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死霊魔術師

 僕は目を覚ました。ふと目じりから流れ出るものを感じる。もしかすると直前まで悲しい夢を見ていたのかもしれない。


 息をはく。どうやら死んではいないらしい。僕は全身の感覚を確かめながらゆっくりと手や足を動かし、そして涙をふき取った。


 首を持ち上げて、周囲を見回す。村の小屋の中だ。小鳥のさえずりが壁の隙間から入り込んできた。


 僕は重い体を起こして、何とか外に出た。


 つい、眩しさに手をかざす。途端、あちこちから、男女の威勢のいい声が入り乱れ耳にはいってきた。



「おーい! こっちこっち、切ったばかりの木材はこちらに運んでくれ!」


「ばかやろう! 破損個所は、北じゃない、南側の柵だぞ!」


「子供たちは、講堂へ行っとくれ、村長のお話の時間だよ! こら!」



 何が起きているのか。周囲に取り残されたまま、僕がぼんやりと突っ立っていると、真横で突然女性の声が聞こえた。


「まぁ、大変! おめざめになったのね!」


 僕が視線を向けると、あの夜、ブラックゴブリンに襲われていた女性のひとりが立っていた。僕は答える。


「ええ……なんとか。ブラックゴブリンたちは去ったのですか?」


「あなたが倒したのではないですか!」


「僕が?」


「とにかく、ネンベルク様を呼んできますわ!」


 ネンベルクが、ここまで来ているのか。領主だから当然か。


 僕は、まだはっきりと覚めない頭でネンベルクの端正な顔を思い浮かべた。





 ほどなくして現れたネンベルクは僕を見るなり、僕の背骨が折れるほどの力で抱き着いてきた。


「小僧! お前がこの村をすくった!」


「……ちょ、い、痛いです」


 ネンベルクは慌てて手を離した。


「おお、すまん。体は大丈夫か?」


「はい……あ、そうだ! それより、ユッテは大丈夫ですか!?」


「大丈夫だ。村人からの死人は出ていない」


 僕は天を仰ぎ全身で安堵した。


「はぁ……よかった。一体、何がおきたのでしょうか」


「俺も、ディークマンに聞いた話だが……」


 ネンベルクが聞いたディークマンからの話によると、あの襲撃の夜。


 ブラックゴブリン達があふれるかえる中、突如として村全体が白い光に包まれたという。するとブラックゴブリンたちが、次々とバタバタ倒れていったらしい。


 村人たちの怪我も治癒が施されていったようだ。光がおさまった後、ディークマンが村の巡回をしていてたいとき。小さな叫び声が聞こえたそうだ。


 ディークマンがそこに向かうと、僕が道端に倒れていた。そして、倒れた僕の顔を抱え込んで、ユッテが声をからし、何度も何度も助けを求めていたというのだ。


 その後、僕は三日三晩、眠り続けていたそうだ。


 ネンベルクが述べる。


「あのゴブリンたちは【死霊魔術】で操られていたのだ。聖なる光の魔術をかけられた事で、死霊魔術の効果が解かれたらしい」


 死霊魔術。闇の魔術の一種だ。あまり術者がいないらしくその魔術体系はなぞに包まれていると聞いたことがある。


 僕が詠唱した魔術が、図らずもたまたま死霊魔術と相反するものだったという事だろうか。


 もし唱える魔術を間違えていたらと考えてから、僕は心底身震いした。これは奇跡に近いのかもしれない。


 僕は大きくため息をついた。そして、ネンベルクにたずねてみる。


「ブラックゴブリンたちが死霊魔術で操られていたとうことは、その【死霊魔術師】があの近くにいたという事ですか?」


「その通りだ。実は、ディークマンがその死霊魔術師をとらえたのだ」


「え!?」


 僕は驚いて、ネンベルクの顔を見つめる。


「今は、村はずれの魔物捕獲用の檻につないでいる。とにかく、そいつの処遇に関してはお前が目覚めてから相談しようと思っていたのだ」


「まずは、会わせてください」


 ネンベルクはうなずいた。




 僕はネンベルクに連れられて、村はずれに向かう。ひときわ高い柵に囲まれた小屋に案内された。


 中に入るとがらんとした空間。中央には堅牢な檻があった。その檻の中、両の手足を鎖でつながれ、薄汚れたボロをまとった、そいつが座り込んでいた。


 ネンベルクが僕の耳元でささやいた。


「鉄製の檻だ。魔術の杖をとり上げ、商人に急遽頼んで取り寄せた【封魔の首輪】をこいつにかけている。魔力を封じてはいるが油断ならん」


 僕はそいつをまじまじと見つめた。女だ。青みがかった髪は艶がなく、ボサボサだ。まるで顔を隠すように前にしなだれている。尖った耳。頭には羊のようにくるりと丸まった黒くふとい角が生えている。


 ボロ着のあちこちから露出した白色の肌。その容貌から【サキュバス族】と見て取れた。サキュバス族は高い魔力を持つと言われている。


 僕は、そいつから目を離さず、気になったことをネンベルクにたずねてみた。


「あの仮面は?」


 僕はそいつが装着している仮面に目が吸い寄せられた。目の周りだけを隠すハーフマスク。仮面舞踏会につけていくようなマスクだけれど、それは真っ黒だった。


 ネンベルクが顔をしかめる。


「詳しくはわからん。ただ、何かの【魔道具】のようだ。外そうとするとゆびが弾かれる」


 僕は小さく一歩近づいた。檻越しにそいつに話しかける。


「僕は、アルフレートと言います。あなたの名は?」


 そいつはうつむいたまま、不敵に笑いながら答えた。


「死霊魔術師は名乗ることも、顔を見せることも許されていない。アタシは誰でもないのよ、わかった?」


 そいつは、きゃはは、と短く笑った。


「なんのために、こんなむごい事を?」


「何がむごいっていうの? アンタ達も、そのうちアタシを処刑するんでしょ? アタシを衆目にさらし、皆の目の前で、首をちょん切るんでしょ?」


 何がおかしいのか、そいつはまたクスクスと笑い出した。


 相手に会話をする気がないという事は今のやり取りでわかった。僕はすっと後ろに下がり、そのままネンベルクと共に檻を後にした。






死霊魔術師:闇の魔術師の一種。悪霊や死霊を使役して扱う。邪悪な魔術とされており、一部の部族や民族からは忌み嫌われている。匂いや気配に敏感な動物は、死霊魔術師の存在が近くにいるだけで怯えたり、暴れたりしてしまうため、死霊魔術師は生きた動物に触れることができないとされている。

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