第四章:二年目からは体術訓練。家族の暗躍。其の弐。
人は見かけによらない、っていうけど。ママンはそれを体現しているよね。もう、びっくりだよ。
ラスボスなお母様と体術訓練
王子様のお誕生日会の後、パパンにおねだりをしてみた。
“お父様、私、アリエルを守れるように強くなりたいです。お兄様みたいにいずれは、剣の訓練をしたいと思いますが、まだ無理なので、体術などの訓練がしたいです。”
パパンは少し目を見開くと、じっと私を見てから、少し考え、
“それは、マリーザの領分なので、お母様に聞いてみると良いよ。” と言われた。
ママン!?あの美しく、たおやかな、貴婦人中の貴婦人、貴婦人の鏡のお母様!?解せぬ。確かにたまに、なんとな〜く、たまにラスボス感が漂うことがあったけど。でも、......
夕食後の家族団欒の席で、お母様におねだりをしてみた。すると、お母様は、ゆっくりと微笑まれ、でも、その微笑みにはいつもとは違う何かが感じられた。いつもの儚さではなく、なんか骨太な、そして、背筋が真っ直ぐに伸びるような。
"まあ、キャッシーも強くなりたいのですね。さすがは、私の娘です。でも、私が鍛えると加減ができずに危険ですね。......どうしましょう。......誰が適任かしら?”
あらあら、困ったわ、と貴婦人の微笑みを浮かべながら、何やら物騒な言葉が...しかも、背筋になんかゾッとした。私は少し緊張した。
そう言えば、お母様は辺境伯の娘。あの辺境伯の娘で、叔父様である現辺境伯の妹。辺境伯の領地はいつも危険に脅かされている(国境沿いでの小競り合い、魔物の出現と攻撃、今のところ、隣国との関係は良好だけど)。
もしかしてお母様は、あの叔父様と同等に強いの?でも、お母様、全然筋肉質ではないのに。知りたいような知りたくないような。
“お母様、お父様に嫁ぐ前は、叔父様と同じように魔物退治などをしていらしたのですか?”恐る恐る聞いてみた。
”勿論ですわ! 当時は全勝姫と呼ばれておりましたの。”
となんでもないように、とんでもないことを耳にした。'全勝、姫?’ 誰にも負けたことがない、全戦全勝のお姫様ということ?あの自信満々な微笑み。そして、今まで気づかなかったけど、隙きが全くない。どこにも、隙きがない!前世の私にも歯が立たない。なんか今までとは違う感じに見える。
“キャッシーは、強くなることを誰にも知られたくないのかしら?”
とても美しく少し首を傾げ聞いてきた。お父様はお母様に釘付け状態で、頬を染めていた。本当にラブラブカップルですね。素敵です。そして、私を理解してくださっている。心の中で感謝の意を込めて頭を下げる。そして、緊張が溶けた。
”はい、お母様、私は、目立ちたくありません。でも、強くなりたいのです。” 私の決意のこもった眼差しを受け、ママンが大きく頷き、パチンと指を鳴らすと、黒装束の二人がママンの前に跪いていた。
ママン、実は隠密の長だったの?カッコいいです。素敵です。忍者みたい。
“あら、ありがとう!”ウインクと投げキッスを頂きました。パパン、ちょっとやきもち焼きかな?一瞬、悔しそうな羨ましそうな顔をした。
私の敬意を込めた眼差しと心の中での感謝の意を受け止めてくれた。
跪いていた二人に、"あなた達、私の娘のキャッシーの訓練を引き受けてくれない?”
その二人はママンを見て、私を見て、そして、もう一度ママンを見て、"御意!”と何も聞かずに了承した。“明日からでもお願いね。”ママンが頼むと一度頷いて、そのまま姿を消した。
まさか、忍者に会えるとは!感激!心の中でハイテンションのままに踊っていた。それは、表にも現れており、家族のみんなは微笑ましそうに笑っていた。
体術の訓練と忍者のような二人
次の日の午前中に、あの二人が突然私の部屋に現れた。二人の内、背の低い方、女性が、
"お嬢様、隙きのない動きをされていますが、何か訓練されていたのですか?”
と聞いてきた。
“はい、私独自のやり方で、少々鍛えてまいりました。”
"どのようなものか、お見せ願えますか?”
教える前に私の実力が知りたい、ということですね。分かります。
私は二人に後ろに下がってもらって、距離をとってもらう。そして、受け身、ストレッチ、型を一通りやって見せた。二人は感心した様子で、
"ご一緒させて頂いてもよろしいですか?”
