第一章:前世の記憶と攻略対象者の一人(攻略対象のひとり?悪役令嬢かも?最悪なヒロイン)
あのいじめられていた子に会うことになった。なんか引っかかってるんだよね。何かが分からないのがもどかしい。とにかく会ってみないと分からない。会ってから、考えよう。
攻略対象者?との出会い
王宮での出来事から、二週間経ち、やっと、落ち着いた頃 (熱が下がってから毎晩、一人 になると記憶を思いつくままに、紙に書き起こし纏めていたので、大分自分の状況が把握で き、フワフワ、ザワザワ感が落ち着いてきた頃)、お父様に呼ばれて、お部屋に行くと、
“この前の王宮で、君が庇った子が、君にお礼を言うために訪問したい、と申し出てきている のだけど、会ってみるかい?”
パパンはとても心配そうな顔で尋ねてきた。この前の出来事が私のトラウマになっていると 思っているのかも。ご心配をおかけしまして、と頭の中で頭を下げる。
あの子か〜..... あの子の顔が、あの時、いちかの顔に重なって見えたんだよね。そのせいで、前世の記憶を思 い出してしまったんだよね。少し、あの子に会うのが怖い。やっぱり、少しトラウマかも。
今の私は前世の記憶を持て余している。5歳児に18歳の時の記憶がおっかぶさって、5歳児の方が片隅に追いやられてしまった。影響力が全く違う。今の私は記憶蘇る前の私とは違う。前とおなじようにしようとしても、やっぱり、18歳に引きづられてしまう。
こういうことになったのも、王宮での出来事のせい。あの子に罪はない。私が勝手に巻き込まれたのだから。 でも......あの子の顔といちかの顔が重なって見えたので、あの子に会うのが怖い。あ の子に会うと、いちかを、そして、前世を目に突きつけられることになるかも...。それが怖い。
あの時あの場所に行かずにいたら、自分で助けに行かずに状況を大人に知らせるだけにして おけば、思い出さなかったかもしれない。タラレバ、などは何の役にも立たない。仮定は仮定で、現実ではない。それは、現実逃避でしかない。
怖がって避けても逃げても、事態は悪くなることはあっても、良くなることはない。起こってしまったことは、どうしようもない。思い出してしまった前世をなかったことにはできない。 起こってしまったのなら、どうするのが最善かを考えて、行動すればいいだけ。 前世の私は現実主義者。いつもそうして問題に向き合ってきた。逃げることなど、はなから出来ない。 ただ、立ち向かうだけ。その性格は今も昔も変わらない。
どうせ仮定するなら、利点が見つけられるかも、として考えてみよう。仮に、今生で、今の自分が確立してしまってから、前世を思い出した場合を想像してみると......今よりも、軋轢がひどそう。確立された2つの人格が並び立つことになって、これを融合させるのは今よりももっと大変で、始末に負えないことかもしれない。周りも困るだろうし。そう考えると、今の方が幼いだけに柔軟性があって、どうにでもなるような気がする。周りも少し変わったぐらいの印象で終わるかも。こう考えると、今思い出したのはラッキーだったかも。
それにしても、あの子の顔を見た瞬間から、なんか引っかかるものがあるんだよね。なんだろう?まだ、思い出していない事があるのかな?
