拾いに行く話
黒髪の青年は自室に戻ると、手際良く旅支度を整えた。数日程度の旅なら慣れたものだった。行き先は隣の町や村だったり、家畜の放牧だったり、国境の警戒だったり。いつかはもっと遠くの世界を見ようと思っていた。数日や数ヶ月では行けない遠く広くへと。
でも今はその時ではないし、やる事がある。野営をするからと毛布を一枚余分に積める。鞄を肩に掛けドアを開けると、通路の向こうからやって来る幼馴染と鉢合わせた。幼馴染は通路の真ん中に立ち塞がって両手を腰に当てると仏頂面で言った。
「見回りに行くって聞いたんだけど」
「さすが耳が早い」
「で、『何しに』行くんだい?」
「話も早くて助かるな。君には行く前に話しておこうと思ったんだよ」
青年は得意の笑顔で言う。とても人好きのする笑い方で、年頃の娘たちなら魅力的と思うだろう。顔の良い奴め、と幼馴染は思う。ついでに背が高い。これだけ近いと見上げる首が疲れてしまう。
まだ問い質したい幼馴染の横をすり抜け、振り返りながら言った。
「頼んでおいた食料をもらったら厩に行くから、先に行っててよ」
幼馴染は一人残されて、何だかなあ、と呟いた。
仲の良い一頭に馬具を着ける青年の横で、幼馴染は腕組みをして話し始めるのを待っている。国境の放牧地近くで見慣れない足跡を見つけたから見回りに行く、と聞いていた。けれどそれにしては緊張感が無いのだ。
馬具を着け終えて、自分をずっと睨んでいる幼馴染を見て笑う。そして内緒話のように言った。
「これは誰にも話してないんだけど。迷子の足跡なんだ」
「迷子?」
「お腹を空かせた、独りぼっちの人間の子供だよ」
俄かに信じ難かった。
「姿を見たのかい? 」
「いいや、俺の目でも足跡しか見つけられなかった。用心深い子だよ。でも怯えた様子は全くなかったから強いんだろうな。一人でも生きられるくらいに」
「足跡しか見てないってのに、ずいぶんと詳しいな」
「足跡を見れば、これくらい分かるよ」
当然のように言って食料を馬に積む。
「それに足も速い。追い付けると良いな」
青年の企みが分かって、幼馴染は難しい顔をする。
「君さあ。相手は素性も知れない人の子なのに、子犬でも拾って来る子供みたいな事考えてないか?」
青年はそれこそ悪戯な子供の様に笑った。
「俺、弟が欲しかったんだよな」
苦り切った幼馴染に、行って来るよ、と言うと馬に乗って駆け出した。
「性別まで分かるのか」
あーあ、と嘆息して後ろ姿を見送ると、幼馴染は屋敷に戻る。
「いつ帰って来るのか知らないが。二人の為に温かい食事と風呂の用意でもしてやるか」
2020.02.23 追記修正
2020.05.06 一部修正