第6章:4年目、とうとう八歳になりました。いよいよ、魔術の訓練です。
とうとう、魔術を習える8歳になりました。おにいは、13歳になり、王立学院入学の年です。おにいは、やっぱりすごいです。おにいが凄過ぎて、私は普通の一般人にしかみえません。これからも、目立つことなく、ひっそりと生きていきたいと思います。
武器の訓練準備
影が弟子入りしてから、3−4ヶ月経った頃、私はパパンとママンにお願いしてみた。
"お父様、お母様、私、木刀が欲しいのですが?” 竹刀は存在しない。でも、木で出来た刀みたいなものを使って、見習い騎士様たちが訓練しているのを目撃していたので、それなら、手に入るだろう、と思って、聞いてみた。
パパンは、ママンにバトンタッチした。
"キャッシーは、剣の訓練がしたいの?攻撃はしたくなかったのでは?”
確かに、影二人に聞かれた時、攻撃ではなく、守りに徹したい、と答えたのを覚えている。あの二人がママンに報告したのだろう。
”はい、お母様、私は防御に徹したいと思っています。”
ママンは首を少し傾げながら、私の返答を待つ。
"剣で攻撃された場合でも、防御できるようになるためです。”
ママンはニッコリ笑って、頷き、"見習い騎士たちが使っている物でいいの?”
あれは、ちょっと・・・・
"だめなの?”
"出来れば、少し違うものが欲しいのですが。”
ママンが、少し手を上げると私の護衛と化した私の弟子となった二人が現れて、紙と羽ペンをテーブルの上に置き、直ぐに消えた。
ママンは、それを私に勧めた。
私は、日本で使っていた木刀の絵を描いた。
"なかなか、面白い感じの木刀ですね。それじゃ、これを作ってもらいましょう!”
言い終わると同時に、ママンが手を上げるとあの二人が現れ、その絵を持っていった。
"作成には少し時間がかかるでしょう。それでも、良いかしら?”
"お母様、ありがとうございます。出来上がるのを心待ちしております。”
黙って、私達の会話を聞いていたパパンとおにいが加わり、楽しい家族の団欒になった。
その後、私が望む木刀が出来上がったのは、六ヶ月経った頃だった。
その出来に私はとても満足した。そして、それらを使って、防御の訓練を強化して、キャサリンは益々、強くなっていった。相手から、瞬殺で木刀、短刀を奪い取れる実力を身につけていた。それは、キャサリンだけでなく、兄ラルフ、そして、弟子である影たち全員に当てはまった。
恒例の王子様のお誕生日会
年々、お揃いの衣装はグレードアップしている。今年も婦人会の皆様方の力作である。キャサリンはドレスでありながら、凛々しい美しさで、そして、アリエルは紳士の服装なのに儚げな美しさで少女たちを釘付けにしていた。そして、その二人をエスコートするのは、怜悧な美しさで知られるキャサリンの兄、ラルフと実直誠実を描いたような優しい感じのアリエルの兄、ラファエル。このカルテットのメンバーは少女たちとご婦人に絶大な人気を誇っていた。
誰もが彼らの演奏を一度は聞きたいと、招待状を手に入れるために翻弄していた。王族からも打診されていたが、まだ練習不足、という理由で先延ばしにされていた。
この四人は入場と同時に王子様への挨拶を済ませ、いつもどおりのメンバーで、テーブルにつき、和やかな時間を過ごした。このテーブルへの注目度は主役である王子様を凌駕するものであった。しかし、誰も彼らの楽しい時間を邪魔などせず、見守るだけであった。周りを囲む彼らのファンたちは、それをひた隠し、自然な社交場を作り出し、キャサリンたちから話しかけられるのを静かに待ち、その時が訪れても、令嬢としての実力を発揮して、楽しくお話をするのであった。凄い精神力である。キャサリンたちが退場するまで、みんなそれをひたすらキープして、完全に彼らがいなくなった後に、豹変して、彼らについて語り尽くすのが恒例行事になっていた。
このカルテットの人気に圧された王子様は、このままでは、自分のもとに誰も残らなくなる、と危機感を覚えたので、このアイドルグループに毒されてないメンバーを、自分の側近候補と婚約者候補として絞り込んだ。このメンバーは、出世欲が強い親を持つか、その親に乗せられてやる気になったか、で、王子のご機嫌取りはうまかった。
この危機感故に、このお茶会は、今年度をもって打ち切られることになった。これは、とても賢い判断であった。自分の陣営を強固にするために、王子様と側近たちはこのカルテットから、少し距離を置くことを選んだのだ。
この時の王子のキャサリン&カルテットへの感情は、自分より人気のあるものはイヤ!だった。頭は悪くないが、自分が一番でないとだめな、少し残念な王子様でした。
婚約者を決定するのはこの二年後だが、この婚約者候補から、キャサリンは外されることとなり、乙女ゲームの設定からかなりズレてきていた。ゲームの中では、王子様はキャサリンに対して特別な感情などなく、ただ単に、政略結婚の相手と認識していただけだった。
しかし、現状では、王子様は、このカルテットに対して、かなりの危機感、焦燥感、嫉妬の感情を覚えていた。四人を一緒に認識していたので、キャサリン個人に対してどうこうではなかった。このカルテットは少女たちの人気を独占していたので、脅威に感じていたのだ。
この年も、カルテットの演奏は4回で、季節ごとに一回の割合で開かれて、その人気は増して行った。小規模なコンサートなので、招待状にはプレミアムが付き、悔し涙に濡れる少女たちが続出していた。そんな彼女たちへの救済として、カルテットの姿絵が、ファンクラブの会合での目玉商品として配られていた。
いよいよ、魔術訓練です!
