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擬似恋人

そこにあるのを知らなければ気付かないような谷にある、小さな町に春が訪れた。


冬の間に子犬は目方が増え背も伸びた。兄の仕事場にいつも一緒に行く内に見習いではあるけれど屋敷で働く一人として認められた。子犬は兄の手伝いが出来て嬉しかったし、任される事が増えて得意げだった。町の中ならどんな路地も兄と歩いて知っていたし、顔見知りも友達も出来た。

そしてあの兄の服をいつも身に付けていた。


兄は子犬の成長を楽しそうに見守る。まだ幼さも残るけれどそろそろ年頃だし、一人の時間も欲しいだろうと思う。けれど相変わらず子犬はいつも兄の隣にいた。心なしかその傾向が強くなったように感じられて少しばかり気掛かりだった。夜も相変わらずだった。兄は子犬がそうしたいならと出会った日と同じように一つの布団に寄り添って眠った。



ある夜に。

暗闇の中で子犬は体が火照って目が覚める。熱の中心は下半身のそれ。もう体は子供ではなくなって独り立ちをする時期だった。子犬は自然に倣って自分もそう出来ると思っていた。

突然呼吸が苦しくなって子犬は喘ぐ。体の熱と違和感が痛みになって襲う。

いくら体が成長しても変わらない部分がある。子犬は兄の弟で、それで十分だと思っていた。けれどナニモノでもなかった小さな生き物も紛れもなく自分だった。それから名前を置いてきたあの場所にいた誰かも。

兄と出会ってこの町で暮らして出来る事がたくさん増えた。それでもあの場所の記憶への触れ方がずっと分からないでいる。一人きりでナニモノでもないままだったなら触れる事も変わる事も出来なくて良かったのに。でも、もう戻れない。

どうして良いか分からず子犬はただ泣くだけだった。


子犬の異変に兄が眼を覚ます。薄く灯りを点けると子犬は体を丸めてしゃくり上げている。こんな子犬は初めてだった。触れると熱がある。声をかけると微かに痛みを訴える。撫でながらどこが痛むのか確認していって原因を知る。子犬が自分の側から離れられない事を兄はよく知っていた。だからここでして良いよと伝えてもかぶりを振って泣き続ける。慰める事ができればと思っても痛みでそれが出来ないようだった。落ち着くように肩を抱いて背を撫でてみても泣きじゃくるばかり。痛みが治れば熱も引いて涙も止まるだろうと思う。痛みを治める方法は、と考える。

子犬の手を取って口元に寄せて言った。

「痛い所を舐めてみようか?怪我をした時みたいに」

子犬は驚いて兄を見る。涙で目が滲んで瞬きをする。薄明かりの中でいたずらっぽく笑っていた。子犬だってその行為の意味を知らない訳ではない。でも兄が言うのならそれは正しい方法だった。まだ痛みと涙は止まらないけれど不安は消えた。

こくりと頷く。

「大丈夫。良くなるよ」

そう言って兄は子犬を横たわらせた。


唾液を溜めた口に含むとびくりと体が跳ね吐息混じりの声が漏れる。反応を見ながら舌を這わせると身体を仰け反らせて喘ぎだす。涙が溢れ続けるがもう痛みは無い。代わりに子犬は知らない感覚に全身を飲まれた。泣いて喘いで声にすらならない声を上げてイく。

口の中に放たれたまだ淡いそれを飲み干す。体を赤く染めて放心している子犬の顔にかかる乱れた髪を指で梳く。ぐしゃぐしゃに濡れた顔を拭って呼吸が落ち着くまで優しく頭を撫でる。

今の行為を子犬がどう受け止めたかは分からない。兄は子犬の痛みと混乱を治めてやりたくて行為はその手段に過ぎなかった。子犬はそのやり方を受け入れてくれたけれど本来の意味とは違うと考えている。

「次は大事な人とするんだよ」

その言葉に子犬の心の中で何かが噛み合った。

うん、と小さな声で、けれどはっきり応える。それを聞いて兄は安堵する。子犬はまだ熱っぽい目元をしたままゆっくりと起き上がる。兄の膝に手を置き真っ直ぐに目を見て言った。

「俺も兄いにしたい」

さすがに予想しなかった展開に子犬の次の言葉を待つ。

「俺は兄いが大事だよ」

口をぎゅっと結んで、兄いは、と目で問い掛ける。自然に笑みがこぼれる。

「俺もお前が大事だよ」

子犬は溢れるような笑顔になって兄の胸に飛び込んだ。その子犬を膝に抱き上げて愛しげに撫でる。耳元で名前を呼ぶと頰を赤く染めて嬉しそうに応えた。その姿を見て今の子犬の大事な人はたった一人なんだと知る。

他にも大事な誰かはいるはずだった。けれどまだ出会っていないか、暗い記憶の向こう側なのだろう。

子犬が自分に望む事なら何でも叶えてやりたかった。それぐらいしか出来ないのだから。


念の為に、途中でやめても良いよ、と言うと、出来るよ、と胸を張って応える。顔を近付け手を添えて舐め始める。感じるのは兄の匂い。だけどそうじゃない。鼓動が早くなり息が上がる。今触れているのは自分のモノでは無いのに腰が疼く。熱い息を吐きながら出来るだけ奥まで咥える。白いモノを受け止めるが上手く飲み切れなくて口から零れる。息を切らせながら手で拭って舐め取った。兄が自分にしてくれたように出来たかなと思う。

「よく出来た」

褒められて満足そうに頬と頬を寄せた。

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