魔術書店の雑用係
僕が働く魔術書店。古ぼけた背表紙の魔術書が並ぶ小さな店だ。
いつものように、古びたカウンターテーブルの内側の椅子に座り、本を読んでいた僕の耳に聞き覚えのある声が届いた。
「おう、アルフレートじゃねーか」
僕は手元の本から顔を上げる。目に飛び込んできたのは、【火の魔術師】ヴォルフのにやけた顔。
真っ赤なローブに身を包んだその立ち姿に、僕は軽い嫉妬を覚えた。
普通に考えるとヴォルフのトレードマークである金髪のトサカ頭なんてダサいはずなんだけれど、真っ赤なローブのおかげで妙にかっこよく見える。
僕はついつい自分が着ている魔術書店員の制服に目が行く。白いペラッペラの地味な服。
僕のその視線に気が付いたのか、ヴォルフはあからさまに見下げた声で続ける。
「このカウンターを挟んで、俺はギルドの冒険者。お前は魔術書店員。この差よ」
ヴォルフはそういいながら、ははっとわざとらしく笑った。
僕は分厚い革表紙の本をぱたんと閉じて足元に置く。同時に自分の感情もそこに置いた。こころを無にする。
友人としてではなく、あくまでも、いち冒険者と、いち魔術書店員として接するように心がける。
「冒険者様、今日は何のご要件でしょうか?」
「つれない態度だな」
ヴォルフはそういいながら、肩に担いでいた麻袋を目の前のカウンターにドスンと置いた。生臭いニオイとすなぼこりが舞い上がる。
ヴォルフは得意気に話す。
「この前、冒険者ギルドに依頼の出てた【ブラックゴブリン】の討伐に行ってきたんだ。スゲーゼ、中見てみろよ」
僕は椅子から立ち上がる。鼻をつまんで無言のまま片手で袋の中身を確認した。
たしかに、ブラックゴブリンの牙だ。親指大の黒みがかった牙がじゃらりと詰め込まれている。
ざっと牙の数をかぞえてから、袋を閉じる。僕はヴォルフに伝えた。
「討伐の証拠品でしたら、こちらではなく隣の建物にある冒険者ギルドの受付へお持ちください」
「わかってるよ、そんなことは。お前に見せたくてな。おまえもこんな地味な仕事してないで、冒険者ギルド団員の登録でもしてきたらどうだ?」
またヴォルフの嫌味がはじまった。
ヴォルフは、僕が12歳の時に受けた魔術師学校の入学試験に落ちたことを知っている。魔術適正ゼロという結果だったのも知っているはずだ。
あれから5年。僕たちの進むお互いの道は、いまや大きく離れていた。ヴォルフの言葉には耳を貸さず、僕は話題を変える。
「ここは魔術書店です。必要な魔術書があるのならば、お探ししますが」
ヴォルフは、ちっ、と舌打ちして背中を見せ、むこうで店内をうろついている仲間らしきグループに声を張り上げた。
「おーい、お前ら何か欲しいもんないか?」
そのうちの一人がこちらを向いて、硬い足音を床に響かせ近づいて来る。
白いローブをまとい、腰に細身の長い杖をたずさえている。
女魔術師だ。腰まで伸びた白銀の髪がさらりと流れた。その女魔術師はこちらに目をやり口を開いた。
「ねぇ、あなた。”ボランの魔導手引書二巻”をさがしてよ」
切りつけるような命令口調に僕はびくりとした。聞く限り、この店にはおいていない書物だ。
「その書物は、この店にはおいていませんね」
その女魔術師は、ヴォルフを押しのけて、カウンターに、ばんっと手をついた。
「そんな事は本棚を見ればわかるわよ。だからこうして頼んでいるんでしょう。他の店でもどこでもいいから探してきなさいよ、あなた雑用係なんでしょ?」
僕は救いを求めるように、ヴォルフをちらりと見る。でもヴォルフはただ、にやにやしているだけだった。
どうやらヴォルフはこの状況を何とかしようとする気はないようだ。僕はどこか言い訳めいたことを言った。
「そんなことを、僕に頼まれたところで、どうすることもできません」
女魔術師は、腕を組んだ。
「あなた、魔術のひとつも使えないらしいわね。それなのに魔術書店員って、なにかの冗談なの?」
女魔術師は僕を小ばかにするように、ふんっ、と鼻で笑った。
僕は目を伏せて、ぐっとうつむいた。さっき足元に置いた本が視界のすみに入る。そこに置き去りにしたはずの心がうずく。
僕はこの女魔術師の事なんて知らない。なのにこの女魔術師は僕が魔術を使えない事を知っている。
ということは、ヴォルフがそういう話を言いふらしているという事だ。
僕がゆっくりと口を開こうとした時、背中から干からびた声がした。
「これこれ、何をしとるんじゃ。最近の若い連中はこまったものじゃ」
その場の空気がふっと軽くなる。
僕が振り向くと、カウンター後ろにある奥の扉からこの書店の店主が顔をのぞかせた。
僕と同じく、薄いペラペラの服に赤茶色の地味なベストを羽織っている。
フロレンツさんだ。しわだらけの顔がいつにもましてしわくちゃだ。しわだらけ過ぎて表情を読むのが難しいくらいだ。
フロレンツさんを見るなり女魔術師はため息をついた。