私が5分程考え込んでると、益々眉間にシワがよって、パパンの心配度があがっていくのが分かる。オロオロして、汗までかいてる。そろそろ、何か言わないと、パパンがもたないね。
一瞬、断ろうかなと思ったが、でも、この引っ掛かりが何か分からないのも嫌だし、会って みて考えた方がいいかも。それに、家族の心配事も減らしておいたほうがいいし。トラウマになってない、大丈夫、という事を強調するためにも、会おう。
“うん、会ってみる。その子と友 達になれると嬉しいな!”と元気に受け答えしておいた。
パパンはホッとしたように嬉しそうに 頷いた。そして、パパンはその子との面会を設定してくれた。その子が来るのは、一週間後 で、私はとてもワクワクしていた。引っ掛かりが何なのか不明なのは、嫌だけど、今生では、 同年代の子とまだ友達になったことがないので、その可能性があるのは素直に嬉しい。初めて の友達になるかも。それに、顔が重なったせいで、あの子がいちかのように感じて親近感もあ る。私の大事な妹だったいちかにまた会えるような。
一週間後、あの時の子が年の離れたお兄さんと一緒に、私を訪ねてきた。彼らを見た瞬間、 私は、違和感を覚えた。何かが違う。天使のような愛らしい彼女を頭の天辺から爪先まで観察してみた。その天使は、ズボンを穿いていた。あの時座っていたから分からなかったけど、ドレスではなく、ズボンを穿いていたらしい。男の子だったの!?。てっきり、女の子だと思っていたよ。驚いた!こんなに天使のように愛らしくて、お姫様みたいなのに。しかも、この世界、男の人もレースとか宝石とかを着けて着飾っているから、紛らわしいんだよね。とにかくセーフ! 口を開く前に気付けてよかった。
“はじめまして、キャサリン・ヴァン・ローゼンベルグです。これから、宜しくお願い致します。”と挨拶すると、お兄さんが、
“丁寧な挨拶恐れ入ります。私は、グーテタナーク侯爵家嫡男のラファエルと申します。こちら が、先日、キャサリン様にお助け頂きました弟のアリエルです。先日はご面倒をおかけして申し訳ありません。そして、弟を庇ってくださって、ありがとうございました。”
ラファエルはとても穏やかな人で、自分の挨拶後、人見知りな弟にも自分で挨拶をするよう 促す。優しいけど甘やかさない、とても立派な教育方針です。将来、とても良い父親になるこ とでしょう。前世のさやかだったら、とても好みのタイプです。前世の私なら、彼は3つ下な ので、守備範囲だけど、今現在の五歳児の姿ではどうしようもないですね。とても残念です。
茶色の髪に薄い青色の目。おにいのような華やかさはないけど、誠実で堅実を絵に描いたような人。こんな人が前世で彼氏だったら、幸せだっただろう。今生では、無理ですね。非常に残念。私が望めば、手に入るだろうけど、十五歳の少年(この世界では青年かも)に五歳の相手 は気の毒でしかない。五歳児の私は全く興味ないみたいだし。仕方がない。縁がなかった、と 諦めよう。そして、アリエルに目を移すと、
アリエルはおどおどしながら、とてもか細い声で挨拶した後、蚊のような声で 'あり‥がと う‥ござい‥ま‥した’ と呟いた。可憐で頼りない様子に、何度見ても女の子にしか見えない。絶対に守ってあげたいタイプだ。いちかに感じていた感情を思い出した。私はいちかの姉、いちかを守るのは私の役目。いちかを泣かすやつは姉の私が許さない! 暫く、彼の顔を見ていたけど、いちかの顔が重なることはなかった。
その後、お茶とお菓子を食べて、会話して(主にラファエルと私が話、アリエルは聞き役 だった)、お庭を案内しながら散歩していたら、アリエルも警戒心を解き、オドオドしなく なった。帰る頃には、今度は僕の家に来てね、と可愛い笑顔でのお誘いされるぐらい親しくなった。本当に可愛いい。私の今生での初めての友達。絶対、私がまもってあげる!泣かせる やつには容赦はしない!無自覚に、彼を前世のいちかのポジションに置き換えていた。 私の心の中で、彼は妹、守るべき存在として認定していた。
楽しい初めての友達とのプレイデートの夜、いつものように、習慣として、今まで書きとめたものを見返していたら、ゲームの名前に目を惹かれたので、内容を思い返してみた。そうして、ヒヤッと嫌な予感がしたので(ずっと、喉の奥に小骨が刺さったような違和感を感じていた)、ゲームの内容を(妹から又聞きしただけ)一先ず、名前を全部書いて口に出してみる。
