到着
僕たちの乗る馬は荒い息で一目散に森を駆け抜ける。後ろから迫りくる影から逃れるように。
ようやく僕たちはグリフィンの住む森を抜けた。途端に、視界に一面の水平が広がった。遮るもののない海からの風が顔に当たる。
すでに夕暮れ。ついに海沿いに出た。
「よしっ、ぬけた!」
ウワズルーが小さく叫んだ。と、思った瞬間に、ふと視界が暗くなった。突風が真上から吹く。
視線を上に向けると、僕たちを飛び越えていくグリフィンの大きな腹が見えた。
「ちぃっ!」
ウワズルーが舌打ちした。
グリフィンは、耳をつんざく甲高い鳴き声を轟かせながら僕たちの前に回り込む。通せんぼをするように金色の翼を両方に広げ僕たちの道を塞いだ。
行き場をなくした馬が大きく仰け反った。僕たちは振り落とされないよう必死に馬の背にしがみつく。
グリフィンは悠然と首をかしげる。胸もとから顔にかけて優雅な白い毛がさらりとなびく。
鋭い目つきで、グリフィンは真正面に僕たちをとらえた。ぐっと空気を下に押すように羽ばたき、一気にこちらに迫ると大きなかぎ爪を広げた。
僕は手綱に全体重をかけて、後ろ斜めに引きしぼり、方向をかえた。僕の顔すれすれに、爪が空を切る。
そして僕は、ウワズルーを抱え込むように身を低くして、馬と一体になった。振り返りもせずに再び必死にひた走る。
しばらくはただ前の一点を見つめて走り続けた。僕のからだの下にいたウワズルーがつぶやいた。
「いったか」
僕は少し体を起こして、振り向いた。グリフィンはすでに大空高く舞い上がり、森の方に消えていった。
ウワズル―は小さく声を出す。
「おっかねぇ……」
僕たちはグリフィンから逃げおおせ、ようやく、少し落ち着いた。ウワズル―がつぶやく。
「もうじき【カームカールの漁村】だが、このあたりに小屋があるんだ。オイラたちはそこを拠点にしている。言うとおりに進んでくれ」
僕はウワズル―の言う通り、海沿いの荒道を進んでいった。すると、あちこちに打ち捨てられた小屋が現れ始めた。
まるで巨人に上から踏みつけられたように、屋根が内側にへこんでいる家まである。時間にも忘れ去られたような廃墟の群れ。
使われなくなった家というものはどこか不気味だ。人以外の何かが住んでいるような気配がする。
しばらく行き、道をそれて木々の茂みに入り込む。ウワズル―の言う通り、そこにおんぼろ小屋が現れた。
今夜の宿はここになるようだ。僕たちは馬からおり、近くの木に馬をつないだ。馬に食事と水を準備する。
僕らが小屋に入り込み、簡単な食事を済ませて寝床を準備していると、ドアを叩く音が聞こえた。
僕が慌てて顔を上げるとウワズル―が言った。
「大丈夫だ、オイラの仲間だよ」
ウワズル―はそういうと、ドアを開けた。そこにはウワズルーそっくりのホビット族がひとり立っていた。
そいつは入口から僕を見上げると、手を振った。
「おっ! はじめして! アッシはギルド団【おっと拝借】のモニモニだ」
「おっと拝借、じゃない、ちょっと拝借だ」
ウワズルーが訂正すると、モニモニは舌を出して苦笑いをした。
モニモニは、ウワズル―に何か話すと、すぐに去っていった。
ウワズルーは僕の足元に戻るとこういった。
「どうやら、何か動きがあったようだ。休んでる暇はなさそうだ。すぐにカームカールの漁村へ向かおう」
僕たちはその足で、村へと歩いて向かった。
カムカールの漁村:ネンベルク平原南方。グリフィンの巣がある森を抜けた島の南端。かつては南方の国とやりとりする船着き場として機能していた。すでに廃村として久しいが、放置されたままであるため崩れた家に住み着く浮浪者や魔物が後を絶たない。周辺の治安も悪化傾向にある。