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妖狩り  作者: 前波蓮作
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第二話『避けられない使命』

読んでくれた全ての人に感謝。

楽しんでいってください。

 子供の時から、よく見る夢だった。

 

 気が付くとどこかも分からない、真っ暗な空間にいて。歌声だけが聞こえる。

 

 らららら、らら、ららららららら………


 歌声のする方へ、何も分からないまま無我夢中に。その音だけを頼りに暗闇を必死に掻き分けて。その音を見失わないように、必死に、必死に。

 

 らららら、らら、ららららららら………


 でも、いつも辿り着けない。

 音は段々と大きくなるのに、景色は全く変わらなくて。

 一抹の不安が全身に伝播して、暗闇が急に怖くなって。

 自分自身の恐怖に潰されそうになった時。

 

 ぱっと目の前の景色がはじける。


 そこに広がるのはただただ地平線の彼方まで青い――――


「…………海だ」

 そしていつもそこで目が覚める。





 妖狩り


 第二話『避けられない使命』




 

 目覚めると、見覚えのない天井が視界に映りこんだ。

 一点の汚れもない真っ白な天井に、つんと鼻の奥を突くアルコールの匂い。

「病院、か……?」

 半身を起こし、周囲を見渡す。窓から眩しい日の光が降り注ぎ、白い壁に反射している。

 病院のベッドに寝転がって居ることから、自分が入院しているのだとすぐに理解する。

 それを認識した時、石宮純夏(いわみやすみか)という人間の脳裏に浮かんだのは、何故自分が入院しているのか、という実に素朴な疑問だった。

 そしてその疑問を抱いた次の瞬間、昨夜の出来事が一息に思い出される。

(ああ、そうだ。俺は確か変な生き物――――(あやかし)だったか? ソイツに襲われて、突然出てきた変な男に助けられて……)

 ああ、そうだ。

 彼は思い出す。あの恐ろしい怪物を自分が倒したのだ。

 あの時の刀の重み、切った瞬間の手ごたえ。武器を手にした時、何故か自身の内側から漲ってきた闘志は、今でも身体に染みついている。

(俺が倒した。そして俺は生きている。……命は繋がったのか。よかったよかった……)

 ベッドの上、一人でにこにこと生きている喜びを噛みしめる――――


「――――って、ンなワケあるかぁぁぁぁぁぁああああああい!!!!!」


 突如大声をあげ、自分の推理と記憶に自分でツッコむ。

「なぁーにが妖だ⁉ そんなモンいてたまるかってーの!! なんちゅう夢を見とったんじゃ、ワイはぁぁぁあああ⁉」

 あまりのバカバカしさに、一部口調が変わるまでに彼は叫ぶ。

 ここが病院だということすらも、今の彼の頭の中にはない。

「そもそも何が『心、信念は力になる』だよ⁉ そんなことあってたまるか!! そんな単純だったら、俺もテストで赤点取らねーよ!! つーか、何だその無駄に作り込まれた設定は⁉ それに――――」

