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討伐の報酬


 檻の小屋から村へもどる帰り道。僕はネンベルクにたずねた。


「ブラックゴブリンの死骸はどうしたんですか?」


「すべて燃やしたよ。また操られでもしたらかなわん。それと、ひとつわかったことがある」


 ネンベルクはゆっくりと立ち止まり、僕を見つめて言った。


「ブラックゴブリンどもの死骸の中には、ディークマンの槍痕のついたもの、首や手のないもの。それに歯が綺麗に切り取られたものまであったのだ」


「という事は、まさか……」


「そうだ。俺は、ブラックゴブリンが大量発生したとおもっていたが、何のことは無い。アイツに操られた”同じ”ブラックゴブリンどもが、この近辺で襲撃を繰り返していただけなのだ」


「それが、大量発生したように見えていたと?」


 ネンベルクはコクリと頷いた。


 僕の中に安堵と共に、別の疑問が持ち上がる。では、なぜそんなことをあの死霊魔術師がする必要があるのか。


「一体何のために……」


 僕は思わず言葉をこぼした。ネンベルクがその言葉に反応した。


「俺も、それを考えていた。手掛かりとなるのは、アイツしかいない。しかし、村人たちや村長からは死霊魔術師などすぐにでも処刑してほしいという要請があるのだ……」


 村人たちの気持ちは理解できる。けれど、それではあまりにも短絡的だ。


「僕は反対です」


 僕の答えに、ネンベルクは安心したように頷いた。


「よし。その言葉を待っていた。この村を救ったのはお前だ。お前の言葉ならば村人たちも耳をかたむけるだろう。あの女の処遇をお前の口から村人たちに説明してほしい」


 ネンベルクの真剣な声に僕はうなずいた。けれど、承諾はしたものの、不安もある。自分に説得なんてできるのだろうか。


 大勢の人の前で話した事なんて今まで一度もないのだから。


 その時、遠くの方から小さな声が聞こえた。僕たちは、すっと先に視線を向けた。


 村の方からこちらに向かって来るのは、大きな背丈のディークマン。その肩には、ユッテがちょこんと乗っていた。


 ユッテは、ちいさな腕をちぎれそうなくらいに一生懸命に振っていた。僕も手を振りかえした。


 僕はユッテの元気な姿を見た途端、自分の選択が間違っていなかったと改めて気づかされた。


 フロレンツさんにもらった二枚の紙切れ。”攻撃”と”回復”のうち”回復”で正解だったのだ。ユッテの元気な姿こそが正解だ。


 お互いの顔がはっきりる見える距離までくると、ディークマンがユッテを肩から降ろした。


 地におりたったユッテはこちらに走り出した。


「おにいちゃん!」


「ユッテ!」


 僕は片ひざを大地につけ、両手をありったけひろげてユッテを迎えた。ユッテは勢いのまま僕の首筋に抱きついて全身に力を込めた。


 ユッテの小さい体は暖かく、元気に息づいている。


「ユッテ、大丈夫だったか? 怖かったな、よく頑張った」


 僕はユッテの背中をぽんぽんと叩いた。ユッテは何故か黙り込んでいる。


「どうしたんだ? 元気がないじゃないか」


 それでもユッテは黙っている。僕が顔を引こうと思ったとき、ふとユッテの体が小さく震えている事に気が付いた。


 僕の耳元で鼻をすする音が聞こえ、それは次第に、泣き声に変わった。


 僕の首にぎゅうっとしがみつきながら、ユッテはわんわんと泣きはじめた。


 あの時の恐怖をおもいだしたのだろう。


 燃えさかる炎の中、母とはぐれた心細さを、ブラックゴブリンに切りつけられた痛みを、1人で助けを求める絶望感を、それらを、ユッテは今、大きな泣き声にかえて訴えていた。


