姫と元野獣 1
とりあえず、自称バイド人間バージョン……もといリヒャール様には、別荘の客間をあてがった。
ただ、問題その1は彼の服。
リヒャール様は筋骨隆々というわけではないけれど、身長が高く、程よく筋肉もついている。有り合わせの、別荘勤めの衛兵達の服じゃ、彼には小さいようだった。……だからと言って王都から取り寄せると、妙な憶測を呼びかねない。それは困る。
仕方なく、ジュリ達侍女4人が力を合わせてリヒャール様の服を縫うことに決まった。超即でシンプルな作りの上下を数着。それから、王族が普段着にするような衣服の作成に入っている。
……だから、
「ここ数年、服なんて着なかったの、知ってるでしょう?」
とか言って裸でウロウロするの、止めてください!!
腰に布巻いただけとか……ホント目のやり場に困るんで!! 彫像が動いてるみたいで、つい、見ちゃうの……!!
別荘まで付いて来てくれた10人は、元々はお母様に仕えてくれていたヒト達だ。口が固くて、信用できる。
あれやこれやの説明はジュリに丸投げしたけれど……みんな、突然現れたリヒャール様の奇行に何も言わない。なんとも生暖かい目で見られている気がするものの、黙って見守ってくれている。
今日も今日とて、リヒャール様は絶好調だ。
「マーガレット、まずは教会に行こう」
「……教会? この辺にあったかな……何しに行くの?」
「馬車なら半刻くらいで着くよ。姉と連絡を取ろうと思うんだ。教会には皇王の直系のみが使える連絡手段があってね? ペィリーヌ……あの姉が体調不良なんて、あるわけないから」
問題その2。百歩譲って本当にバイドが人間になったんだとして。自称皇子のリヒャール様が本当に聖皇国の皇子なのか、わたしには確認する手段がない。
そしてさらに、問題その3。仮にそれも本当だとして、どうすれば彼を故郷に帰してあげられるのか。
「教会に行ったら最初に結婚の儀を済ませてしまうことも考えたけど……マーガレットには最高の舞台を用意したいからね。やっぱり、聖皇国に行かなくちゃ」
その4! なんかこのヒト、ホントにわたしと結婚する気なんですけどっ! でもって……
「ちょ……っ」
「どうして嫌がるの? 今までだってたくさんキスして来たでしょう?」
「あれは……っ! バイドとジャレてただけで……っ!」
「うん。だからジャレよう? 大丈夫、ちょっと見た目が変わっただよ」
「ちょっとじゃないし!」
大大問題!! リヒャール様、スキンシップが好き過ぎる!!
確かにバイドにはわたしからキスしたし、普段から顔中ベロベロと舐められてた。
けど! 巨大なモフモフだったからね!!
「ちょっとだよ。中身はずっと私だったんだもの。あぁ、マーガレットの手は小さいね。可愛い。この可愛らしい手が一生懸命私の素肌を愛撫してくれていたかと思うと……ハァ」
「言い方っ!! バイドの! 毛皮を! 撫でてただけだし!」
「……こうしてマーガレットを抱きしめる日をどれほど夢見たことか。獣の脚は不便なんだ。
……ね、だから前みたいに、たくさんキスしよう?」
なにが「ね」だ! ぅぐう……可愛い顔しやがって! 何その無邪気な子犬顔!! 亜麻色のタレ耳の幻覚が……っ!
「た、たくさんとかっ……したことないしっ」
そこか!? と我ながら思う。リヒャール様に脳ミソとろかされたとしか思えない。
「ふふ。真っ赤になって可愛い。もっとその可愛い顔を見せて? あぁ……マーガレットの肌はなんて白いんだろう。まさにマーガレットの花みたいだね。朱が映えて美しい……。……ね、知ってる? 獣の世界は白黒なんだよ。だから……あぁ、豊かに輝く空色の髪も、日差しのような黄金の瞳も……とってもキレイだ……」
「……うぅ」
恥ずかしくて泣きそうだ。てかもう、ほぼ泣いてる。これ、新手のイジメですか?