 彼の発狂度合いはどんどん激しく、言葉がますますひどくなっていく。

 それはもう、病院中の患者が耳を抑えるほどに。


 彼が静まったのはそれから約十分後。

 看護師が連れて来た、スミカの担当医が彼にボディブローをくらわせ、気絶させるまでだった。




「うん、どこにも異常はないね。記憶も安定している。身体にも怪我は見られない」

 診察室にて。

 二度目の気絶から目覚めたスミカは検査を受け、その結果に聞き入っていた。

「先生、異様に腹が痛いんですが……これは異常では?」

 そろりとスミカが手を挙げて言う。

「それは正当な痛みだね。どうやら生まれ持った持病らしい」

「んな持病があってたまるか⁉ 絶対アンタの腹パンのせいだろ!!」

「あのね、君ぃ!! 元はと言えば、君がこの病院という名の聖地で騒ぎ立てるからいけないんだろう⁉ 正義の下の鉄槌だよ、ありがたく受け取っておきなさい!!」

 これにはさすがにぐうの音も出ないのか、スミカはすっと静かになった。

 素直に従ったところを見、医者は一つ頷いてから一枚の紙を取り出す。

 鉛筆を持った彼は、スミカに言った。

「それじゃ、今回の件についていくつか質問させてもらうけどいいかな?」

「あ、はい。それはいいんですが……あー、えっと……そのですね……」

「? どうしたんだい?」

 急に歯切れの悪くなったスミカを見、医者は眉をひそめる。

「多分言っても、信じてもらえないと思いますよ」

 スミカはびくびくとしながら、医者に全てのことを話す。

 出来るだけ正確に、自分の記憶を掘り下げて。

 何故だか分からないが、この医者になら言ってもいい気がした。決して知り合いでもない、初対面なのに。その医者にはどこか信頼できるような空気が漂っていた。

 そしてすべて話した後。

 しばらく、沈黙が続く。

 そして、医者が一言。

「信じるよ、君の話」

 スミカは思わず、目を見開く。

「信じて……くれるんですか、こんなバカみたいな話を」

 医者は静かに首肯する。

 つうっと。スミカの頬を、一滴の涙が流れる。スミカは手で顔を覆って、静かに泣く。

 スミカは今、人間の真の優しさに触れていた。何もかもを黙って肯定してくれる。そうだ。人というのは、こうして互いを認め合いながら生きてきたのだ。それがたとえ常識を逸脱したおとぎ話だとしても、こうして認めてもらえたことにスミカは感動を抑えきれず――――

「――――あ、ありがとうごz」

「いや。だって君が言ってるロザリオってこれでしょ?」

 …………。

 ……。

 スミカの礼を遮り、この医者は今何と言った?

 彼は言葉の意味を理解しておらず、たっぷり数十秒は思考停止する。

 おそるおそる顔を上げると、そこにはニコニコ顔の医者とその手には例のロザリオが……。

 スミカは一度大きく深呼吸。心を落ち着かせる。

そしてもう一度、今度は大きく息を吸って止め、全ての息を吐き出すように叫ぶ。


「ッッッッッざけんなぁぁぁぁぁぁぁああああああ――――――!!」


 その悲しい叫びは、先ほど以上に病院内に響き渡った。






「おお、すげぇ。マジで漫画の中みたいだ……」

 二度目の発狂の後、医者に連れて来られた場所は病院の地下。そこには東京ドーム約三個分(ただし石宮純夏の個人的物差しによる)程の空間に、小さな疑似的な街があった。

 地下に隠された街、というのがどうも現実離れしており、スミカはここに来てから感動しっぱなしだった。

 地下に来てから数分歩いた末、医者の足が止まる。どうやら目的地に到着したらしい。

 目の前には、所々黒くなった木々で組み立てられた道場のようなものがあった。スミカは自身の通う高校に同じような施設があることを思い出す。

(毎年必ず全国三位には入ってる、剣道強豪校だっけ。ウチの学校ってすげーんだな。……俺は帰宅部一筋だけど)

「スミカ君」

 先を歩いていた医者が振り返り、やけに強張った声で話す。

「ん? 何だ、そんな改まって?」

「覚悟しておいた方が良いですよ。この中に入ったなら、既に試練が始まっていると思った方が良い。これから起きることが、君の今後を左右することになる」

「? 仲間になるための試験的なやつですか?」

「……。まぁ、入ればわかりますよ」

 そう言うと、医者はスミカの丁度一歩後ろに退く。自分は入らないから、とっとと行ってこい、という合図だ。

 スミカは医者の言葉が気になったが、腹を括り道場の扉に手を掛ける。

「スミカ君」

 開ける直前、もう一度医者に呼び止められ振り返る。

「私の名前は、黒川歩(くろかわあゆむ)。君が無事に出てこられることを祈っておくよ。もし出てこられたなら、盛大にパーティーをしよう」

 スミカは一瞬きょとんと間抜けな顔つきをするが、すぐににやっと笑い、

「ああ。ありがとな、おっさん。クラッカー百個ぐらい買って、待ってな」

 そう言うと、スミカはさっさと入って行ってしまった。

 一人残されたアユムは道場に背を向け、その場を去っていく。

「……私、まだ二十一なんですけどね……」

 悲しいセリフをそこに置いて。




 最初に匂ったのは、胸が落ち着くような木の臭い。部屋の中全てから放たれている。

 そして二つ目は……

「会うのは二度目だな。あの時は助けてくれてありがとよ」

「……。君の力は底知れない。それが災いとなるか、救いとなるか。我が今ここで確かめてやろう」

「ハハッ! 魔王みてーな言い回しするなぁ」

 人の熱を感じた。道場の真ん中に一人。

 昨夜、妖が現れた時にスミカを守ろうとした男が正座をしていた。

 スミカが来たのを見ると立ち上がり、何かを投げて寄こす。

 受け取ったスミカの手の中には、例のロザリオが。

「んで、その俺の力を確かめるって前に、色々と話して欲しいんだけど」

「……可能な限り、答えよう」

 許可をもらったスミカは、今貰ったばかりのロザリオを片手で掲げる。

「じゃ、まずこれは何なんだ?」

「それは心器と呼ばれるものだ。簡単に言えば、心の力を増幅、可視化させるもの」

「えーっと……もうちょい詳しく?」

「かつて神々がこの世界を作った時に、絶望や希望、恐怖や喜びといった感情、つまり心を一つの巨大な石として地球の奥深くに埋め込んだ。それがある日、ほんの少しだけ欠け、猿という生物の体内に入ってしまった」

