冒険者ギルドのお役所仕事 〜幻獣騒動〜
家紋 武範様主催『夢幻企画』投稿作品です。相変わらずキーワードを固有名詞に託しています。
冒険者ギルドのお役所仕事シリーズ第三話となります。
今回は書類仕事ではどうにもならなさそうな事態! プリムはこの騒動をどう収めるのか?
シリアスめですが、大丈夫。落ち着いてご覧ください、
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「プリム先輩! 大変です!」
ギルド職員のコリグが、事務仕事を片付けている先輩のプリムへと駆け寄る。
「コリグ。職場では走らない事。何度も注意していますよ?」
「す、すみません。でもそれどころじゃないんですよ!」
コリグは持ってきた新聞を広げた。プリムが眼鏡を押し上げる。
「雷角馬が北の山に現れたのですか」
「現れたんじゃないんですよ! 隣国が討伐に失敗したせいで逃げ込んで来たんです!」
雷角馬。
額に角を持ち、雷を操る怪物。
雷をその身に受け、力とする性質から、高い山に住み着く事が多い。
近付く者に容赦なく振われる電撃に対する畏れと、全身に紫電を纏うその美しさから、幻獣の二つ名を冠する。
「やるならちゃんと討伐するなり捕まえるなりしてほしいですよね!」
「仕方ありません。並の冒険者では太刀打ち出来ない相手ですから」
いつもと変わらないプリムの淡々とした態度が、コリグにはもどかしい。
「先輩! 落ち着いてる場合じゃないですよ! うちも高階位冒険者を集めて討伐しないと!」
「落ち着きなさい」
プリムが眼鏡を押し上げた。
「討伐隊を編成するとして、その報酬は何処から出す気ですか?」
「う……」
「雷角馬討伐となれば、七階位以上の冒険者が複数名必要です。危険な任務なので、十分な装備や危険手当も必要になります。ギルドの予算で行うのはかなり厳しい」
「そ、そうでした……」
ギルドは非営利組織である。依頼人と冒険者の仲立ちが主な仕事の為、職員の給与と、事務用品など職務に必要な経費しか国から与えられていない。
つまり誰かの依頼と報酬が無ければ、ギルドに出来る事はほとんどないのだ。
「討伐するなら国、または近隣の村などから依頼が来るまで待つしかありません」
「そんな……! 被害が出るまで待てって言うんですか!?」
「討伐に値するという情報がなければ、国は動きませんからね」
「……っ!」
拳を握り、奥歯を噛み締めるコリグ。
冒険者と依頼人を繋ぐ自分の仕事に誇りを持っているが、この時ばかりは自分に直接戦う力がない事が辛く、恨めしい。
「ではコリグ、私は北の山に出張に行ってきます」
「えっ、な、何でですか!?」
「実地調査です。雷角馬が実際にどのような脅威かを確認しなくてはいけませんからね」
「だ、駄目ですよ!」
「何故ですか? 出張の申請をすれば勤務時間内でも職場を離れる事は許されます」
あ、確かに、と納得しかけて、首を大きく振るコリグ。
「そ、そうじゃなくて、危険ですよ!」
「ですが情報が無ければ何も動かせません。逆に言えば、情報さえあれば、国を動かす事も可能になるのです」
手元の書類を書庫に戻し、てきぱきと準備を進める背中を見て、コリグは一つの結論に至った。
(ま、まさか先輩! 自分を犠牲にして国に訴える気ですか!? 確かにギルドの職員が負傷したり死亡したら、国は動かざるを得ないけど……!)
止めなければ! そう思ったコリグに、
「大丈夫。君の故郷への不利益は最小限に留めますから」
「!」
肩越しにかけられた言葉。声が詰まる。
自分の焦りの原因を見抜かれていた驚きと、プリムが出張と称して危険な場に出向く理由を理解して。
「ギルドの運営は任せましたよ」
「せ、せん、ぱ……!」
そのままさっと出て行くプリムの後ろ姿は、涙で揺れて見えなかった。
四日後。
「コリグ」
「せ、先輩! ご無事、で……!?」
毎日プリムの無事を願い続けたコリグの歓喜が一瞬で吹き飛んだ。
『ここがギルドというものか。興味深い』
幻獣・雷角馬が当たり前のようにプリムの横にいたからだ。
「せ、せせせ、先輩……?」
「コリグ、住民票の申請用紙を出してください」
「じゅ、住民票!?」
「今更何を驚いているのですか。ギルドは簡易な役所の仕事も兼任出来ると何度も教えたではありませんか」
「い、いやそこじゃなくて、住民票って、その……?」
コリグの震える手が雷角馬を指すと、プリムは事もなげに頷いた。
「はい。北の山でお話を伺ったところ、あちこちで追われ続け、安心して住める場所が欲しいとの事でしたので」
『実に有り難い申し出であった』
「で、でも、あの、討伐対象、ですよね? 住民票って、え?」
「はい。ですが山に住む龍などに永住権を与えて害を防いだり守護してもらう前例はあります。さ、書類を」
当たり前のように言われると、返す言葉がない。混乱したまま、書類をプリムに渡す。
「代筆、失礼します。お名前は何と記入しますか?」
『名前? 好きに書いてくれて構わない』
「ではライカさんで」
さらさらと書き込むと、朱肉を差し出す。
「角の先で押印をお願いします」
『これが誓約か。人間とは不思議な習慣を持つものだな』
言われた通りに従うライカ。
「では今後月に数回、観光の方に姿を見せてもらう事と、月に一度、麓の村の住人が、たてがみと尾から毛を数本頂く事、よろしいですね」
『その程度で安住の地が得られるのであれば安いものだ』
満足そうに頷くライカに、プリムは頭を下げた。
「本日はお時間を頂戴し、まことにありがとうございました」
読了ありがとうございました。
会話ができるなら、まずは交渉。至極常識的かつ平和的な解決方法です。……相手が幻獣でなければ(笑)。
ライカさんは今後北の山付近の村々で観光資源として働きながら、追われる心配のない悠々自適な生活を送ります。
「幻獣の姿を見ると幸せになる」それらしい話題で観光業会も活気付きました。
コリグ、フラグをありがとう(笑)。
今後このシリーズは、『夢』『幻』のキーワードに合わせられそうなエピソードを使い切ったので、のんびり投稿に切り替えます。
期待せずお待ちください。