”えっ、” 教えてもらえるんじゃないの?でも、二人とも、なぜかやる気満々。そうですか、分かりました。
私が了承すると、二人は私を倣って真似てきた。教えてもらうつもりだったのに、教えることになるとは!まあ、でも、私の実力が分からないと教えられないよね。納得。
一通り、終わった頃、私はずっと疑問に思っていたことを聞いてみた。
“ところで、これから、一緒に訓練するものとして、名前を知らないのは困るのですが。”
"これは、不調法をいたしました。申し訳ありません。私の名前は、アリーシャで、彼はカイルです。これから、お見知りおきください。”
と名乗って頭を下げた。二人とも黒装束で、目しか見えない。ちなみに、アリーシャは茶色で、カイルはブルー。二人とも、スッキリだけど筋肉質。ムキムキではないので、動きやすそう。
2週間程で、二人ともすべての型をマスターした。さすが、プロ!もっと本格的に訓練したいな。実戦を交えて練習するには、私の部屋は狭すぎる。そこで、私はパパンにお願いすることにした。
食後の家族団欒のとき(初めて人払いをお願いしてから、お約束のように、人払いがされるようになった)、
"お父様、お母様が選んでくれた二人と訓練する場所がほしいのですが、どこか室内で訓練できるお部屋などございますか?”
いつものようにお願いしてみる (お目々キラキラ、極上のスマイル)。
“騎士たちの訓練場ではだめなのかい?”
"はい、出来れば、誰にも見られない場所が良いのです。”
パパンは、真面目な顔で、何かを見極めようとするかのように、私を一瞬凝視した。
“人には知られたくないから?”
"そうです。出来れば、極秘で訓練したいのです。”
パパンの真面目で真剣な顔は流石にイケメンですね。かっこいいです。
“それなら、離れにある別館の広間はどうかな?”
"ダンスができるほど、広い場所ですか?”
"そうだよ。何か、必要なもの、あるかい?”
床は痛い。マットが欲しいがそれは無理だから、やっぱり、部屋と同じものにしよう。
“出来れば、硬い床ではなく、毛の長い絨毯がほしいです。”
いつもの優しい笑顔で、私の頭を軽く撫でながら、
"分かった。明日、手配しておくよ。明後日には、準備が出来ているだろう。”
と約束してくれた。流石、パパン!仕事が早い!私の表情を見たパパンがデレた。ちょっと、だらしない顔!パパンって、たまに、残念なイケメンになるよね。パパンは一気に顔を引き締めた。私って、直ぐ顔に出るみたい。ポーカーフェイスの練習をしなくちゃ!
これで、やっと、実戦を交えた訓練ができる。前世の実力を取り戻すのは勿論だけど、こちらの世界での体術にも興味津々だった。明後日から、頑張るぞ!
忍者な二人から母への報告、その一。
初めて、キャサリンの部屋でキャサリン独自の体術法を見た日の夜、二人は公爵婦人の部屋へ報告に来ていた。ちなみに、そこは、夫婦の寝室ではなく、マリーザの執務室であった。そこで、部下からの報告を受けるのは彼女の日課であった。
“姫、驚きました。キャサリン様は相当な手練の動きをなさいます。独自に編み出した型で訓練されていたようです。私どももご一緒させていただきましたが、実に無駄のない動きでした。”
"やっぱりね。この一年で、キャッシーの動きが敏捷になって隙きがなくなってきた、と思っていたのよ。さすがは、私の娘。私の幼い頃よりも才能ありかもね。”
“いえ、強さにおいては、姫は6歳のときでさえ、バケモノのようでしたから、それにくらべたら、お嬢様は、普通です。”
とアリーシャが突っ込む。マリーザは不満顔のふくれっ面で、“失礼ね。バケモノじゃないわよ。環境的に強くある必要があったのよ。”
“いや、八歳で、大人も討伐に困る魔物を一人で抹消させていたではありませんか?”