八歳の誕生日を家族と友人たちが内々に祝ってくれた次の日、パパンに呼び出されたので、部屋へ行くと、家族全員が揃っていた。
みんなにもう一度、八歳の誕生日おめでとう、と祝福された後、ママンが
"キャッシーもついに八歳になりましたね。今日、封印を解きますから、キャッシーが望んでいた魔術の勉強が出来ますよ!”
と極上の笑顔で、私に手を翳して、呪文のようなものを唱えた後、何か、パチンと弾ける感じがした。そして、何かエネルギーのようなものが体を駆け巡った。ビックリしていると、ママンが、両手を私の前に上げ、掌を向けてきて、合わせるようにと言われたので、一先ず合わせてみた。
"キャッシー、掌に集中してみて”
魔力は想像力と創造力の結晶なのが定番なので、一先ず、体に巡っているエネルギーを掌に集まるようにイメージしてみた。そうすると、掌が熱くなっってきた。その熱を感じ取ったみたいに、
"じゃあ、次は、私が少しキャッシーに魔力を流すので、それを受け止めて、同じように返してみて。”
ママンの言葉の後から、ママンの方から似て非なるエネルギーが微かに流れ込んできた。少し圧迫感を感じたけど、嫌悪感などはなく、それをやんわりと受け止め、こちらからも同じぐらいの量をママンの方に流してみる。
"凄いわ!キャッシー、一度で出来るなんて!”
ママン、凄い嬉しそうに、興奮状態。
"マリーザ、一先ず、一旦停止しようね。キャッシーも、一旦、流れを分散させて。”
とパパンがママンの肩に手を乗せ、私達の視線を一斉に浴びて、レッスンが終了した。
魔力が暴走しないようにと、補助としての指輪を渡されて、次の日から、魔術訓練がスタートしました。
天才・神童のおにい
おにいの学院への入学一ヶ月前、入学者を対象にした実力テストが行われた。この結果によって、クラスが編成される。そこで、おにいは歴史を塗り替えた。もしくは、新しい歴史を作り上げた。
通常、13−15歳の二年間で学習する基礎学力を全て満点、という快挙を成し遂げた。そこで、学校から、15−18歳で学ぶ初期の専門分野や応用編からスタートすることを勧められた。
しかし、おにいはそれを良しとせず、学院にパパンと赴き、その3年分のテストを受けさせてもらって、全て満点で終わらせて、学院側との交渉に持ち込んだ。その結果、学院には在籍するが、独自の研究室を確保して、研究に専念し、社交だけ同学年の人達とともにする、ということに落ち着いた。
おにいは、その後、天才・神童として一目置かれることとなった。これは、キャサリンにとっての暁光であった。ラルフが天才・神童として喝采を浴び続けたお陰で、キャサリンにはそれ程注目が集まらなかったから。
それを家族に報告した時、キャサリンからの称賛を受け、ラルフはとても満足そうに微笑んでいた。心の中で、妹の為の第一の布石は完了だ!と満足に叫んでいた。
王子様の心境
第一王子であるベルトラン・エレンフェルドは、8歳の誕生日パーティを心から楽しめてなかった。ポーカーフェイスで鉄壁のお愛想笑いを顔に浮かべてはいたが、こんなパーティには出来れば参加などしたくなかった。本人が主役だから、絶対に欠席は出来ないのだが。主役である彼にみんな一応チヤホヤしてくれてはいる。しかし、殆どの関心はある一点に向かっていた。かれの心情を一言で表すならば、"ムカつく!”である。彼はその一点を苦々しく思いながら、見つめる。そこには、四人いた。その内の二人が特に視線を集めていた。その二人は、
キャサリン・ヴァン・ローゼンベルグ公爵令嬢とアリエル・グーテタナーク侯爵令息。後の二人はこの二人の兄弟である。このペアは令嬢からの熱狂的な視線を注がれている。特に、女でありながら、令嬢から一番人気があるキャサリン嬢は王子からしたら、目の上のタンコブであった。王子の婚約者や側近選びが難航しているのは、この二人、特にこの令嬢のせいである。王子の筆頭婚約者候補でありながら、他の令嬢から熱い視線を独り占めしている。王子は年々、この令嬢へのライバル意識を強くしていて、しかも全然敵わないことを自覚しつつあるせいか、この令嬢を避けたい、と思うようになっていた。それ故、王子の誕生日パーティは、来年からは側近だけを集めた小さなものに変えることになるのだが。キャサリンがそのことを知ることはない。無意識に攻略対象者である王子を王子自ら遠ざける事に成功しているのだが、キャサリンがそのことに気付く日は永遠に来ない。
