魔道具使いウワズル―
死霊魔術師を追う旅に立つ前。ネンベルクは、僕とウワズル―を屋敷の地下倉庫に案内し、好きなものを持っていけ、と言ってくれた。
石造りの真っ暗な倉庫を、僕の魔術でぼんやりと照らし出す。壁一面の棚に入りきらず、床にまで物が氾濫している。
剣や斧、盾といった武具から、丸い水晶のようなもの、瓶に入った不可思議な液体なんかがずらりと並んでいる。
僕には、まったくチンプンカンプンだったけれど、ウワズル―は飛びはねながら、あちこちの棚や、木箱を漁りだした。
うわ、とか、こんなものまで、とか言いながら、ウワズル―は背負っている自分の荷袋に次々と小物を放り込んでいく。次第に自分の体よりも背中の袋の方が大きくなっていった。
ウワズル―の気が済んだあたりで、僕たちは倉庫から地上に戻り、表に出た。
門前にいる、ディークマンの準備してくれた馬に僕が飛び乗ると、ウワズル―は馬のからだによじ登り、僕の前にチョコンと座った。
ディークマンが僕たちを見上げた。
「アルフレート様。お供できなくてもうしわけありません。わたくしはもうしばらくブラックゴブリンに破壊された村の修繕に入ります。それに、わたくしの大きな体は尾行には不向きですので」
僕は軽くうなずき、ディークマンに手を振ると、手綱を引き絞り、馬を走らせた。
しばらくは、僕と、ウワズル―率いるホビット族ギルド団との共同作戦になる。
カームカールの漁村を目指して南下していくと、うねった木々の群れが先に現れた。森の入り口に差し掛かったあたりでウワズル―が口を開いた。
「ここは【グリフィン】の巣だ。この先から人の世じゃなくなるぜ。悪いが自分の身は自分で守ってくれよ」
「グリフィン……噂には聞いた事があります」
「獅子の体に、鷲のくちばし。つむじ風を巻き起こすほどの大きな翼。奴のぶっといかぎ爪に掴まれたら最後、気がつくと雲の上さ」
僕は、まだ実際に見たことのないグリフィンを想像し、少し身震いした。
馬に乗ったまま森に入り、木々を避けながら、僕はウワズル―にたずねてみた。
「さっき、ネンベルク家の地下倉庫で色々と道具を選んでいましたが、何か良いものがあったんですか?」
ウワズル―は馬の背にしがみつきながら、ちらりとこっちを見た。
「良いものも何も、ほこりをかぶったお宝だらけだったぞ。あれこそ宝の持ち腐れってやつだな。あの中から特に高価な【魔道具】をたんまり貰って来た」
【魔道具】というのは魔術のかけられた特殊道具の事だ。その道具を使えば魔術を使ったときと同じ効果が得られる。僕は聞いてみた。
「例えばどんなものが?」
「少し先の未来を盗み見る【先見の水晶】や、口に含めば一定時間姿を隠せる【透明干し草】もいくつかもらった。1本飲めば元気みなぎる【ポーション】も持って来たぞ」
僕には魔道具の知識があまりない。そんな便利なものがあるのだったらもっときちんと調べておけばよかった。
昔から、魔術書はよく読んでいたけれど、それ以外の本にはあまり目を通してこなかった。
僕の働く魔術書店には魔道具に関しての本はあまり置いていない。
僕はウワズル―から色々と話を聞いた。
アルフレートの手記より③――――――
グリフィンの巣と呼ばれる森の中にて。
小さな体に少し不釣り合いなほど大きな頭。ホビット族の特徴は、顔は大人なのに、体は子供といった具合だ。
僕は彼の荷物袋を、彼の代わりに背負って森の中を馬で急ぐ。見上げると、陽はまだ高い。日が沈む前に早くこの森を抜けなければと思った。
大きな馬の背に揺られながら、僕の股座に小さな尻を乗せて、ホビット族のウワズル―は得意気に話し出した。
オイラたちホビット族は腕力や魔力は他の種族に劣る。そのくらいはわかっているさ。
それに、体が小さい。でもな、体が小さいって事は弱みにもなるが、強みにもなるんだ。要は何事も使い方次第というわけ。
相手の視覚の隙をつくことができるし、標的にもされにくい。巨人族どもに至ってはオイラたちがしがみついている事にすら気が付かないのさ。
そんな、小さなオイラたちの大きな味方が【魔道具】なんだ。まぁ、魔術師のアンタには、必要ないか。きっとなじみの薄いものだろう。
オイラたちがよく使うのは、【魔術カード】だ。基本的な四元素の魔術が記されたカードさ。
【火弾のカード】を口元にあてて、詠唱し相手に向ければ火の魔術【火弾】を放つことができる。
【水球のカード】は【水球】を放つ。
【土槍のカード】は【土槍】を。
【風刃のカード】ならば【風刃】を放つことができる。
てな具合さ。すべての属性を持っておけば使い勝手がいい。でもお察しの通り。1度使えば、その効果は消え去り、ただの紙切れになってしまうのさ。
それに、残念ながら、カードに込められた魔術は基本的な魔術ばかりさ。強力な高位魔術の込められたカードはレア度が高くてなかなか手にはいらない。
オイラが持っている中で比較的高価な魔術カードは、たしか【聖光重槍】のカードだったかな。光の攻撃魔術さ。使わず大事に取ってある。
オイラたちが、長旅に出るときは大量の魔術カードを荷物に忍ばせて行くのさ。
それにな、これらの魔道具に、オイラたちの特性である【早業】をくわえ【連続攻撃】を繰り出す。
素早さだけは他の種族に負けていない。
相手が刀で一振りするその隙に、オイラたちはこのカードを何枚も使うことができるのさ。それぐらいに素早いって事さ。
あんたも体験済みだろう? 剣士が剣を、魔術師が杖を、かざしたその先に、オイラたちはもういないのさ。
オイラたちのモットーは逃げるが正義さ。平和主義? そういうのとは少し違うな。合理主義っていってくれ。
戦ったって良い事なんて、ひとっつもありゃしないだろ。体は疲れるし、心は砕けるし。
自分よりもはるかに体の大きな相手と向きあうってさ、どれくらいしんどい事か、想像くらいはつくだろう?
アンタが空の獅子グリフィンに遭遇した時、きっとこの気持ちが心底わかるだろうね。
それに、相手を打ち負かさなくたってオイラたちは相手からいろんなものを盗み取る。
おっと、いいかたがまずかったな。ちょっくら拝借するんだ。わかるかい? いつか巡り巡ってそのうちお返ししますって事さ。
それが何十年後、何百年後かは知りやしないさ。そんなことは神様だってわかりゃしない。だって、めぐり合わせってそういうもんだろう?
みんなはオイラたちの事を盗賊団や財宝運びだなんて呼ぶけれどさ。もう一度言わせてくれよ、オイラたちは”ただ借りている”だけなのさ。
――――――ホビット族 魔道具使い ウワズル―からの聞き取り
グリフィン:別名、空の獅子ともいわれている大きな翼をもった魔獣。主なエサは馬とされおり、人の移動手段としてよく利用される馬車が襲われやすい。基本的に縄張りを荒さなければ、人に危害を加えることも無いが巣の近くに入り込むと問答無用で攻撃を仕掛けてくる。足の大きな爪は人の体くらいはたやすく貫いてしまう。