タカハシと兄妹
ここは転生案内所。様々な理由で転生する人達を手助けするお役所のようなものである。
タカハシはここの職員である。今日もいつものように、ここに来た人々を異世界へ導くはずだった。いつものように。そのはずだったのだ。
「こんにちは。唐突ですがあなたは死んでしまいました。しかし、それは神様の手違い、運命のイレギュラーだったのです。そのお詫びとして、元いた世界とは違う世界に、ものすごく便利な能力を付与した状態で転生していただき、素晴らしい人生をご享受していただこうということになっております。」
机を挟んで向こう側にパイプ椅子が置いてあり、そこに青年が1人座っている。書類によると、神様の手違いで殺されたらしい。お気の毒に。
山本冬弥、20歳、大学生か。妹と二人暮し?なかなか珍しいな。
「……あれ?今俺が死んだって言った?」
「はい……残念ながら……」
タカハシは伏し目がちに山本冬弥うかがった。悲しんでいるようにも見えたし、そうではないようにも見える。不思議な男だとタカハシは思った。
「おいおい、まじかよ。今日中に終わらせなきゃいけない課題あったのに……あ、死んだんなら別にいいんか。そういえば死因なんだったの、俺の。」
さっと手元の書類に目を走らせる。そこには死者の説明が大体1人あたり3枚分くらいの情報にまとめられている。1枚目にはプロフィールなどが書かれており、死因も1枚目の下の方に書いてある。
タカハシは山本冬弥の死因の欄を2度見した。
「……消費期限がだいぶ切れた牛乳を飲んで、不味すぎてショック死したそうです。」
??
自分で言ってよく分からなかった。牛乳でショック死って、そんなことある?
「え、嘘でしょ?あの牛乳消費期限切れてたの?まーじかよー、言ってよー。」
いや、知らねーよ。全世界の牛乳事情把握してねえわ。
「すみません。あなたの家の牛乳が消費期限切れてたの知らなかったんです。」
タカハシに責任はないと知っていたが、死んでしまったのはこちらのミスだ。こちらとしては下手に出るしかない。
タカハシが謝ると、山本冬弥は肩をすくめた。
「それより文乃大丈夫かな?あいつも牛乳飲んで死んでたりして。」
「ここにいるよ。」
「死んでるやん?」
「え、嘘!?もう1人来た!?」
気づいたら山本冬弥の横に少女が1人立っている。机の上の書類も3枚から6枚に増えていた。山本文乃、19歳、大学生。
タカハシはあわてて机の上の電話の受話器をあげた。この電話から通じるのは1箇所しかない。転生案内所日本支所の事務室だ。3回くらいのコール音の後、出たのは上司のタケバヤシだった。
「どうした?」
「ちょっとどうなってるんですか!?もう1人来ましたよ!?」
「ああ、あの兄妹な。一緒に転生させてやってくれ。」
「兄弟だから一緒に転生させてあげて?なんで二人同時に……」
「まだ今日何人かいるからさ、後がつっかえてるわけよ。二人一緒に片付くなら効率的だろ?」
「えええええ……?」
「別にそんなに難しいことでもないと思うよ。無理?」
「……やったことないからわからないです。やってみますけど。2人共同じ世界に転生させればいいんですね……?了解です。」
思わずため息が漏れた。こういうパターンもあるなら事前に教えてくれよ……
「おいおい、まじかよ。めんどくせえな。」
ため息と一緒に本音まで漏れた。それを聞いて山本文乃が不安を口にした。
「すっごいやる気ないんですけど、兄貴この人大丈夫なの?」
お前のせいじゃい。
「知らねえよ俺も、てか口くっさお前。なんか腐った牛乳の匂いするわお前。くっさ。」
「いや、兄貴も臭いから。主に脇。」
2人ともくせえよ。てか話進まないわこれ。
「えーと、2人とも1緒に転生することになったけどいいかな?」
「ああ?今朝ちゃんとファブ○ーズ直で脇にかけたから大丈夫だし!」
「ファ○リーズどんな使い方してんだよ。シャワー浴びればいいじゃん。」
いいんだよ!お前らのファブリー○の使い方は!話聞いてねえなこいつら!