またのツッコミに、二の句が告げないマリーザであった。
この貴婦人のなかの貴婦人と言われるマリーザは、辺境伯の家族内だけでなく、領地一帯で負け知らずであった。そして、辺境伯は猛者が集う領地として名を馳せていた。その中で、可憐で美しい花のような美女がダントツの猛者で、全勝姫と呼ばれていた。十歳には、一部隊を統率するほどの猛者であった。それは、結婚してからも変わらず、未だに、'姫'と呼ばれていた。
この猛者は、結婚後も自分の部隊を持ち隠密活動を続けていた。情報を制する者が世界を制す、と言われるように、マリーザは、この国で一番敵にしたくない筆頭だった。もちろん、夫であるライアンもこのことは知っており、夫婦仲良く、不穏分子は随所、取り除いて、国の安定に寄与していた。ライアンはマリーザの強さに一目惚れして、結婚まで漕ぎ着けたのだった。
この最強猛者の貴婦人は、貴婦人の鏡と言われる容姿、知性、社交性を身につけていた。勿論、筋肉はあるが、ムキムキではない。適度な筋肉がついているだけ。身体強化の魔法が得意な為、ほっそりとした見かけをしている。
異常に俊敏であり、誰にもついていけないスピードなのである。それに加えて、攻撃魔法、防御の魔法もダントツである。そのような最強猛者の貴婦人は、嫁いだ後もその才能ゆえ、国の防衛ラインを守っているのである。隠密、諜報活動において随一。彼女の部隊は、影と呼ばれる者たちで構成されていた。不穏な動き、不穏分子などは、全て最初に彼女に報告される。彼女は知る人ぞ知る、的な影の実力者であった。その彼女は表で宰相として働く夫と共に最強タッグペアとして日々存分に力を発揮していた。
さやかの妹がプレイしていた乙女ゲームには、公爵婦人について、詳細な情報は書かれていなかった。唯一、書かれていたのは、婦人は美人で貴婦人らしく、夫である公爵に一目惚れされて嫁いできて、夫婦仲はよかった、ぐらいであった。
それ故、この公爵夫人がこういう突出した能力があったかどうかは、分からない。さやかは妹からの又聞きした情報しかないので、公爵夫人が美人ということしか知らなかった。ゲームにありがちな、脇役には大した設定も詳細もないだけなのか、それとも、脇役が現実世界では主役級の活躍も可能なのかは、今はまだ分からない。
キャサリンの母に対する感想は、'ママン、凄すぎ!美人で、スタイル良くて、パパンには溺愛されて、貴婦人の鏡と言われるだけでも凄いのに、それだけじゃなく、実力が半端ない、影の支配者みたいな立ち位置。諜報部隊の長官だなんて!忍びみたいな部下が沢山いて、むかしからの呼び名が全勝姫。負けたことがないお姫様とは。こんな凄い人が、あのゲームの公爵夫人だなんて、驚いた。いちかったら、何も言わなかったから、知らなかった。そのママンは、私のことを愛してくれて、助けてくれる。頼もしい味方。とても心強いです。
こんな諜報活動に優れた優秀な忍者を自由に扱える人が宰相と共にいて、国を支えているのに、十代半ばのヒロインによって翻弄されることなど、現実には不可能だと言うことに、この時、キャサリンはまだ気づいていなかった。冷静沈着なはずの前世の自分でも、気づいてなかったのは、シナリオの強制力、こうあるはず、という考えに縛られていたからだった。
本格的に体術の訓練を始めます。
パパンにお願いしてから2日後、忍者二人はまた私の部屋に直接やってきた。彼らが言うには彼らはママンの部下であり、守衛の一端でもあり、屋敷内どこでも行けるらしい。勿論、ママンとパパンの許可がいるけど。二人を伴って、元気に離れの別館に行くと、その広間にはパパンにお願いした家の長い絨毯が広間を覆っていた。ありがとう、パパン!私は心の中でパパンにお礼を言う。
"二人とも、今日から訓練、宜しくお願いします!”と教わる気満々でやる気に満ちて挨拶する。
“いえ、教わるのは我々の方です。お嬢様、宜しくお願い致します。”とアリーシャが応えて、カイルは無言で頷く。
しばらく、この応酬が続いた後(お互いに教える役を相手に押し付けようとして、なかなか話が進まない)、アリーシャが聞いてきた。
”お嬢様は、攻撃力を上げたいのですか?それとも、防御力の方ですが?”
