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精霊郷の宝石(1)

「今日は、一人目の御方がお住まいの屋敷に向かおうと思います。よろしくね、サイモン」


「わかった。怖い人じゃないといいな。精霊の主様」


「手土産には、パンとベリーのジャムを用意してます」


「そんな手近なものでいいんだ」


「人の生活が分かるものがいいんだって。人間を好いてくださっている存在だから」


 流れの呪術師だったポラリス家がこの土地に定着したのは、十世代前の当主がこの土地の伝承存在と交流をもち、加護を授かってからだと伝えられている。


ポラリス家のはじまりから、すべてを知る伝承存在に会うには、人間の生活圏から一線を引いた森の奥の奥、神代の森と呼ばれている最深部まで入っていかねばならない。


 アメリアとサイモンは森に入って四日目を迎え、ついに神代の森へ踏み入れていた。


整備された道はとっくに途絶え、苔むした地面にぎゅうぎゅうときのこが背を競い合う。霧につつまれた樹々はどれも巨木といっていい立派な出で立ちで、久しぶりの旅人二人を見下ろしてくる。


正当な通行者だと知れているかのように、危険な野生生物に遭うことのない代わりに、常にざわついた複数の視線が着いてくる。


内と外。

あちらとこちら。


空気が切り替わる瞬間を、サイモンは人より多く経験しているはずだ。


自宅の空気とポラリスの屋敷の空気の違い、屋敷の長い廊下を進んで祈り場に立ち入る時のひやっとした感触。双子の後ろに控えていた時に吸い込んだ空気の冷たさ。

そんな、区切られた線を越えた瞬間の変化をこの森にも感じていた。


「アメリア、何か感じる?」


歩いてきた方を振り返って、サイモンは聞いた。苔のじゅうたんの上に、二人分の足跡が残っている。


「いよいよ始まるんだな、って思うよ。私を認めてもらう旅」


すっと立ち止まって、森の奥を見つめる青い目の中に緊張が溜まっていた。


「静かで、騒がしくて、人の手入れが入った森とは全然違う。私の血はこの奥から来た。それがわかるの」


しばらく森を見つめて、くるっと振り返って、従者に笑いかける目には好奇心が満ちていた。

隣に寄り添う兄の幽鬼と並んで、青い目が四つ。サイモンには馴染みの光景だった。


「さあ、二人でがんばろうね!」


兄の方が気付かれないように何かしているのか、妹は気付いているけど頼らないようにあえて二人と言ったのか。

サイモンには分からなかった。


「あらあら綺麗なジャムねえ、食べたら減っちゃうけど、でも美味しそうね、ありがとうねこんなにパンも」


美しい屋敷に住む美しい女主人は、にこにこ顔で手土産を受け取ってくれた。


銀の髪に紫の目をした精霊主は、モルガナと名乗って応接間に上げてくれた。

彼女のすみれ色のドレス姿は、長い長い時を生きてきた気品と無邪気な可愛らしさが同居していて、二人が今までに会った誰よりも美しいひとだった。


「長旅で疲れたでしょう、紅茶とケーキをお上がりなさいな。どうぞお座りなさい」


「ありがとうございます、モルガナ様」


「失礼します」


通された応接間は、ポラリス家とそんなに違いがないように見えた。

奥に暖炉があって、楕円形のテーブルはつやつやに磨かれていて、壁にはどこかの湖らしい油彩画が飾られていた。


「あ、その絵はね、あなたの三代、いいえ四代前ね、絵の上手な男の子がいたの。お友達の住んでいる湖を描いてくれたのよ」


にこにことお喋りする姿は、まるで友人とお茶会を楽しむご婦人といった風だ。


「この筆のタッチ、私の部屋にも鳥の絵をいただいているんです。きっと同じ人ですね」


「それは良いわね、彼とはずいぶんあちこちをスケッチ旅行に出掛けたのよ」


「ああ、知らない土地の風景画はそうやって描かれたんですね。玄関ホールにも大きなものがあるのですけど」


