ホビット盗賊団
ディークマンは、僕たちより、一足先に村を出ていった。僕の提案した作戦を実行してもらうためだ。
僕とネンベルクは移送用の荷馬車を用意した。しかし荷馬車の用意はしたものの、さすがにあの死霊魔術師をつないでいる鉄製の檻を荷台に積む事はむつかしい。
僕たちは、少し小さめの木の檻を準備してもらい、慎重に死霊魔術師を移し替えた。魔封じの首輪をかけられているせいか、そいつは妙におとなしく従った。
村人たちと共に檻を荷馬車に積み終わると、僕らはネンベルク家へと出発した。
前をネンベルクが馬で先導する。僕は馭者とともに荷馬車に乗り込んだ。
村を離れ、ずっと道を進んでいくと、次第に道が険しくなり丘から平原に抜ける渓谷にさしかかった。
道の幅が徐々に細くなり、両側から絶壁がせまりくる。その隙間を慎重に抜けていく。
僕はふと頭上に迫る崖を見上げた。今にも両側から岩が転げ落ちてきそうな錯覚にとらわれる。その時、どこかから、ぴーっという笛の音のような音が聞こえた気がした。
「ひえっ!」
僕の隣にいる馭者が悲鳴を上げて、手綱をひっぱり馬を止めた。僕の体が前のめりになる。馭者がまえを指さした。
「あ、あ、あれは?」
ゆびの先に視線を移すとそこには馬の背中がある。その背中の上に小さな影が揺れた。
宝石のようにキラキラした大きな瞳と視線がまじわる。そいつの下向きに伸びたおおきな鼻は口元をかくすほどだ。【ホビット族】だ。
彼らは、こうやってよく商人や旅人の目の前にふいに現れる。そして荷物や財産をむしりとっていき後で売り払うのだ。
僕は咄嗟に杖をかざした。しかし、次の瞬間には、そいつは僕の脇腹にいた。僕が再び杖を脇腹にあてると、すでにそいつは後ろの荷台に飛び移っていた。
速すぎて、まるで動きが見えない。
すると、腰のあたりに手の感触がした。もうひとり、いやもうふたり。そいつらはあっという間に僕の腰から檻のカギや鎖の鍵を抜き取り消え去った。
僕は慌てて、ネンベルクの方を見た。
ネンベルクの周囲にも小さな影が群がり、あちこち飛び跳ねている。ネンベルクは馬上で剣を振り回しながら応戦している。
僕の後ろから、ぎいっという音がしたかと思うと、あの死霊魔術師が飛び跳ねて、大地に降り立った。魔封じの首輪も、手錠も、足枷も、全ては外されていた。
手にはいつの間にか僕の荷袋に入れていたそいつの杖が握られていた。うねうねと曲がった【黒木】の杖。
まるで自分の時間だけが止められていたみたいに、すべてが一瞬の出来事だった。
死霊魔術師は、仮面の下から鋭い眼光で僕を睨みつけた。
「きゃはは! ばっかみたい! こんな貧相な馬車でアタシを運ぼうとするなんて!」
死霊魔術師は長い手足で踊るように優雅に杖を構えた。そしてささやくように詠唱した。
【暗黒霧】
急にあたりに真っ黒い霧が立ち込め視界がふさがれる。僕は対抗するように、手元に杖をかざして詠唱する。
【灯明】
僕の杖の先が輝き、ぐっとせばまった視界が開いて霧が晴れた。
けれど、霧が晴れた時には、すでに周囲からすべての気配が消え去っていた。ホビット族達も死霊魔術師も、最初からいなかったみたいに。
僕はふと馭者と見つめあった。引きつった顔の馭者。彼がさっきまでかぶっていた藁の帽子もどこかに消えていた。
僕は小さくため息をついて、ネンベルクの方に目をやる。
ネンベルクは馬を降りてこちらにゆっくりと歩み寄ると、僕の目を見つめた。
「うまくいくだろうか?」
「ホビット族は、驚くほど約束を重んじます。そこに期待しましょう」