 あの時は、泣いている暇など無かったのだろうから。


 僕はユッテが泣き止むまで、じっとしていた。


 ようやく、ユッテが泣き止んだ頃に、ユッテの母親が僕たちのもとに現れた。


 僕はユッテの肩をやさしくはなして立ち上がる。ユッテは母親の足元へしがみついた。ユッテの母はユッテの頭をなでてから僕に視線を向ける。


「本当に、ありがとうございます」


「いえ、皆さんのお役に立てて、良かったです」


「皆があなたの噂をしています。勇者様」


「ゆ、ゆ、勇者? やめてください、そんな」


「いいえ、あなたはこの村を救ってくださったのです」


 その時ユッテが口をはさんだ。


「ちがうよ、ママ。お兄ちゃんはゆうしゃじゃないよ」


 こういう時は子供の方が冷静なんだろうか。ユッテはさらに僕を見上げて、続けた。


「おにいちゃんは、まほうつかいだよ。そうじゃないとユッテのだんなさんになれないよ? ね?」


 ユッテは皆の顔を見上げて、不思議そうになんども目をぱちくりさせていた。その場の皆がお互いを見てクスリと小さく笑った。


 僕はもう一度、ひざまづいて、ユッテと視線の高さをあわせた。


「そうだ、僕は勇者なんかじゃない。ほんとうの勇者は、ユッテだ」


 ユッテは、小さな歯を見せて、ようやく笑った。


 ユッテと母親を見送った後、そばに立っていた、ディ-クマンが僕に向き直った。


「アルフレート様、ギルド団【ロンギヌス】の初めての討伐は、これで終わりました」


「ええ。まだしばらくは、ブラックゴブリンの討伐が続くものだと思っていたんですけど、これで完了ですね。残念というと変ですが……」


 ディークマンはどこか寂しそうな目をした。


「いえ、わたくしも同じ気持ちです」


 ディークマンは、大きな手をすっと僕の前に差し出した。


 僕はその手を握り返して伝えた。


「ありがとうございました」


「こちらこそ。あなた様とご一緒出来て光栄です」


 こうして、僕が初めて参加したギルド団【ロンギヌス】は、その最初の仕事を無事終えた。










 僕が死霊魔術師の女と対面した後、僕はネンベルクとディークマンに連れられて、村人達との話し合いの場に出向いた。


 円卓を囲んで座る皆の顔はひどくこわばっていた。村の被害状況や修繕の確認、怪我人の話など一通りの報告が終わった後。


 本題である死霊魔術師の処遇に関しての話が出た。


 村長と村人の代表者全員が、あの死霊魔術師をすぐにでも処刑するように訴えてきたが、僕は立ち上がり、あの死霊魔術師の正体を解明したいと強く訴えた。


 皆が納得したかはわからない。特に若い人たちはどこか不満そうな目をしていた。


 けれど、あの死霊魔術師をすぐにこの村から別の場所へ移送するという約束で強引に皆を黙らせた。


 皆が集会場から去った後、ネンベルクとディークマンと、そして僕が残った。


 空席だらけの円卓で、僕の隣に座るディークマンが口を開いた。


「この話し合い、どうなるかと思いましたが、やはりアルフレート様の言葉には、皆口出しできないようでしたね」


「はぁ……寿命が縮みました。こんな大勢の前で話すのは生まれて初めてです」


 その向こうのネンベルクが顔をひょこっと出した。


「その割には上出来だ。もしかすると、お前にはリーダーの資質があるのかもしれん」


 その強引な誉め言葉に僕は引きつった笑顔を返した。ネンベルクに今後の事を聞いた。


「これからなにか計画があるのですか?」


 ネンベルクの眼差しが急に曇る。


「ふむ。あの死霊魔術師の行動は、明らかにこの領地、つまりは、この俺に対する攻撃に見える」


「何か心当たりが?」


「ああ……確かな事はいえんが、以前に話しただろう。俺は4人兄弟で、ほかの兄弟たちから腹違いの子というレッテルを貼られていると」


「ええ。それに、遺産争いに負けて、荒れ地をつかまされたと……」


「そうだ、兄たちは俺の事を煙たがっている。このような事をする理由として考えられるのはいくつかある。例えば、この地の治安を悪化させ、領民たちの移住を画策するとか……な」


「その為に、領民たちにこのような嫌がらせを?」


「ああ。残念ながら、兄たちは村の1つや2つが潰れたところで、何とも思わん。大きな目的を達するための”多少の犠牲”という程度にしか感じてはおらんだろう。彼らは領民の事を、税や作物を納めるだけの存在だと思っているのだ。しかし……」