フロレンツさんは、ゆっくりと歩を進めて僕の真横に立つと、その女魔術師の顔をまじまじと眺める。
「お嬢さんは非常に美しい顔をしているのぉ」
「はぁ!? 爺さんに好かれてもうれしくもなんともないんだけど」
「お嬢さんの顔を見ているとな。とても凶悪なブラックゴブリンと死闘を繰り広げてきたとは思えんのじゃ。さぞかしお強いんじゃろうな」
「あ、当たり前でしょ、あんな雑魚モンスター、赤子の手をひねるようなものよ」
フロレンツさんは小さく笑った。
「ブラックゴブリンですぞ。”赤子の手”という表現には当たらんはずじゃ。それとも……怖くて皆の後ろで見物でもしていたのかな?」
「なっ、なんですって!?」
女魔術師の白い頬がみるみる赤くなった。
それを見ていたヴォルフがようやく口を開いた。
「まぁまぁ、いいじゃねーか。そのなんとかの魔導書は別の店で探そうぜ」
ヴォルフはそういうと女魔術師の肩を掴んで強引に振り向かせる。カウンターに置いていた麻袋を担ぎなおして、仲間と共に店内から出ていった。
僕はふぅ、と息を吐くと同時に椅子に座り込んだ。フロレンツさんが僕にたずねてきた。
「あやつは確か、ヴォルフじゃったかな?」
「はい。赤いローブの魔術師ヴォルフは子供のころから知っています。いまじゃ、随分差がつきましたけど」
「そうじゃのう、随分と大きな差がついておる」
他人からはっきり言われるとなんだか腹が立つ。僕の心がついつい尖る。
「どうせ僕は何もできないですよ」
「ん?」
フロレンツさんは一瞬止まると、次にほっほっほ、と大きく笑った。
「いやいや、そういう意味じゃないぞ、アルフレート。お前の方がはるかに強いという事じゃ。心がな」
そんな言葉は、なぐさめにも皮肉にもならない。むっつりと黙り込んだ僕をみてフロレンツさんはまた小さく笑った。
「そういえば、今の女魔術師はエルフ族じゃったのう。こんな辺境のギルドには珍しい。あの大きく尖った耳も恥ずかしい時には赤くなるのじゃな。ほっほほほ」
そういうと、フロレンツさんはくるりと向きを変えて、再び奥の部屋に引っ込んだ。
孤児だった僕を拾って育ててくれたフロレンツさん。僕はここに住み込み、雑用係をさせてもらっている。それでなんとか生計を立てている。
ぼんやりとしていた僕に、すみません、と声がかかる。
新たなお客様だ。
僕は、気を取り直し、再び笑顔を作った。
「冒険者様、何のご用件でしょうか?」
「ここで冒険者の体験談を集めていると聞いたのですが……」
「あ、情報提供ですね」
「はい」
僕はこの魔術書店員として、ここ最近フロレンツさんから申し付けられている特別な仕事が一つある。
それは冒険者たちの話を集め【伝記】にするという仕事だ。
フロレンツさんが言うには、冒険者たちの体験談を伝記にして出版し、後世の人たちの役に立てたいらしい。
冒険者たちの話を集め、いろいろな魔物の特徴や弱点、さらには、有利な戦い方や効果的な魔法のかけ方などを研究するのだ。
僕自身も、本当は冒険者ギルド団員になりたかったという事もあり、彼らの話を聞くのはワクワクするし楽しい。
ここは辺境の地にあるギルドだから、冒険者ギルド団員のランクもあまり高くはない。大体がE~Gランクくらいの人たちが多い。
都市部に行くほど優秀な冒険者たちが集まっているらしく、最高はAランクでさらに、その上にはSランクまである。
ランクが低いとしても、やっぱり冒険者たちの話は興味深く、とても心が躍った。話を聞くだけで、まるでともに旅した気分になれる。
僕はその冒険者をカウンターの端っこに案内した。
その冒険者は岩のように頑丈そうな体を小さくして、カウンター前の椅子に座った。駆け出しの魔術戦士という感じだ。
僕はたずねる。
「情報提供料としてお支払いできる金額はわずかですが、よろしいですか?」
「はい。ちなみに……いくらぐらいもらえるんですか?」
「そうですね、一概には……お話の内容でこちらで決めさせてもらっています」
「目安の金額とかってないんですか?」
「銅貨10枚は、最低でもお支払いします」
「それで十分だ。助かります。今日の昼飯代の足しがほしくてね」
「なるほど。では、まず……」
僕はその冒険者の話に耳を傾けて、愛用の手帳にさらさらと書き記していく。後世の人たちのために。
こうして、魔術書店員の雑用係として、僕の毎日は過ぎていくのだ。
アルフレートの勤務先:フロレンツの魔術書店はグナの街「冒険者地区中央」冒険者ギルドすぐ隣にある。
小さな魔術書店で魔術師学校の生徒や、冒険者などが訪れる。あまり蔵書の数はないが店主のフロレンツが遠方に出向いたときにいろいろな書物を集めてくることから、珍しい本が多い。基本的にフロレンツの趣味が色濃く反映されており、古い魔術書ばかりが並んでいる。
読んで下さりありがとうございます。
評価★★★★★や、ブクマいただけると非常にうれしいです。一章終了まで45~7話ほどの予定です。