第五章:三年目は道場と弟子、カルテット結成。7歳
王子の七回目の誕生日パーティーで、まさか、ああいう話になるとは!王子様とは、ほとんど関わりなく、平和なもので、大分私もパーティーを楽しめる余裕が出てきたけど。あんまり、目立つことはしたくないのだけれど、でも、まあ、みんなと一緒なら、いいかな⁉
第五章:3年目は道場と弟子、カルテット結成。 7歳
また、季節はめぐり、王子の七回目の誕生日パーティー。今日もいつも通りにアリエルとお揃いで、仲良く手をつないでパーティーに参加。今日はおにいとアリエルのお兄さんがエスコートしてくれて、私はとてもご機嫌である。
天使のようなアリエル、超絶美少年のおにい、そして、誠実堅実を絵に描いた普通にカッコいいラファエル。七歳にして、こんなに幸福で良いのかな?私がニッコニコの満面の笑顔でパーティーを楽しんだ。この三人もとても良い笑顔で楽しそうだった。
主役の王子とは殆ど接触することもなく(お互い認識して、会釈しただけ)、実に平和に過ごしていた。アリエルもあれ以来いじめられてないそうだし。本当に平和だ。
それにしても、王子様へは初めに挨拶するだけでいつも終わっているし。王子様の表情も固いし。目を合わせようともしないし。なんかよそよそしいし。距離も取られているみたいだし。このまま、疎遠な関係で行けそう。まだまだ、油断できないけど、なんかいい感じ。このパーティで、一緒にテーブルに座る人も大体同じで、いい感じだし。なんか、周りを囲んでいる人達もいつも同じような?気のせいかな?
そのパーティーで話題になったのは、みんな楽器を弾ける、ということ。アリエルは、ハープを習い始めてもう二年目らしい。ラファエルは、フルートで、かなりの腕らしい。おにいがヴィオラを弾くのは知っている。おにいが質問攻めに遭っている最中、私の意識が飛ぶ。
キャサリンの回想(お兄様と音楽)
去年の秋頃、おにいとの勉強の時間が終了したのと、自分でしていた復習が一段落ついた頃、暇な時間が出来たので、私は家の中を探検することにした。かなりの広さだったので、一日では回りきれず、続けて三日目、一つの部屋から、弦楽器とピアノの音が聞こえてきた。気になったので、そのドアの前で、曲が終わるのを待ってからノックしてみた。“どうぞ、お入り下さい。と言う凛とした涼やかな声が聞こえてきた。ドアを開けるとお兄様と20代半ばくらいの男性がいた。おにいはヴィオラを持って、男性はピアノから立ち上がってこちらに向いていた。ヴィオラもピアノも前世と全く同じものに見えた。見かけも、そして、音も。
"すみません、お邪魔してしまって。” 殊勝に頭を下げると、優しそうな声で、“全然大丈夫ですよ。よかったら、見学していかれますか?” と聞いてきた。
おにいは少し恥ずかしそうに、"見つかちゃったね。もっと、うまくなってから披露したかったのに。” と可愛く小首を傾げながら仰っる。おにい、可愛さに磨きがかかっています。
"お兄様、凄い上手でしたよ。もっと、聞いていたくてノックをしてしまったのですから。”
おにい、すっごい照れてる。可愛い!男性も微笑ましそうに私達のやり取りを見ていた。
そこで、おにいが恥ずかしそうに少し照れながら、双方を紹介してくれた。先生の名前はセドリック・ベイン、23歳。音楽の教師で、彼の楽器は弦楽器全て、ピアノも伴奏が出来るくらい上手だ。二人は、2曲ほど演奏してくれた。
そこで、気付いたのだけど、音階が同じということ。曲は似ているようだが微妙にアレンジしてあるようなクラッシックの曲だった。
私は前世でピアノを習っていたので、引きたくなってウズウズしていた。ピアノを始めたのは5歳の時。それ以外にそろばんと習字もならっていたなあ。少し意識が飛ぶ。二人の演奏が終了した時、私は盛大な拍手で迎えた。二人は、特におにいはとても嬉しそうだった。私の目がピアノに釘付けになっているのを見逃す二人ではなく、二人から、楽器を試してみる?と聞かれて、迷わず、ピアノを選んだ。触りたくて、弾きたくて、ウズウズしていた。
セドリック先生は、私を横に座らせてくれ、スケールを教えてくれたので、一緒に引いてみた。同じスケールだった。でも、同じ体ではないので、指は慣れておらず上手く動かない、かなりじれったくて少しイライラした。でも、この世界では、初めてなので、初めてにしてはうまく出来たと思う。
おにいもヴィオラを楽してみる?とヴィオラを差し出してきたけど、それは丁重にお断りした。おにいは少し残念そうにしていたけど、私の興味がピアノに向かっているのに気付いて、"キャッシーも、ピアノ習ってみる?” 交互に私と先生を両方見ながら聞いてきた。