そして、愕然とした。自分の名前、兄の名前、そして、あの天使の名前があったのだ。王子の 名前は??? なんだっけ?あんまり気にしてなかったから、誕生日会が王子のためだったと しか覚えていない。でも、少なくとも三人の姓名が同じなのは確か。もう一度見ると、やっぱり、同じだった。まさか、私は乙女ゲームに転生したの!あのヒロインに微塵も共感出来ない乙女ゲームに!一枚の紙を縦半分に折り目をつけて、左側に今の自分たちの名前を、右側に ゲームの登場人物たちの名前を書き出してみた。名前の下に思い出せる内容も書いてみる。
キャサリン・ヴァン・ローゼンベルグ(ゲーム):15歳。公爵令嬢。10歳の時に第一王 子の婚約者となり、16歳の時に、王子から婚約破棄されて修道院に送られる。理由が王子と仲の良い男爵令嬢をいじめたから。冤罪を主張するも、誰からも相手にされずに強制的に退場。性格とかは記載なし。特にこれといった特技や特徴、才能の記載なし。 悪役令嬢。嫌われ者。家族からも見放されて追放される。
今の私、キャサリン・ヴァン・ローゼンベルグ:5歳。公爵令嬢。王子には会ったかも(誕生日会で最初におにいと挨拶しに行ったような気がする)。でも、名前も覚えていないし、印象もない。普通の5歳児だったけど、前世を思い出して調整中。
ラルフリード・ヴァン・ローゼンベルグ(ゲーム):20歳。公爵家の嫡男。キャサリンの お兄さん。キャサリンとは5歳違い。18歳で学院を卒業したが、優秀さ故に請われて学院の教師になる。教師枠の攻略対象。ヒロインを庇って、妹を切り捨てる。
今のおにい、ラルフリード・ヴァン・ローゼンベルグ:10歳。公爵家の嫡男。キャサリン のお兄さん。キャサリンとは5歳違い。頭が良さそう。とても優しい。いつもアフタヌーン ティを一緒にしてくれる。
アリエル・グーテタナーク(ゲーム):15歳。侯爵令息。キャサリンと同い年。キャサリンとは面識(毎年恒例の王子のお誕生日会などで、会ったことはある)はあったが、親しくは ない。儚げな浮世離れした中性的な美しさで守ってあげたいタイプの攻略対象者。ヒロインが略奪系肉食女の鬼畜タイプなので、パラスマイナスゼロでピッタリと合う。ヒロインは見かけだ けは、頼りなさげな庇護欲を掻き立てられる可愛い系だったから、この二人が並ぶと、とても 儚げでこの世のものではないような危うさがあって、とても綺麗だった (いちかに見せられ た画面。まるで宗教画のなかの天使のようだった。二人が並ぶと、男女両方に受けが良くて、 他の攻略者へのアプローチの目くらましになっていたっけ。アリエルはヒロインに恋していた みたいだったけど、ヒロインは彼を引き立て役又は盛り上げ要員(相乗効果で彼女の美貌が映 えるから、より美しく儚く見えた)として利用していた。
今のアリエル・グーテタナーク:5歳。侯爵令息。キャサリンと同い年。キャサリンとは面 識(毎年恒例の王子のお誕生日会で出会う)、キャサリンがいじめっ子から守って、親しくな る。ビクビクオドオド、弱気、いじめられっこ。天使のように儚げで可愛い。守ってあげたい。
この三人は同じ人である可能性大。姓名が同じ。キャサリンとラルフリードの年の差が同じ。キャサリンとアリエル、そして王子(名前は?だけど)の年が同じ。ゲームの私の記載がなかったから、性格とか、特技とかが一致しているかどうかはわからない。おにいは優秀さが同じみたい。アリエルは一致しているみたい。
ここは、あの妹が嵌っていた乙女ゲームの世界であることが濃厚。もし、そうなら、かなり厄介!あのゲーム、乙女ゲームと言いつつ、乙女 と言うよりも、略奪鬼畜女のゲームだった。あの鬼畜がヒロインの世界で、私は排除されるべ き悪役令嬢とかあり得ない。もしそうなら、怖すぎる。あの鬼畜に目の敵にされるとか... ...あってほしくない。
記憶に残るゲームのヒロイン像
今思い返してみても、本当に、あの乙女ゲームのヒロインは腐れ外道だった。もう、あれは 詐欺だと叫びたくなるくらい。なんで、こんなのがヒロインで、みんな納得しているの?あの ゲームに夢中だった妹にも、何度聞いたことか。妹は、ただ、美形の男達が甘い言葉で愛の言 葉を囁いてくれるのが好きなだけみたいだった。どんな男でも、ヒロイン=ゲームの自分、を 好きになってくれる夢物語がただ好きなようで、ヒロインがどんな手を使って堕としているか までは全く考えてなかった、又は見えてなかった。しかし、ゲームに全く興味のない私は、い つも聞かされる内容を客観的に見ていたので、ヒロインが並みの悪党も裸足で逃げ出すほどの 悪女、鬼畜だと認識していた。