「そうね、彼一人とカバン一つ連れて飛ぶくらい、訳ないもの。砂漠に足を伸ばしたりもしたわねえ」


まるで親戚の叔母と姪のような盛り上がり方に、サイモンは安心していた。

暗殺者を警戒しながら進む以外は、そんなに難しくなさそうだ。


 森に住まう三柱の伝承存在と顔を合わせ、当主としての承認を得て、その証となる品物を受け取ってくること。


普段立ち入りを禁じられている森に入ると聞かされてから、なんとなく厳しい試験のようなものを想定していたので、ひとつ荷物が減った気持ちになった。


「アメリアちゃんは、何が好きなのかしら?」


「私ですか、私は」


ティーカップを持つ手が一瞬震えた。


「星を見るのが好きです。レイ……兄と、サイモンと待ち合わせて、夜中にこっそり部屋を抜け出して。何度も、何度もそうして星空を見上げて、夜を過ごしました」


「……お兄様にも、ここでお会いしたかったわ」


「……ありがとうございます」


会いたかったと言いながら、モルガナは窓の外を見るので、サイモンもガラスの向こうを覗いてみた。てっきり兄の幽鬼がそこにいるのだと思ったのに、誰もいなかった。


 「さあ、貴方たちにはこの洞窟に入ってもらうわ」


屋敷の裏側をまっすぐ進んで三分。

てっきり道なき道を進むのだと思っていたサイモンは思わず来た道を振り返って、アメリアは説明を求めるように精霊主モルガナを見上げた。


「私が一緒だから洞窟に着いたのよ。そうね、ここに魅力を感じる人間はたくさんいるでしょうけど、森をどれだけ彷徨ってもここにはたどり着かない。私が道案内しなければ、ね」


「モルガナ様の許可がなければ、入れないのですね」


「そうよ、ここに来てほしい人しか入れたくないの」


「それはつまり、私の一族しか許していただけないということですね」


「ええ、最近はポラリスの人たちしか入れていないわ。準備はいい? 私の言ったこと、ちゃんと覚えててね?」


サイモンが火の灯ったランタンを掲げる。

もう一度屋敷の方を振り返って、歩き始める。アメリアは手を振るモルガナに一礼して、後に続いた。


「まるで……星の海みたいだ」


「きれい……星の海みたいね」


二人が同時につぶやくほどに、洞窟の中は光に満ちていた。


ベテルギウスやアンタレスのような赤い光。

シリウスのように力強く輝く白。

リゲルやスピカにような青い輝き。

カペラによく似た黄色い輝き。

そこに加わる緑や紫。

所々に金や銀の細工が混じる。

それらは、洞窟を埋め尽くす宝石の輝きだった。


「この中から、ひとつだけ」


アメリアの声も目も、波にさらわれたようにふわふわしている。


「そうですよ、俺たちに許されたのは一人一つだけです」


この宝石たちが誰のものなのか、モルガナなら知っているだろうか。

世界中から集めたような輝きで洞窟を埋めているのは。膨大な時間を、人間の寿命ではとうてい足りないような時間をかけて、通路の両脇に積み上げられた宝石たち。


「ポラリスのお家の当主は、みんな杖を持っているでしょう。ここの宝石を嵌めた杖なのよ。どの宝石もよく手伝ってくれるけれど、持ち帰って良いのは一つだけ。これは絶対よ。ゆっくり考えてお選びなさいな」


「サイモン。せっかくだから、あなたもも一つお選びなさい。きっとこれからを助けてくれるから」


「モルガナ様、それは、兄様の」


「アメリア」


とっさに名前を呼んだサイモンを、肩を竦ませるアメリアを、精霊主は静かに見下ろす。


「いいえ。ただ、彼にはこれから助けがいるだろうから」


「でも、ポラリスに関係ない俺が、そんな」


「精霊の気まぐれには乗っておくものよ、覚えておいて。つじつま合わせなんてしないわ」


これが、モルガナから与えられた助言一つめ。


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