「はーい、2人とも注目してくださーい。」
なるべく笑顔で、明るい声を出しながら手を挙げた。
そのおかげか2人共こちらを見た。よかった。○ァブリーズの話から離れてくれそうだ。
しかし、妹の方が目を剥いてこちらを見ている。
「あのっ、え、ほんとに?本人かな?あのもしかしてなんですけど……」
山本文乃はたどたどしく独り言を言っている。
「なんでしょう?」
「歌のおにいさん?」
あー、手を挙げて笑顔でかつ明るい声で2人共注目してくださーいって言ったからね、これは僕が悪いな。
「……違います。」
山本冬弥が口を挟んだ。
「スト○ッチマン?」
「いや違います。」
スト○ッチマンってこんなんだっけ?最後に見たのはいつだろうか。ていうかスト○ッチマン七三分けじゃねえよ。
「じゃあ学校の先生?あの静かになるまで何分かかりましたタイプの。」
「違います。なんですかそのタイプ。」
てか何これ?なんでボケてくんのこいつら。
「で、なんの話だっけ?」
冬弥が訊く。いつの間にか2人共床に寝そべっていた。
「一応神の間なんだけどなあ、ここ。てかあんたには説明したよね?」
「私説明聞いてないよ?」
文乃がキョトンとしてこちらを見た。
「ああそうですね。ではもう一度最初からお話しましょう。
こんにちは。唐突ですがあなたは死んでしまいました。しかし、それは神様の手違い、運命のイレギュラーだったのです。そのお詫びとして、元いた世界とは違う世界に、ものすごく便利な能力を付与した状態で転生していただき、素晴らしい人生をご享受していただこうということになっております。そういうことだ。今から転生してもらう。」
「コピペやん?」
「メタァ。」
「異世界転生ものか!」
「メタァ!」
いいじゃん!楽なんだもん!
「とりあえずどんな世界にどんな感じで転生したいか教えてくれ!なるべく希望に添えるようにするから!しかもなんか二人一緒じゃないとダメらしいからそこんとこよろしく。」
死人の2人は不思議そうにお互いを見た。
「だってよ、なんか希望ある?」
「死んだんでしょ?絶望しかなくない?」
「だな。死ぬか。」
「どうしよう死人が死のうとしてる。ストップストップ。」
思わず椅子から腰を上げた。
不意に冬弥がほくそ笑んだ。
「ようやく椅子から離れたな。まったく、人と話す時は目線の高さをなるべく合わせるってのは当たり前じゃねえか?」
「寝そべっているやつに言われたくねえよ。」
なんだよこいつ。腹立つわあ。今までの死者の中で1番めんどくせえわ。
「え、ないの?中世ヨーロッパ風とか人気だよ?あとはなんかファンタジーな感じのやつとか。剣の天才とかなんか最強な人とか。」
「文乃、どうよ?」
「うーん、特にないんだよねえ。」
「よく言えば無欲だ……。」
どうするかなあ。最近の若い子達なら結構喜んだりするんだけどなあ。うーん……
悩んだ末、タカハシの頭に妙案が浮かんだ。
「じゃあこうしましょう。私がいくつか候補を出すのでその中から選んでください。」
これなら選ぶだけだし何とかなるはず。
2人は目を合わせて小さく頷き、冬弥が答えた。
「まあ、そういうことなら。」
「そうですねえ、5つ。5つ候補をあげるので、その中から選んでください。」
「多くね?2つにしてくれや。」
「2択!?逆にいいんですか?」
「そっちの方がわかりやすくていいだろ。よろしく頼むよ。」
「分かりました」
いいのだろうか。こっち的には楽だけど……
「うーん、ではまず1つ目。」
「いよぉぉぉぉ!待ってましたァァァ!」
二人揃って声を上げた。どこで打合せしたんだよ。てかなんでお祭りテンション?