「ふんふん。なるほどね」

 そこまで聞くと、スミカは分かったように頷く。

「その強い感情が芽生えたおかげで、猿は感情のままに、欲求のままに生きて知能を獲得し、それがヒトになったってとこか」

「その通り。そして人々は進化し、街を発展させた。しかしそうなると、次に新しい心が生まれた。それが悪だ。その邪悪な心の力は強大なもので、あっという間に地球上を支配してしまった。その悪が一定量集まったのが妖だ。そしてそれに対抗するため、ある男がかつて神々が地球に埋め込んだ石。それの欠片を発見し、聖なる心が力になることを知った」

「つまりこのロザリオはその神々の石が原料で、心の力を具現化して妖に対抗できる、と」

 男が頷く。

「その通りだ。しかしその一方で、また別の事実が発見された」

「……、というと?」

「妖もまた、その石――原石と呼ばれているが――の欠片を使い生まれていた。人々の悪の心を吸い、具現化したのが妖だったというワケだ。そして妖はどんどん人の悪を吸い、強くなっていく。世界が妖に包まれれば、人々は他人を疑い、憎み、意味もなく殺し合うだろう」

「止める方法はないのか?」

「妖は一定量の聖なる心の力を流せば霧散し、消滅する。残るのは純粋な原石の欠片のみだ。原石は長い年月を経て、粉々に割れてしまった。故に我々妖狩りは日々妖を倒し、原石の欠片を集めている。そして全ての欠片が集まった時、再び原石が完成し、全ての悪しき心が滅される――――との言い伝えだ」

「ふーん。にわかには……つーかフツーに信じらんねーけど、一回妖を見ちまってるしな……。ところで、なんで妖が見える人と見えない人がいるんだ?」

「どうやら心の力に敏感な者とそうでない者がおり、それによって変わるらしい」

「なるほど……大体事情は分かった。んで、俺に何をさせたい」

 長い長い前置きが終わり、スミカはズバリと本題に入り込んだ。

「君の心に対する感覚は、例がないほどに敏感だ。君が妖と戦う戦士となれば、平和への道のりがぐっと縮まるだろう。しかし、先ほどにも話した通り、心器というのはあくまで心を増強、具現化するもの。君の心に悪しきものが混じっていると、強力な妖を生み出すことになる。故に――――」

 そう言うと、男は心器を介して大剣を顕現させる。そしてその切っ先をスミカに向ける。

「我と戦え。そして、潔白を証明して見せよ」

「いやちょっと待って⁉ その流れはおかしいだろ!!」

 大剣を突きつけられたスミカは、盛大にツッコむ。

「なんで心のキレイさを証明するために人と戦うワケ⁉ 意味わかんねぇだろ!!」

「いや、これは稽古だ。心器同士がぶつかり合うとき、最も互いの心に歩み寄れるのだ。さあ、心器を手に取り、顕現させてみよ!!」

「そう言われたって……」

 スミカはロザリオ片手に、困り顔になる。

(あの時は必死だったから覚えてねーし……たしか刀を出してたな。あれが俺の心の形。つまり、あれに沿った想いを籠めねーと……)

 刀。あの時見た刀は、見惚れるほどにまっすぐだった。シンと伸びたあの姿は、今でも瞼の裏に焼き付いている。

(真っ直ぐな……そうだ、俺はいつも真っすぐだよ。一つのことに入魂するんだ。何にだって真っすぐに、ただただ真っすぐに――――)

 閃光が弾け、ロザリオがその形を変えていく。まるで一つの芸術作品のようにきれいな曲線を描いた刀は、曲がっているはずなのに、直線的に見えた。

「ああ、やはり君の心の強さはスゴイよ。これまでになかった緊張を感じる。さあ、その素直な気持ちを思いっきりぶつけてくれ!!」

 何も、考えていなかった。ただ自分の思いを受け止めてくれる人が目の前にいるから。ただただその場所へ――――

(俺の、全てを――――――――!!)

 二つの心器が大きな音を立て、ぶつかり合う。グワンと金属同士の激しい激突音が響き、辺りには目を開けていられないほどの閃光が広がった――――。


 やあ、医者の黒川です。

 一目見た時からそうだったけど、あのスミカとか言う少年はものすごい力を秘めているね。

 これは勘じゃないよ。私の医者としての経験からくるものさ。

 まあ、君達もその力を近いうちに目の当たりにするはずだけどね。

 さて、私の個人的な雑談などここまでにしよう。

 

 次回、妖狩り第三話。


 『心を求めて』

  

 是非読んで下さい。

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