ハッシュドビーフ
ドクターはその子のことを、私と同じように作られたクローンのようなものだって私に説明したの。本当にその話を聞いたときは私、びっくりしちゃった! だってその子は両腕も両目もないんだから。でももっと驚いたのはその子が私と同じ金髪で、名前がソドムだってこと。本当にびっくりよ、私の名前もソドムなんだから!
しかも私に初めて会った時、その子なに着てたと思う? ドクターお手製の灰色のエプロンドレス! 汚れてボロボロだったけど間違いないよ、だって私もそれ着てるもん。しかもね、その後ドクターはなにを着せたと思う? 私の予備の灰色のエプロンドレス! おそろいで可愛いじゃないかとか言うんだよ? そのせいで私は、その子と毎日お揃いなの。毎日毎日。違いって言ったらただひとつ、腕がないせいで落ちないようにって、両袖をつないだリボンだけよ?
「ソドムちゃん、しゃがんで?」
「うん、ありがとう」
でも私はその子のことを、ソドムちゃんって呼んであげてる。だってそうしないと、ドクターが私のことをソドムって呼んでくれることと混ざっちゃうでしょ?
「ああ、はみ出してるよ!」
「うあ……ごめんなさいっ」
「大丈夫だよ、私が片付けとくから。気にしないでねソドムちゃん」
このソドムちゃんは一応、私達の恩人。離れ離れになったドクターと私を、また引き合わせるために戦ってくれた……らしい。そのために腕と目を失って……。だから私は、この子は家に来た時から毎日、毎日毎日お世話をしているの。ちゃんと、ちゃんと丁寧に優しくよ?
「拭くね?」
「うん……ごめんね」
ああ、汚い臭い汚い臭い。なんで私がこんなことしないといけないの? 同じタイプの体だから、臭いに対する拒絶は少ないみたいだけど……。本当かな? すっごく臭くて嫌なんだけど。でも、我慢しなきゃね。ドクターがこの子の腕を取りつけて、新しい目を用意するまでの我慢我慢。我慢。
「ごめんね……」
「別に大丈夫だよソドムちゃん! 私はあなたにたくさんお礼をしたいんだから」
「うん……」
この子のこのへんは、金属製だから拭きにくい。はぁ、すごい体……右足全部金属だし……どんな生き方したらこんな身体になっちゃうんだろ。嫌だな、なりたくないな。
「ん……ん」
あれ? どうしたのかな? なんか様子が変……あ、あれか。また今日も一回で終わらせてくれなかったのね? 恥ずかしいのはわかるんだけどさ、こうして中途半端にやるせいで余計に恥ずかしいことになってるの、わかんないのかしら?
「どうしたの? もうちょっと出そうなの?」
でも安心して、ちゃんと尋ねてあげるから。
「ごめんね…………ごめんね、早く終わらせるから……ごめんね」
「気にしないで、大丈夫だから」
安心して、ちゃんと大丈夫って言ってあげるから。
その日の夕飯はハッシュドビーフ。皿にもられたその色を見て、私の気分は悪くなったわ。でも私は、ソドムちゃんの隣。腕がないから食べさせてあげないと。ドクターの目の前で、犬みたいに食べさせるわけにはいかないでしょう?
「一緒に暮らそう」
ドクターが突然そう言って、私は一瞬目の前が白くなった。嫌だ……私この子とはいたくないよドクター。だってさ、ソドムって呼んだら私と一緒に振り向くんだよ?
「ほら、食べて」
スプーンを口元に持っていってあげたのは、黙らせるため。ああ、イライラする。ダメ、ダメだよ、落ち着いて、落ち着いて私! 今大事なことはこの子に、ここで暮らすのは申し訳ないと思わせることでしょ? だから私、ちゃんとこの子に聞こえる音でフーフーしてから食べさせて!
「はい、もう熱くないから大丈夫だよ」
「ん……ありがとう」
この子はなかなか私のことをソドムって呼ばない。まぁ、どうでもいいことだけど。いつかはここを、出ていってもらうんだし。
「あのさ、ドクター……」
「どうしたソドム」
ムカつくムカつく! ドクター、この子のことまでソドムって呼ばないで! 腕も目もつけてあげるんでしょ? ドクターの技術でなんとかしてあげるんでしょ? なら私達もこの子を助けたってことじゃん。だから一緒に住むまでしなくていいんだよ。そうだよ、親切にしすぎだよ!
「私いたら迷惑だよね?」
「そんなことないぞ」
「迷惑だよね……!」
ああ、またはじまったこういうの。はい、迷惑ですよ迷惑ですよ。言わないけどね! はぁ、ただでさえ一緒に寝たくないのに、このモードに入られるともっと寝たくない! 目がないくせに泣いて起きる確率百パーセント! ああ、おねしょまでされるかも! もう、最悪!
私が寝不足のある日、その子を引き取ると連絡があった……らしい。私は様子見、下手なこと言って、またドクターが一緒に暮らそうなんて言い出したら大変だもの。それに、そんなことで喜ぶ私を見せちゃったら、ドクターが悲しむでしょ?
「コヨーテが、そう言ってくれたの?」
「ああ、ナターシャから連絡があった。コヨーテだけじゃなく、村中でおまえを歓迎するそうだ。どうするかね?」
どうするかね? じゃないよドクター! この子と関係ある村が一緒に暮らそうって言ったんでしょ? なら行かせればいいじゃん! ドクターへの恩を忘れて「コヨーテが、そう言ってくれたの?」なんて言う子だよ? さっさと、あげちゃえばいいんだよ!
「うひひ、行こうかな」
あ、出たうひ笑い。嫌いなんだよねこの笑い方。ってあれ? 行くって言った? 今行くって言った?
「そうか。ならそう伝えておくよ」
「うん、ありがとう」
ドクターは笑顔だった。この子が来てからずっと見せなかった、笑顔だった。すごく満面の笑みだった。うひ、うひひ、ドクターやっと笑ってくれたね! ああ、この子に見せつけてあげたいわ! でも無理無理無理。まだ、目がないんだから。
「ソドムちゃん、また会いに来てね」
別れの日、私はその子に笑顔でそう言った。私と同じ、濃いブルーの瞳と、元々つけていた金色の金属製の腕が戻ったその子に。最後まで、いい子を演じきって。バイバイ、もう来ないでね。あ! ドクターとまた会わせてありがとう。それだけはとても、感謝しているわ。
「ソドム、おまえはいい子だな」
「そんなことないよ。あの子のほうがいい子だよ」
「そういうところが、いい子だ」
でしょう?
「今日はなにを食べたい? ソドムはすごくがんばってくれたからな、ご褒美だ」
「あのね、ハッシュドビーフ!」
今日は美味しく食べれそう。