勿論私は、元気よく、"はい!お兄様、私、ピアノが弾きたいです!” と猪突猛進しそうな勢いでお兄様に飛びつく。おにいは余裕で楽器を除け、私を受け止めてくれた。先生も、"初期の段階でしたら、私が教えることができます。しかし、私の専門はピアノではありませんので、慣れてきたら、ピアノを専門にしている方にお願いした方がいいと思います。” と慣れるまでという条件付きだが、引き受けてくれるみたいだ。
おにいが、両親にも相談したほうが良い、と言って、その場で即決せずに、後で父に相談の上、決めることになった。
パパンとママンは快く了承してくれたのは言うまでもない。セドリック先生は口も固く、情報漏洩の心配がないということで、私も同じ先生から習うことになった。
その後、前世で13年間もピアノを習ってきた私は快進撃を続け、みんなから称賛された。一つ困ったのは、クラッシック曲が微妙に違うので、つい前世の曲を弾きそうになることだった。こちらではオリジナル曲になってしまい、それを六歳児が作曲したことになると、かなりヤバい状態になるので、私は、こちらの世界の曲に集中するように頑張った。
私は頑張った。前世でのお気に入りの曲を演奏したくてしたくてたまらないのに、我慢した。始めはよかった。指が慣れてなかったから、それに集中できた。でも、6ヶ月が過ぎた頃、毎日欠かさず練習していたので、私の指は前世のように動くようになった。その状態で、我慢するのは苦しくて苦しくて段々たえられなくなってきた。
この時、私の体の年齢は6歳だったので、抑制・自制がとても難しくて段々と笑えなくなってきた。その様子に一番に気付いたのは、カリーナとお兄様。アフタヌーンティの時間、優しく尋ねられた私は泣き崩れてしまった。
したいことが出来ない事が、こんなに辛いなんて、知らなかった。いつも、好きな曲を好きなように練習できた。それを我慢して、平気な顔でいるのは私には無理だった。
いつも冷静沈着なお兄様が驚愕の顔でオロオロしてしまった。カリーナもオロオロしていたが、お兄様の状態に驚いて固まっていた。
涙が出尽くした後、やっと私は落ち着きを取り戻して、おにいに、”驚かせてごめんなさい”と謝った。おにいは優しく抱きしめてくれ、頭をなでながら、"大丈夫だよ。いつでも、僕はキャッシーの味方だから、なんでも、言ってごらん。” と勇気づけてくれた。私が見上げると、優しく温かい目が私を愛おしそうに見ていた。大丈夫、おにいは私の味方。私を断罪したりしない。大丈夫。
"お兄様、私、ずっと弾きたい曲があるんです。でも、それを弾くと、誰もが私を変だと思うんです。だから、弾きたいのに弾けなくて、ずっと苦しかった。もう、我慢ができなくなってきていて、どうしようもないんです。” また、涙が何粒か溢れた。
"キャッシーは、誰にも聞かれたくないの?”
嗚咽になりながら、"はい”と絞り出す。
"私に音が外に聞こえないように出来たら(防音ができたら)、よかったのですが、私にはまだ魔法は使えません。” 絶望と顔に書いて小さな声で呟くと、
"それなら、大丈夫だよ。僕が遮断の魔法が使えるから。早速だけど、音楽室に行ってみるかい?” とのこと。私は、'ほんとに!' と驚きと喜びの表情で、おにいを見つめると、
"おいで!"と私の手を握り、音楽室に連れて行ってくれた。コリーナはそこで、片付けをするために残った。コリーナの思いやりである。
音楽室で私は思いっきり好きな曲を2時間ぶっ続けで弾き続けた。おにいは嫌な顔一つせず、私が満足するまで付き合ってくれた。おにいは最高の兄様です。大好きです。ありがとうございます。
カルテット誕生
そして、私が聞かれる番が回ってきた。私も楽器を嗜んでいるのかを聞かれ、ピアノを少々、と答えたところ、同じテーブルに座る令嬢3人から、四人で組んだカルテットが聞きたいと強請られた。
この令嬢たちともこのパーティーで一緒になるのは3回目なので、既に顔なじみである。ロザリー・チェイス侯爵令嬢、9歳、シンシア・バルザック伯爵令嬢、7歳、エリザベート・カヤット伯爵令嬢、同じく8歳。ママンも、彼女たちの母親と婦人会の仲良しである。私達四人は顔を合わせ、’どうする?’と目で会話した。
そこで、おにいが
"今直ぐ決めることは出来ませんが、四人で練習してみて、出来るようであれば前向きに検討していきましょう。その際には皆さんにはお知らせしますね。”
と魅惑的な微笑みで令嬢たちを魅了して煙に巻いていた。おにい、さすがです。意外にもこれを聞き付きたママンが乗り気でこの話を進めることになった。
誰もママンには逆らえず、ここに、カルテットが誕生することになる。おにいはかなりやる気になっていた。ママンと話す前は、どちらかと言うと、やりたくなさそうだったのに。さっき、ママンがお兄に耳打ちしていたけど、なんて言ったんだろう?その途端に、お兄がやる気になった。ママン、恐るべし!
