき声をあげて、顔を引っ込めた。
骨だけの馬に元気があるとかないとか変な話だけれど、明らかに骨の馬は疲れているように見えた。
僕の前に座るウワズル―は、トトの事が妙に気になるようでチラチラとみている。
僕は馬を急がせた。
ようやく、グナの街にたどり着き、街の入口にある厩舎に馬をつなぐ。トトは髑髏馬車から降りると杖をくるりとまわして魔術を解いた。
途端に、馬車が形をなくして崩れ落ちる。その場に骨と腐った木々が山積みになった。
トトはそのまま気にすることも無く、立ち去ろうとする。僕は慌てて引き留めた。
「ちょ、ちょっと。こんなところに骨をまき散らしていったらまずいよ」
「え? どうして?」
トトは何が悪いのか全く分からないと言った風に僕の顔を眺める。
僕は開いた口が塞がらない。いったい今までどういう生活をしてきたのだろう。
僕たちのやり取りを見ていたウワズル―が、背負っていた袋から魔術カードを1枚引き抜いた。
それを口元にあてて詠唱する。
【土塵化】
すると目の前の骨と腐りかけの木々が砂粒のようにバサッと広がり消え去った。
ウワズル―は得意気に僕を見て、へへん、と言った。僕たちは石造りの街の門を抜けて中に入った。
グナの街は、辺境の街とはいえこのあたりでは比較的大きい。
おもに商人ギルドを中心として発展していたらしいけれど、この街がここ最近大きく発展し始めた理由として、冒険者ギルドの設置がある。
冒険者ギルドが街にできると、様々な種族の交流や移動が盛んになる為、その周辺産業が発展しやすくなるのだ。
冒険者たちが必要とする、鍛冶屋などの手工業者、武具、道具屋、宿泊施設などが自然と集まってくるようになる。僕はまだ行ったことがないけれど娼館や酒場もちらほらと。
そのため、街の発展を見込み、冒険者ギルドを自分の領地に招致したがる領主が多いと聞いている。
僕たちは人波であふれる街を抜けていく。最近はエルフ族や、大柄な【オーク族】の姿も増えてきている。
僕らが進む先、街の中心部付近にとんがり屋根ふたつの巨大な屋敷が現れた。冒険者ギルドだ。
僕らは正面入り口には向かわず裏の通用口に回る。小さな扉を叩くと、知らない男が顔を出したので、フロレンツさんの名前を出して中に通してもらった。
通された小さな部屋で3人で待っていると、駆けるような足音と共に、フロレンツさんがぬっと現れた。
「おお! よく戻ったアルフレート!」
フロレンツさんはそういうと僕に軽くハグをして顔を離した。そして妙に僕の顔をジロジロと見つめる。
僕はなんだか恥ずかしくなり顔をそむけた。
「な、なんですか?」
「ディークマンから色々と聞いている……ふむ、少し顔つきがかわったの」
フロレンツさんはそういうと、僕から離れて、ウワズル―とトトに目をやった。
「はて、こちらは?」
僕はフロレンツさんにいきさつを話した。
申し訳ないと思いながらも、トトをこのギルドでしばらく匿ってもらえないか話してみた。
「ふうむ……久しぶりに顔を出したかと思ったら、こいつめ」
「すみません」
「でも、そのお嬢さんは追われておるのじゃろう? ここに身を隠しているだけでは根本的な解決にはならんじゃろう。追手の目星はついておるのか?」
僕はちらりトトを見た。トトは僕の視線に気が付いて口を開いた。
「目星も何も、ゲルル・ネンベルクよ。アタシのもと雇い主は」
その名を聞いて、フロレンツさんは渋い顔をした。
「なんともはや。この地の領主ではないか。まぁ……ヘタに逃げまわるよりは人口の多い街に紛れ込んでしまった方が目立たぬかもしれぬな。しかしお嬢さん……」
フロレンツさんに声をかけられたトトは不思議そうに首をかしげる。
「なぁに?」
「その格好では目立ちすぎる」
トトはすっと自分の体を見回した。濁った深緑色のボロ着。所々破けてささくれだっている。髪は縮れて顔に覆いかぶさっている。
「そうかしら、アタシこの格好気に入ってるんだけど」
「とにかく、まず体を洗いなさい。それに新しい服を準備しよう」
フロレンツさんは、誰かの名を呼ぶと女性が現れた。女性はトトに声をかけると一緒にどこかに去っていった。
見送ったフロレンツさんが僕に目をやる。
「とりあえず、あの子はひとまず何とかしよう。わしはこれから冒険者ギルド協会の会合に出席しなければならない、時間が無くてすまんの」
「いえ、それでは僕らもこれで、失礼します」
僕はひとまず安心した。フロレンツさんに頭を下げて、ウワズル―と一緒にネンベルク家に向かった。
オーク族:人よりも大きな体を持つ筋骨逞しい獣人族。戦闘に長けてはいるものの知能はさほど高くなく、会話も単語でのやり取り程度になる。中には単語程度も話すことができないものも多く、その場合は戦闘要員として使い捨てにされることも。周囲からの扱いはあまり良くない。知性の低い獣人とされている。