「1つ目は魔力量が半端ない貴族に生まれ変わるパターン。」
兄妹は2人共じっとタカハシの目を見て、視線を外さない。そして、うんともすんとも言わない。
「え、リアクション薄くないですか……?」
「とりあえず2つとも聞こうかなと思って。」
「ああそういう。では2つ目。2つ目はモテ要素全開のハーレム人生です。」
文乃が思案顔で冬弥に訊く。
「あー、あの社会の窓全開の泥人形?」
?
社会の窓全開の泥人形?え?いきなりなんの話ししてんのこの子?
「それチャック全開のゴーレムだろ。なんでゴーレムがズボン履いてんだよ。パツパツだわ。」
えええええ……?モテ要素全開のハーレムとチャック全開のゴーレムで韻踏んでる……?いや踏めてるのかこれ……?
「もしかして、初っ端から接着剤で手札破壊する露出魔!?」
「ええええ?難しくない?いきなり難しくない?……初手ボンド……変態の……ハンデス?」
「やるやん」
「やるやんじゃねえよ。てか何がもしかしてだよ。かすりもしてねえよ。」
「植物の光合成に欠かせないあれが弁解に来たけどめちゃくちゃ金遣い荒い感じの?」
「……葉緑素弁解の……ゴージャス?」
「ブラボー」
冬弥を褒めながら文乃がパチパチと手を叩いた。冬弥は見たこともないくらいの勢いでガッツポーズを連発している。
「すみません、なんですかこれ。」
思わず口を挟むと、何故か兄妹は憐れむような目になった。
「ああ、置いてけぼりにしてしまった。一緒にやりたかったよね?すまない。」
「いややりたくねえよ。」
「え?これ酸素で結界貼ってるんですか?すごーい!なんの為にあるんですか?へえ、イスラム教の聖典なんだあ。」
「いややんねえよ!?」
文乃の目配せがすごい。ウインクもしてるし。ウインクしすぎてくまだ○さしみたいになってる……。
「そんなことよりどっちにするんですか!?チート魔法使いかモテモテハーレム主人公!」
「どっちもってのはありなの?」
冬弥が訝しげに訊いてきた。僕は大きく頷いた。
「もちろんです!ではそれでよろしいでしょうか?詳細は適当に僕が決めておきます。」
「ああいいよそれで。頼むわ。」
なんだ、意外とあっさり終わったな。さっさと儀式終わらせて次行こ……。
「では転生の儀式を行います。この指輪を各々ハマる指にハメて、目を瞑ってください。」
2人に指輪を渡たす。冬弥は右手の小指に、文乃は左足の中指にそれぞれ指輪をはめた。
……あれ?文乃さん?足につけてる?いやたしかに指にとしか言ってなかった。
この際もういいよ別に。手にはめなきゃいけないわけじゃないし。
「いやぁ、すげえ緊張するわぁ。生まれ変わるってどんな感じなのかなぁ?」
「ほんと、胸が土器土器するね。」
なんで漢字変換したんだよ。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。リラックスしてくださいね。」
「緊張しなくても大丈夫って、したくてしてるわけじゃないわい。」
言葉の綾だ。
2人が目を瞑ったのを確認して、僕は部屋全体に魔力を充満させた。手を組み、祈りを捧げ、死人を転生させる魔法を唱える。
数秒後には魔法が発動して、兄妹は異世界へ転生して行った。
「ふぅ、なんだったんだあの兄妹……。」
いや、今は次の人に集中しよう。
椅子に腰掛け、事務室からワープしてきた書類に目を走らせる。
転生案内人の一日はまだ始まったばかりだ。
ー数時間後ー
「てへっ、また来ちゃった。」
「来ちゃった。」
「おいおい勘弁してくれよ。」