王子も初めから、こんな苦手意識を持っていたわけではない。王子が初めて、キャサリンを見たのは、5歳の誕生日パーティでだった。兄であるらラルフリードと共に誕生日の祝の言葉を言って来た時だった。兄妹双方、とても美しかった。第一印象は、とても可憐で可愛いな、であった。後で話しかけてみよう、と思って探していたが、騒ぎが起きて、彼女は即刻退出してしまった。その時は、彼女が婚約者の筆頭候補者である、ということは単純に嬉しかった。2年目は、彼女とアリエルのペア・ルックに圧倒された。とても美しかった。周りを囲まれていて近づけなかったから、話したのは彼らが挨拶に来たときだけ。そして、三年目、彼らの人気は凄まじく、主役である自分を凌駕する勢いで、主役は誰かわからなくなり、とても居辛く、楽しくなかった。そして、今年、とうとう、主役の座は奪われてしまった。皆、口々にお愛想を言うが、彼らの意識はキャサリンとアリエルのペアに注がれていた。そして、王子は思った。(コイツラとはなるべく関わり合いになりたくない。このままでは、婚約者と側近選びが難航する。今のうちに、自分の側近と婚約者候補を自分の周りに固めなければ、全て捕られてしまう)。王子はかなり焦っていた。そして、来年からは少数で小さな誕生日パーティにしようと決めたのだった。
この瞬間、キャサリンはライバル悪役令嬢の役から外れた。他者からの評価をとても気にする小心者の王子の忌避意識はかなり強く、王子からキャサリンを避けていたので、王子との繋がりはここで切れたのであった。このせいで、ゲームのシナリオが変わるのか、それとも他の令嬢がその役を引き受けてシナリオ通りに進むのかは、まだ誰にも分からない。
親衛隊の始まりは
第一王子の6歳の誕生日に、初めてペア・ルックで登場したキャサリンとアリエルの二人を見た三人の令嬢が呆然と彼らに惹かれるように、引き寄せられるようにフラフラ〜っと歩いていてお互いにぶつかってしまった。お互い、謝罪しあい、でも目も意識も引きられるようにそのペアに向かっているのに、お互い気付くのにそれ程時間はかからなかった。そのペアがテーブルに座り、周りを囲まれて見えなくなってから、漸く、三人とも自分たちの状況に気づいた。三人とも同じ方向を見つめ、お互いを支え合うように立っていたのであった。そこで、お互い、自己紹介をして、意気投合した。多くを語らずとも、お互いを分かりあえてしまった。その後、幸運にも、彼女らの母親がキャサリンの母と婦人会で仲良くしていたため、そのペアと同じテーブルに座ることが出来、そのペアと話すことが出来、そして、そのペアに微笑まれたりして、三人ともすっかり舞い上がってしまった。夢のような御茶会(本当は王子の誕生日会であったが、三人の頭から其の事は既に削除、変換されてしまっていた)はあっという間に過ぎ、三人はお互いの家で会うことを約束して別れた。
初めての三人での御茶会で、三人はあのペアの素晴らしさを心ゆくまで語り合い、結束を固めていった。そして、この事は、三人の母親から、キャサリンの母親に伝えられ、婦人会でも、議題となり、新たにこのペアが身につける小物や洋服のデザインが、みんなのために作られ売られるようになった。ファン商品の始まりであった。最初に作られたのは、あのペアがお誕生日会に着ていたペア・ルックを参考にして作られた髪飾りで、それは初期メンバーである、この三人の令嬢と婦人会のメンバーへ特典として配られた。それを皆が御茶会とかにつけて行き、それが話題となり、徐々に会員数を増やしていった。そして、様々なファン商品が開発され、その利益は、孤児院などに寄付された。
キャサリンは知らない間に皆のアイドルとなり、その商品の売れ行きは、慈善事業の一環で孤児院などの施設改善に役に立ち、多くの人から敬意と感謝を捧げられていた。キャサリンが目立ちたくない、と言う要望を聞き入れたファンたちは忠実にその願いを叶えるべく、影で立ち回り、彼らの前で騒ぐようなミスはしなかった。こうして、目に見えない最強の護衛軍団が誕生、成長し、キャサリンとアリエルが静かに楽しく暮らせる環境を日々守って行くのであった。
キャサリンが知らぬ間に、彼女を守る護衛隊が着実に増えてきている。彼女が最も恐れる第一王子との婚約も、知らぬ間に回避されている。意図的にゲームのシナリオを変えようとせずに、着実にゲームのシナリオから離れてきている。キャサリンの自分磨きによって。前世の記憶が戻ってからの五年間、彼女の心を侵食しようとする恐怖。その恐怖心に変化あり。彼女の次に進むべき道とは?