「盗賊団を信じろというのも、妙な話だがな」
ネンベルクは肩を小さく上げた。
からっぽになった荷馬車でネンベルク家にたどり着くと、先に帰っていたディークマンが門前で出迎えてくれた。
僕の顔を見るなりディークマンは尋ねてきた。
「手はず通り、ホビット達は現れましたか?」
「ええ、あっという間でしたね」
「そうですか、では、あとは彼らからの報告を待つのみですね」
「はい。うまくいくといいのですが」
僕はディークマンに先に帰ってもらい、ホビット族のギルド団へのコンタクトを依頼していた。僕たちを襲うように頼んでもらっていたのだ。
死霊魔術師は逃げおおせたと勘違いして、自分の住処へ戻るはず。
そこをホビット団に尾行してもらい、その住処を突き止めるという算段だ。
僕は荷馬車から降りて、馭者に運賃を渡す。
ふと思い返し、無くなった馭者の帽子の代金も上乗せして手渡した。
馭者は一瞬不思議そうな顔をしてから、気が付いたのか、ありがとうございます、と笑顔をみせて去っていった。
次の日の朝、さっそく、ホビット族がひとり、ネンベルク家を訪れた。
彼を食堂に通して、僕ら3人がネンベルクを中心に並んで座る。
彼は小さな体でテーブルの上によじ登り、僕たちに向き合って胡坐をかいて座った。腕を組んで、少し甲高い声で話し出す。
「オイラは、ホビットギルド団【ちょっと拝借】のウワズル―だ。よろしくな」
ウワズル―は青い大きな目で僕たちをぐるりと眺めた。
僕は、そのギルド団名に意表を突かれ、口元をおさえ笑いをこらえる。ウワズル―は僕の事など気にもせず続けた。
「オイラたちに仕事の依頼をしてくれてありがとよ。ご要望通り、あの死霊魔術師を逃がして、アイツのあとをつけた。アイツは【カームカールの漁村】へ逃げ帰ったぜ」
僕たちの真ん中に座るネンベルクが不思議そうに口を開いた。
「カームカールの漁村? お前たち、尾行がバレて、だまされているわけじゃないだろうな?」
「オイラたちを舐めてもらっちゃ困るね。今も別の仲間がアイツを見張ってる」
ネンベルクは、腕を組み考え込んでいる。僕はネンベルクに小声でたずねた。
「……カームカールの漁村、というと?」
「この屋敷から南の森を抜けた、海岸沿いの漁村だ。しかし廃村となって久しいと聞いているが……」
僕たちの声を逃さず、ウワズル―が答えた。
「廃村だって? アンタらいつの話をしてるんで? あそこは今や流れ者たちの巣窟だぜ。夜には魔物や悪霊飛び交う無法地帯と化してらぁ」
ホビット族は目が大きいせいか、まるでいつも驚いているような表情に見える。
ウワズル―が、黙り込んでいるネンベルクに大きな目を向け、返事を催促した。
「どうするんだい? 見張りを続けるのか、続けないのか。早く答えをおくれよ」
「よし、もうしばらく見張りを続けてくれ」
ネンベルクはウワズル―にそういうと、次に僕の方を向いた。
「しかし、どうにも腑に落ちない。アルフレート、休む間もなく悪いのだが、ギルド団【ロンギヌス】へ、次の仕事の依頼をしたい」
「わかりました。あの死霊魔術師の正体を突き止めるのですね?」
ネンベルクは小さくうなずいた。
こうして僕の所属するギルド団【ロンギヌス】に第2の仕事依頼が入った。
暗黒霧:闇の魔術の一種。初級魔術に分類されるが、扱えるのはごく少数とされている珍しい魔術。周囲に真っ黒い墨のような雲を一気に発生させ相手の視界を奪うことができる。相反する魔術は光、聖、火等で基本的に光を発生させる魔術で効果を打ち消すことができる。