バイドは大好きだけど! リヒャール様はほぼ初対面だし! 中身云々言われたって、わたしが大好きなのはバイドであって……っ。
チュ……ッ
「ひわぁっ!?」
耳!! ソレわたしの耳!! 食べないで!!
「可愛い……ホントに可愛い……。ふふふ……あんなに激しくキスし合った仲なのに、こんなに恥じらうなんて……」
「は……激し……!?」
「あぁ……マーガレットにはそんなつもり、なかった? 思い出してごらん。バイドにたくさん舐められたでしょう? 唇も……その小さくて可愛い口の中も……」
「っ!?」
ちょ……リヒャール様なんてこと言うの!? わたしとバイドの他愛ないジャレ合いをまるで卑猥なことのように……
「ふふ……マーガレットにそのつもりがなくても、私はそのつもりだったんだよ? あぁ、早くきみを堪能したい」
変態です!! ここにスーパーイケメンの変態がいますっ!!
たーすーけーてーっ!!
「イイね、そのか弱い抵抗もすごく可愛い。そそられる……」
か弱くないから! 全力だから! なんだってこのヒトこんなに力強いんだかっ!?
わたしを見下ろす桃色の瞳に浮かぶ熱っぽい光が怖くて、さっきから全身全霊で抵抗している。
てか、なんで!? なんでみんな見て見ぬフリなの!? たーすーけーてーっ!!
縫い物より! 主人の貞操の危機だからっ!!
「……震えてるの? ハァ、可愛い……。小動物みたいで……このまま抱き潰しちゃいそうだ。ふふっ、気をつけなきゃね。
……ねぇマーガレット。誤解して欲しくないんだけど……私はホントは、もっともっと語彙が豊富なんだよ? 頭の回転だって悪くない。でも、マーガレットがあまりにも可愛いから……可愛い以外の言葉を忘れてしまった。可愛い可愛い私のマーガレット。大好きだよ」
……ねぇこのヒト! 語彙力以前に会話が通じない!! こんなに暴れてるのに放してくれない!!
顔に血が集まり過ぎてクラクラする。心臓もずっとパニックだ。本気でもう、疲れた……。ハァ……体力が……限界……。
「ふふ。そう……そうやってわたしに身を預けて? 大丈夫。無事に結婚の儀を終えるまではキスしかしないよ。……我慢するから、安心して?」
……いやいやいやいや!
「そのセリフのどこに安心要素が!? とりあえず放して!」
「あぁ……その怒った顔もすごく可愛い」
ホワッと笑うリヒャール様は、表情だけは相変わらず純真な子犬のよう。でも、絶対、言動は純真でも子犬でもない。
「ふふ……そうやって怒りきれない優しいところも大好きだよ。マーガレット、愛してる」
……なんで「怒りきれない」ってわかるかなぁ!? あなたはわたしの観察記録でもつけてるの!?
……いや、迂闊なこと言ったらフラグが立つ。リヒャール様ならマジやりかねない。うぅ……バイドぉ……戻って来てよぉ……。バイドになら抱えられようが舐められようが構わないけど……人間はちょっと……人間は違うよ……! なんでリヒャール様、どこに行くにもついて来るの!?
大きかろうが厳つかろうが、モフモフの獣が懐いてくれるのは嬉しい。トイレまでついて来られると困るけど、それすらも可愛いと思える。一緒に寝てくれる日にはテンション上がるし。
……けどさ!? いくら「私がバイドだよ?」って言われたって、人間の、しかも立派な成人男性が四六時中付いて来るのは絶対おかしい!! 「一緒に寝よう?」って素肌剥き出しで横になられたら不信感しか湧かないし! 「ちゃんと結婚するまで手は出さないよ。抱きしめて眠るだけ。疼くけど……ふふ、今までも我慢して来たんだからね」とか……わたしのバイドが邪念抱いてたみたいに言わないで!!