それから、週一回の四人揃っての練習が始まった。始めての集まりで、一人づつ試しに同じ曲を弾いてみたけど、本当に驚いた。みんな、凄すぎる。
アリエル、まだ習って2年って聞いたけど、凄かった。おにいも凄いけど、アリエル、後3年もすれば、ハープの申し子と呼ばれることだろう。将来が楽しみ!ラファエルも、フルートを弾く姿はいつもの五割増しのかっこよさだったよ。音も澄んで心に響く音だった。私、大丈夫かな?こんな凄い人達と一緒に演奏するとか?まあ、ピアノは伴奏にもなれることだし、3人の足を引っ張らないように精進しよう。
3ヶ月、四人で週一で練習した結果、ママンが合格を出したので、家で開いた小さめのお茶会(参加者は20人くらい)で、お披露目の初演奏をして、参加していた人達に褒められました。
もちろん、あの3人の令嬢も参加して、とてもキラキラした目で称賛されました。そして、その令嬢たちの親に、彼らのお茶会での演奏を是非にとお願いされました。両親は、その場で即答するのを避け、後で連絡する、ということになった。
その晩、家族団欒の時、パパンに私はどうしたいかを聞かれた。家の親は素晴らしいです。頭ごなしになったりしないし、私の意見を、心を、いつも尊重してくれる。本当にありがたいです。密かに感動しながら、
"みんなと一緒に演奏するのは楽しかったです。でも、人から注目されたくないです。みんな凄いので、私など大して目立たないとは思いますが、観客が増えるのは困ります。”
うつむきがちに答えた。
"君がしたくないことはしなくていいんだよ。楽しんでくれた方が、私達も嬉しいんだからね。”
パパンは、おにいとママンに確認するかのように視線を投げかけた。
"そうだよ。キャッシーが嫌なら、これ以上人前で演奏しなくてもいいんだよ。でも、楽しそうだったから、演奏するのは楽しいんだよね!”
おにいは優しく私の目を見つめながらそう言った。
"はい、みんなと一緒に演奏するのはとても楽しかったです。今回の参加者は、既に知っている方々でしたので、楽しく演奏できました。でも・・・・・・”
"知らない人達の前での演奏はいやかい?”
"・・・イヤというより・・・怖いんです・・・ゴメンナサイ。ワガママを言って。”
そこで、パパンの手が私の頭に伸びてきた。そして、ナデナデしてくれた。
少し困ったような顔で、パパンとおにいがママンを振り返る。そこで、ママンが、私の前で、膝をついて目を合わせて、
"キャッシー、あなたが嫌がることをさせようとする人はここにはいないのよ。だから、怖がらなくていいの。お母様は、あなた達の音楽が素晴らしかったから、披露したかっただけ。あなたが無理なく楽しめる範囲で弾いてくれるだけでいいの。お母様は、あなた達の音楽がとても好きですよ。”
と温かい言葉をかけてくれて、私の頬にキスをしてくれた。私の家族は本当に素晴らしい。自慢の家族です。
"お母様、ありがとうございます。私もお母様やお父様の前で演奏するのはとても楽しいです。お兄様たちと一緒に弾くのは楽しいです。出来れば続けたいです。でも、大勢の人の前は嫌です。今日ぐらいの人数で、知り合いの人達の前でなら、またみんなと一緒に演奏したいです。”
"もちろん、それで、良いのよ。ねえ、あなた達!”