ヒロインは八方美人で、相手に婚約者がいるのを分かった上で奪いに行くし(天然ではな く、まるで略奪するのが至福であるように、嬉々として男にアプローチする)、それを悪びれ もせずに、自分は被害者気取りの上、その婚約者達に罠を仕掛けてまで、自分を良く見せて相 手を落すような根性悪。最悪なのは、自分は絶対に手を汚さずに他人を使い、絶対に自分が関 与していることを見せない周到さ。利用できる人は骨までしゃぶり尽くし、要らなくなったら ゴミ屑のようにポイ捨て。本当に、たった十五歳でこれ程の性悪になるなんて、どんな生き方をしてきたんだ、この人。
こんなのがヒロインとか、どんな世界よ。こんな常識と非常識が逆転したような世界が実在 して、その中で生きていかなければならないとか......余りにも酷いんじゃない。こんな屑女が賞賛される世界って、常識ある行動をとってるだけで、悪者になるんじゃない?それとも、非常識な行動は、この屑女だけが許される特権みたいなものなのかな。そこも、きちん と調べた方がいいかも。この屑が狙い定めるのは、国の重要人物。まるで、屋台骨を食い尽くそうとするシロアリのよう。シナリオ通りなら、悪役令嬢の破滅だけで済むはずがない、この国は間違いなく潰れる。
そんな屑女に騙され、使い潰されるのが、国でも将来トップと言われる男達。こんな男達が、要職についた時点で、この国は終わる。私もこのストーリーでは悪役(ヒロインが罠に嵌められて処分された)。修道院に送られてそれで終わるはずがない。修道院に向かう馬車をナイフを持った暴漢が木の影に隠れて待ち構えている絵がこの悪役令嬢の最後のシーンだった。 妹は誇らしそうに(ナイフを持った暴漢の絵はとても小さかったので、妹は気づいていなかった)、悪役令嬢は修道院送りになってざまーみろだね、と言っていた。たぶん、ヒロインが裏で操っての悪役令嬢殺害だろう。これが未来なら、逃げたほうがいい。あの鬼畜ヒロインに会う前に国から逃げ出したほうがいい。でも、家は公爵家。王族に近い血筋。家族全員で国を離れるのは不可能。兄は攻略対象の一人っぽいし。私は脇役とはいえ、なくてはならない悪役。
本当にゲームの世界なら、シナリオの強制力とかあるかもだし。自分だけなら逃げられるかもしれないけど。私だけ逃げて、家族や使用人、友達を見捨てるなんて絶対に出来ない... ...う~っ、悩んでも仕方がない。逃げられないなら、この人災を未然に防ぐ為、被害を最 小限に抑える為に戦うしかない。あの脅威のヒロインに相対するまで、十年あるから、何とかなるかも。なんせ、今の私には、前世の18歳までの知識と経験があるし。多分、異世界転生 だから、何かのチート能力もあるはずだし。
それにしてもヒロインの情報が少ない。名前さえ思い出せない。名前、......名前? ......思い出せないはずだ!名前は自分で決められるんだった。妹いちかも、適当に名前を設定していた。確か、キャロルだったかな。そう、そう、キャロル。表面上の設定では、 男爵令嬢、美人、成績優秀、思いやりがあって、優しい、いじめの被害者、でも責めることなくいじめの加害者を庇う。妹も、この表の顔に騙されていた。しかし、実際の行動を逐一見ていくと、どうしようもないほどの鬼畜で悪党。これと直接対決は危険すぎる。でも、私は彼女が倒すべきの筆頭悪役令嬢 (なにせ、ゲームの私は第一王子の婚約者)だから、直接対決は避けられない。
さあ~て、何から始めようかな?やるべき事は、いろいろあるけど......一先ず、この体はまだ五歳の子供なので、普通の子供の振りは必須だね。下手に、天才扱いされると隠密活動に支障がでるし。あくまで普通の令嬢に擬態していかなきゃ。悪役についてあんまり情報がないのが痛いけど、あまり突出したものはなかったと思う。いちかもゲーム の私については第一王子の婚約者でヒロインをいじめる悪役令嬢としか言ってなかったし。それなら、目立たない可もなく不可もない令嬢になりましょう。そして、あの非道で鬼畜なヒロインに打ち勝つには、一人では絶対無理だから、絶対に仲間がほしい。
あのヒロインに遭遇する前に出来ることはなんでもやっておかないと!でも、初めての友達もできたし。少しずつ味方、仲間になってくれる人が見つかるといいなあ。さあ、迷っている暇はないわよ!行動あるのみ!