 僕とディークマンはネンベルクの言葉を待つ。


「ここまでの事をするというのは、正直、1人しか考えられん。次兄の、ゲルル・ネンベルクだ」


「ゲルル様が?」


 ディークマンが突然声をあげた。


「そうだ。次兄のゲルルは以前から、何かと俺の事を”色違い”と蔑み、父の生前からあることないことを言いつけていた。野心家でもあるしな。この地を切り取って俺に与えたのもゲルルが言いだした事だ」


 ディークマンがうつむいて、弱々しくも反論する。


「しかし、それだけの理由では、まだ、ゲルル様とはいいきれないのでは……」


「……そうだな。あの死霊魔術師が何を思ってこんな行動をとったのかはまだわからん。まったく別の理由かもしれんしな」


 皆が黙り込み、すこしの気まずい空気。それを打ち破るように、ネンベルクが、声色を変えた。


「ま、今はこの話は置いておこう。お前たちに今回の討伐の報酬を渡してなかったな」


 僕とディークマンは顔を見合わせ、どちらからともなく苦笑いした。


 ディークマンが僕に説明した。


「実は、アルフレート様が眠っている間に、ギルドには討伐完了の報告をしておきました。今回は証拠品の提出も必要ありません。なにせ依頼主本人がブラックゴブリンの死骸を確認されましたので」


 僕は正直、報酬の事などすっかり忘れていた。ネンベルクにきいてみる。


「ところで、報酬ってなんでしたっけ?」


 ネンベルクはにやりと笑った。


「うちは金欠だ。物で支払う約束だったはず。それでな、この前うちの屋敷の地下倉庫をひっくり返してたら、見つけたのだが」


 ネンベルクは椅子から立ち上がると、集会場の隅にあった小さな四角い木箱を持ってきて、僕の目の前に置いた。


「開いてくれ。俺には魔術の心得が無いから、骨とう品にしか見えんが……商人に鑑定してもらったところ、それなりには良いものらしい」


 僕はその美しい花の装飾が施された綺麗なふたを開けた。


 中には赤い布の上に小さな杖が乗っていた。


「これは……?」


 僕は恐る恐るその真っ白の杖を手に持った。顔の前にかざす。まっすぐに伸びた光沢のある表面に清らかな空気が漂っている。


 ネンベルクは言った。


「遥か西方に育つ【ヨトマタンの木】を削りとって作った杖だそうだ。真っ白い木の幹には聖なる力が宿っているらしい」


「こんな素晴らしいものを、ありがとうございます」


 僕はしばしその杖の美しさに見とれていた。


 すると、僕の後ろをうろうろしていたネンベルクが、どこか落ち着きなく話し始めた。


「それと、ディークマン、お前の報酬なのだが……いや、報酬というか……なんというか」


 ディークマンは硬い口調で答える。


「わたくしにも、なにか下さるのですか? 特に期待はしませんが」


「いや……まぁ、なんだ」


「何も無いのならば、はっきりと、そう仰ってください」


 ネンベルクのコツコツと動き回る足音が止まる。


「ふうむ。つまりだな。俺はこの領地を真剣に立て直そうと思っているのだ」


 息継ぎをして、ネンベルクは言葉を付け足す。


「ようするにだ。俺1人では、いろいろと難しいという事に今回気づかされた。どうだ、もう1度、このネンベルク家の人間として働く気はないか?」


 ディークマンは椅子を押しのけるように、勢い良く立ちあがった。


 そしてくるりと体をネンベルクに向けて、その場にひざまずいた。


「……よろこんでお仕えいたします」


 僕はディークマンの大きな背中をみた。僕はこの二人のかたい信頼関係というものが、どこか少し羨ましくなった。


 その後、僕たちはこれからの計画を話し合った。僕はあることづけをディークマンに頼み、先にこの村を出発してもらった。


 そして、ネンベルクと共に早々にあの死霊魔術師を移送するための準備に入った。






トヨマタンの木:寒冷地にはえる樹木。樹高は30メートル程度で幹は細くまっすぐにのびる。白く輝いている。聖なる力が宿るとされており、祝い事や縁起を担ぐ際の小物の作製などに使用されることもある。魔術の杖として使用すると、聖なる属性の魔術効果がごく微量上昇するとされている。

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