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子犬が足を踏み出そうとした事
子犬が新しい生活に慣れて来たので、兄は町の外の仕事にも行く事にした。子犬を連れて、朝に出て日暮れには戻る城壁近くの放牧地へ来た。
子犬は広々とした場所へ出るのは久し振りだと思った。空はどこまでも広がって、さえぎる物は無い。少し草地を駆けてみた。冷たく澄み切った空気を胸に吸い込んで、谷から広がる放牧地、その先の丘陵地を眺めた。向こうに行けばあの日羊の群れを見つけた場所がある。あの日の事を思い出す。羊を食べたいと思ったからしばらく止まったのだ。
羊はもう食べた。生では無く調理され温かかった。
子犬は、さらにその先の見えない土地へ目を凝らす。そこは少し前までの自分が居た場所だ。
もう、戻ろうか
そんな思いが胸に湧き、足を踏み出そうとした。
その時、兄が名前を呼ぶのが聞こえた。
足を止めて振り返ると、兄はいつものように笑っている。
「おいで。羊を追うよ」
うん、と応えると子犬は兄の元へ駆け出した。