ママンは極上の笑みで、パパンとおにいに確認。二人とも、"勿論だよ。”
その後、ママンが今日集まった人々と連絡を取り、2ヶ月に一回、各家でのお茶会(20人まで)を開くことに決まった。このカルテットの演奏は招待状が必須のコンサートになりました。とても、人気があり、毎回新しい人は5人までなので、壮絶な争奪戦となりました。
2ヶ月後には、アリエルとラファエルのお家での演奏。
4ヶ月後には、チェイス侯爵家、ロザリーのお家で。
6ヶ月後には、バルザック伯爵家、シンシアのお家で。
8ヶ月後には、カヤット伯爵家、エリザベートのお家で。
3人の令嬢たちとは結構仲良くなれた。いつも、肯定的で、褒めてくれる。でも、追従ではなくて、純粋に称賛してくれる。始めは、貴族令嬢は攻撃的で怖いかも(乙女ゲームで、キャサリンが他の令嬢たちにも罵られたり、悪口言われたりしていたから)、と少し怯えていた私だけど、彼女たちとの接触が増えて、その恐れはなくなってきた。
まあ、彼女たちの鬼気とした熱気には圧されてしまうのだけれど。でも、みんな直ぐ赤くなって、口籠ったりして、とても可愛いんだよね。
この3人の母親は、公爵夫人が纏める最大派閥に所属して、みんな仲良くキャサリンとアリエルのお揃い衣装を喜々ととして作っている仲間である。
ラルフの回想 (妹とピアノ)
あの時は本当に驚いたな。あんなに驚愕してオロオロしたのは生まれてきて初めてである。去年の春、いつも通り、キャッシーとアフタヌーンティをしていた時、キャッシーが突然泣き崩れてしまった。その頃、キャッシーに笑顔が少なくなって、なんかつらそうにしていたから、それをなんとかしてあげたくて、聞いてみたのだが。あんな風に泣く姿はもう二度と見たくない。胸が粉々に砕けてしまいそうなくらい、痛々しくて辛かった。あの子にはいつも笑顔でいてほしい。
その理由を目の当たりにして、また驚いた。でも、驚きよりも感嘆してしまった。キャッシーの渾身の二時間の演奏は凄かった。あれを天才と呼ばず、誰を呼ぶ。あの美しい旋律、音色、もう素晴らしかった。
全てを出し尽くした妹は演奏の後、極上の笑顔で微笑んで、僕に抱きついてきて、心の底からお礼を言った。あれは本当に嬉しかった。誰よりも大事な妹が僕を見てあんなふうに笑ってくれて、本当に嬉しかった。
でも、あれ程の才能溢れる妹は自分の才能に、人に注目されることに、そして、人からの拒絶に怯えている。なぜ、あれ程の恐怖心を持っているのかは、僕にはまだ分からない。
でも、僕は僕に誓う。如何なるときでも、僕は妹の味方だと。彼女の敵は僕の敵だと。そして、その敵を叩き潰すのに僕はなんの躊躇もしないことを。僕は誓う。だから、キャッシー、笑顔でいてよ。それは僕に元気をくれる。
キャッシーの恐怖の元凶又は理由を知るのは、3年ほど後になる。
道場と弟子
お誕生日パーティーから数日たったある日、私は珍しく、ママンに呼び出された。そして、ママンにお願いされた。ママンの部下の影たちが私の武術を学びたい、と言う熱望をもう抑える事が出来なくなってきたので、その打診をされた。
"お母様、確認の為にお伺いしますが、プロの方々が私から私の武術法を学びたいと懇願されている、という事で、宜しいですか?”
恐る恐る聞いてみると、
"その通りです。あなたの訓練に最初から参加している二人の動きに興味を持った者たちから、懇願されたのが約一年前、その時は、毎回一人だけ気配を消して見学することを許可しました。見学した後から、是非とも参加したい、と申し出てくるものが後を立たず、とうとうそれを抑える事が出来なくなったのです。ですから、あなたに聞いてみることにしました。私の部下たちを鍛えてはくれませんか?"
ママンは淡々と仰る。いや、私はまだ7歳の子供で、人に教えるなんてあり得ないんですけど。と心の中で、ツッコむ。
困った様子の私に、"あなたの弟子として存分に扱いてもらって大丈夫だから、ね!”
とウインクまでされてしまった。ウ~ン、どうしよう!ママンの期待に満ちた視線が凄い圧をかけてくる。絶対に断れないやつだな。仕方がない。やるしかない。でも、譲れないものがある。
“お母様、教えるのは構わないのですが、大勢で来られると困ります。離れなので普段は余り人が来ませんが、大勢の声が聞こえたら、人の注意を引きます。私は極秘で訓練したいのです。”
“ああ、それなら、大丈夫よ。音を遮断させるだけではなく、結界を張るから、外からは何も見えないから。あと、全員を一緒に訓練することもないから。大体、5−7人が組んで、訓練に向かうから。これで、どうかしら?”
その可憐で美しい顔でお願いされて断れる人は、いないと思います。
”お母様、それなら、大丈夫です。”
と引き受けることになり、離れは道場と化し、私は七歳にして弟子を取る身分になってしまった。お母様の部隊は、隠密・諜報、つまり秘密厳守、隠蔽工作が得意な人達だから、情報が漏洩することはない。だから、その点では、安全である。私も色々な人と訓練した方が力になるし。win−winだね。
あっ、そうだ!そろそろあれがいるよね。お父様にお願いしてみよう。
やっと、お待ちかねの八歳になる。魔法よ!魔法!道場も結構順調だし、誰にも知られず、稽古できるし、やりたいことがやれるのは、やっぱり楽しい!もっと、強くならなきゃ!対抗できる力を身につけなきゃ!16歳まで、後、8年。頑張るぞ!