精霊郷の宝石(3)
黙々と引き返していると、宝石の山の中に奇妙なものが混ざりはじめた。
真っ白いハイヒールが一足。
騎士が使うような剣が刺さっている岩。
天体観測用の望遠鏡。
高級そうな生地のワンピース。
ふたつ並んだソーダ水。
抜き身のナイフと鞘。
星形に加工されたダイヤのイヤリングとネックレス。
山盛りのクッキーと紅茶。
「わあああなるほどね! そういう意味ね!」
「アメリア、少し休みましょう。ね!」
なにを見てもまっすぐに歩いていたアメリアが、クッキーの前でいきなり走り出して、焼きたての甘いかおりが遠ざかるや頭をかきむしったのだった。
「持ち帰っていいのはひとつだけですものね、うっかり引っかかったら駄目なのよね」
「なんて恐ろしい洞窟なんだ」
「恐ろしいわ……そういえばサイモンが欲しいもの、刃物ばかりなのね」
「ええと、旅の途中ですし、用心は必要ですよね」
「頼もしいわね」
ふわっと笑ってくれたアメリアに微笑をかえして、サイモンはこっそり冷や汗を拭った。
この罠は、ほんとうに恐ろしい。
最初に岩に刺さっていた長剣はともかく、あの抜き身のナイフ。
追っ手の懐まで飛び込んで、ちょうど心臓でも首でも狙えそうな。とどめを刺すのにちょうど良い長さだった。
理想的なあのナイフに手を伸ばさないで済んだのは、クッキーの甘いにおいが漂ってきたからだ。
アメリアが走り出してくれたので、彼女を追いかけてナイフから離れることができたのだった。
「はあ……お菓子の甘い誘惑なんて」
「荷物はほとんど屋敷で預かってもらっていますし、ほんとうに最低限のものしか……あっ」
「気を紛らわせるなら何でもいいのよ?」
「うーん、でもここ精霊の土地ですし」
「そこまで厳しくはないと思う」
「いいですかね、ビーフジャーキー」
そこからは余計なものを見ないように、二人ビーフジャーキーを噛みながら黙々と進んだ。
「どっちかなあ、サイモン」
「どっちも明るくて、見分けがつかないですよ」
やたら長く感じた洞窟の帰り道、一本道だったはずの入り口はふたつに別れていた。
どちらの入り口からも、明るい満月の光が差し込んでくる。どちらも見覚えのある深い森。どちらかは風景を写し取られた出口。おそらくは、精霊の国に至る出口。
色鮮やかな宝石の山はとぎれて、灰色の岩肌に銀色の月の光が反射して、外のやさしい緑色に続いている。
「アメリア、これを間違えたら、どうなりますかね」
「取り替え子には私たち大きすぎるし、帰してはもらえるんじゃないかな。時間はかかるだろうけど」
「こっちで十年くらい経ってる気がしますよそれ」
「それは困るよね。家まで帰らなきゃいけないのに」
それもいいかな。
サイモンの内心に、そんな言葉が降ってきた。
一番大事なのはアメリアが殺されないことなんだから、精霊の国で楽しくすごして、そのうち羽根や角なんか生えてきたりして、ふと帰ってみたら別の人が継いでいて、それで万事まるくおさまるじゃないかと。
そうだ、それがいい。
そのためには、精霊の国への出口を見分けないと。
(こちらと向こうの間には、門が三つある。最後の三つめの門を越えたら、そこは精霊の国。モルガナ様はそう言っていたから、門があるはずなんだ)
だから、外の森と月ではなく岩肌に目をこらす。よく観察していると、左側は少し狭く見えるのに気付いた。
(あれ、出口の境目は岩じゃない。樹が生えてるんだ)
両側でまっすぐに伸びた太い幹から、それぞれ枝がきれいにしなってアーチ状になっていた。まさにオークの巨木が形作った門である。
あれを潜った先こそが、精霊の国だ。
「アメリア、俺を信じてくれますか」
まじまじと二つの月を見上げているアメリアに手を差し出した。
「信じられない」
「アメリア様」
「兄さまがいるの」
右側の月の光を透かして、レイ・ポラリスがこちらを見ていた。
「兄さま」
兄の幽鬼をはじめて目にしたアメリアは、たしかに兄と視線を交わしたまま動けないでいる。妹の視線を受け止める幽鬼の瞳は、ひたすらに青い。
「こっちだ」
数十秒の沈黙の後、銀色の月光に照らされた兄が口を開いた。
「アメリア、サイモン、こっちに帰ってくるんだ」
「兄さま!」
アメリアはサイモンの手を取って、走った。
「二人とも、おかえり」
「レイ兄さま」
「ただいま、レイ」
静かな夜の森で、三人揃うのは久々のことだった。
「アメリア、驚かせてごめんね」
「いいえ、わたし、ほっとしたの。兄さまが行ってしまったあの日は新月だったから。明るいところに兄さまがいるのを見て、わたしほっとしたの」
「そっか。怖がらせていたらどうしようかと思ったよ」
ぶんぶんと首を振るアメリア。それは幼かった頃のように。
「レイ兄さま」
「うん」
「兄さまには、やっぱり明るいところが似合ってます」
「……うん。今日は月も星もよく見える」
黒々とした森の中、苔を踏みながら三人で見上げた星の海は、昔と変わりなく美しく空にあった。