"私は、誰も攻撃したくありません。守れればよいのです。”
"そうですよね。今までのお嬢様の動きから読み取れるのは、防御力です。お嬢様の動きは防御に関して特化しています。無駄のない動きをされています。それを壊すようなことはすべきではありません。ですので、我々がお嬢様の方法を会得して、お嬢様に色々な攻撃を仕掛けて伸ばしていくのが、最善策だと思います。”
そこで、カイルが無言で同意する。ここまで、カイルは一言も発していない。
確かに、前世で、合気道ほど、防御に徹した武術は存在しなかった。今生でも、騎士様の訓練を見る限り、攻撃力に力を注いでおり、かなり無駄な動きが多かった。
"そうなんですか?分かりました。それでは、そのように進めて行きましょう。”
彼らと訓練をしていく内に、魔法を覚える必要性をヒシヒシと感じた。この世界では、攻撃魔法や防御魔法も頻繁に使われている為、魔法が使えないと、不便な状況が多々見られたから。二人からは、ママンに相談するよう、勧められた。
ママンに相談してみると、直ぐに却下された。魔法は8歳から、という鉄則のルールがあるそうだ。仕方がない。ママンからは、今年は魔法無しで訓練を続けて、来年、また話し合いましょう、と言われた。6歳には体への負担がかなり大きいらしく、過去に問題が起きたらしい。
キャサリンの防御方法(前世の合気道)は、実は影の部隊のみんなに注目されていた。あの二人が他の影たちとの訓練で、その動きを披露していたので、その動きはどこで、学んだんだ?俺たちも学びたい!という強い要望となり、それは、部隊の長であるマリーザにも届いていた。
しかし、マリーザはそれを押しとどめた。娘のキャサリンが目立ちたくない、隠したい、と望んでいたから。それ故、部下の願いは却下されたが、部下の熱意は凄まじく、一人づつ、見学に行くことは許可した。キャサリンが気づくことはなかったが、毎回、違う影がこっそりと気配を消して、訓練の見学に来ていた。
あの二人は知っていたが、キャサリンに気づかれるようなヘマはしなかった。そんな状況下でも、一人だけ、訓練に参加することを許されたものがいた。
それは、妹をこよなく愛する兄のラルフであった。妹の先を行くため、妹が出来ることは全て会得すべく、母を説得して、許可を得た。キャサリンは、兄が参加するのを手放しで喜んだことは言うまでもない。お兄様と一緒、嬉しい、とはしゃいで抱きついてラルフを喜ばせた。
兄のお古を着て訓練に励む私を見て、複雑な顔をしたおにいにある提案をされた。
“キャッシー、その格好も可愛いのだけど、淑女が膝を出しているのはやはりやめたほうが良いと思う。膝を隠したもので、動きやすい服を新たに作ってみるのはどうかな?”
そうだった!この世界、女の人は膝や足を見せてはいけなかった。お兄様のお古の半ズボンが履きやすくて喜んで履いていたんだけど。このままだと、淑女烙印を押されてしまう。どうしよう。おにいもこんな妹恥ずかしいに違いない。少し落ち込んでいると。
"キャッシー、怒ってるわけじゃないんだよ。でも、七歳になっても膝を出していると問題になるだろうから、今の内に、違う服にした方が良いのではないかと思っているだけだよ。”
おにいは跪いて目の位置を合わせてくれて、優しく温かい目で私を肯定してくれ、軽く抱きしめてくれた。それで、元気いっぱいになり、
"お兄様、ご助言ありがとうございます。早速、考えてみます。”
おにいは、大きく頷いてからもう一度抱きしめてくれ、"決まったら、母上に相談すると良いよ。母上の得意分野だからね。”
早速、お昼ごはんの後、机に向かって色々とデザインしてみた。私がしているのは合気道。以前、着ていたのは道着と袴。これをこちらの世界風に少し変えてみよう。ゆったりした長袖のブラウスと足をカバーする長さのキュロットスカートにしてみた。ベルトは後ろを少し縫い付けたもので固定して、前で結べるようにした。色は白だと直ぐ汚れそうなので、暗めの群青色。それをお昼寝の時間に本を読んでくれる為にきたママンに見せた。
"あら、よく描けてるわね。可愛らしいわ。でも、もう少し、飾りをつけたほうが可愛いのでは?ちょっと、描き足しても良いかしら?”
ママンは、勝手に描き込んだりせず、わたしの許可を取ろうとしてくれた。ママンは、いつでも私のことを尊重してくれる。ママンはとっても素敵な人です。大好きです。
"勿論です。お願いします。”
にっこり笑って、ママンは私のデザインの横に描いてくれた。ママンは、上が白、下が群青色の道着を、コントラストな色と刺繍などで華やかな感じに描いた。
"お母様、とても素敵です!とても可愛らしいです!”
"気に入った?これでいいなら、直ぐに特注するけど?”
”はい、とても気に入りました。これでお願いします。”
こうして私のこの世界での道着が決まった。これと一緒に合気道が流行ったらおもしろういだろうね。少しずつ、最初の思惑、目的から、ずれて来ていることには気づいていないキャサリンだった。
防御力アップ!それにしても、おにいは安定の規格外ですね。ママンの影たちはプロだから、分かるけど。一般人のおにいは、三か月で黒帯レベルって、ちょっと、、、