一度でいいからBARに行ってみたい
皆様、年末お疲れ様です。
大掃除、親戚のお手伝い、正月の準備など仕事が山積みだと思います。
はい、私もです。
私、遡上 真由。 三十路間近にして独身貫きつつ、親戚の方々からは、早く結婚しろと叱咤激励される日々を過ごしております。
そんな私めは普通のOLですが、未だに行った事の無い所があります。
それはBAR。
別にお酒が飲めないというわけでは無いです。むしろ好きです。どれだけ飲んでも二日酔いにだけはならないのが、私の唯一の自慢です。
(バー……か。確か駅前の飲み屋街にあるんだけど……なんか入り辛いんだよな……)
これは私の……本当に勝手なイメージですが、昔からBARという場所は、ちょっと怖いお兄さんが集う場所……!! バウンサー(用心棒)なる人物が常に居て、暴れる客の相手をするという……まるで現代の闘技場のような場所……。
(喧嘩に巻き込まれたら……私なんてケチョンケチョンにされてしまう……)
一度は行ってみたいと思いつつも、怖いイメージを払拭できずに近づく事すら出来ない。
実際は喧嘩などそうそう起きないだろう……(たぶん)だから大丈夫な筈なのだが、一人で行くのも何か心細い。
(後輩を巻き込むか……いや、しかし……)
私の後輩でお酒が飲めるのはただ一人。
しかしその後輩は、お酒が入ると知らない男性に逆ナンし始めるという、まことに恐ろしい酒グセの持ち主だ。そんな輩をBARに連れていったりしたら……
(駄目だ、嫌な予感しかしない。まあお酒なら居酒屋でも飲めるんだ。年末に一回、どっかで飲みたいと思ってたけど……大人しく家で親戚連中と……)
と、その時私の携帯が鳴りました。
誰かと思ったら、今噂の後輩からです。
「はいよー、もすもす」
『モスモス。先輩、今日あたり飲みませんか? っていうか飲みたい』
なんとも気があう後輩だ。
まあ折角のお誘いだし……
「仕方ないから付き合ってやろう……何処で飲む? 駅前?」
『ですかねー。とりあえず《あっちゃん》でいいです?』
あっちゃん。私達が良く使う飲み屋だ。
会社の飲み会から合コンまで幅広く活用させて頂いている。
「おっけー。じゃあ予約しとくわ。あんた足は? どうやってくる?」
『あー、弟に送ってもらいますわー。っていうか弟も連れてっていいですか?』
いいですわよ。
来い来い。
『じゃあ弟がハンドルキーパーするんで。先輩、帰りも送りますよ』
「あぁ、じゃあ弟君の分は私が出すから……ぁー、五時半に店でいい?」
『了解です、先輩先に着いたら構わず飲んでてくださいね』
おっけー、と言いつつ電話を切り携帯を仕舞います。
さてさて、どうせ年末年始、大した予定はないし……今夜は弾けよう。
※
そんなこんなで駅前に到着。
待ち合わせ場所である《あっちゃん》の中に入り、店員に三名予約の遡上と伝えると、割と広めな掘りごたつの席に案内してくれた。今日は予約客少ないんだろうか。いや、しかし腐っても年末だ。かなり繁盛する筈……
「いらっしゃいませー。ご注文はお連れ様御着きになられてからにしますか?」
「ぁ、生中一つ……あとー……鶏からと串盛りと……シーザーサラダお願いします」
畏まりましたーっ、と可愛い大学生くらいのバイト店員は奥へと引っ込んでいく。
ぁ、なんかいい匂いするな……なんだろう、おでん?
おでんかぁ……めっちゃ食べたい。
適当にメニューを広げ、今日は何を食べようかと選びます。
んー……厚焼き玉子……ぁ、鍋もいいな……ン?! なんだコレ、この店に餃子とかあったのか!
あとで絶対頼も……。
「お待たせしましたー、生中と串盛りですー」
「ぁ、すみません、餃子追加で……」
「はいーっ、畏まりましたーっ」
あとで……とか言いつつ今頼んでしまった。
まあいい。今日は弟君も来るって話だし……。
キンキンに冷えたジョッキ。
そこに注ぎ込まれた冷えたビール。
「先に頂くぜ、可愛い後輩とその弟よ」
ジョッキを持ち、唇に添えて半分程一気飲み。
「うはー……っ やべぇ……マジうめえ……家で飲むのとは違うよな……」
串盛りの中から、鶉の卵をチョイスし一口。
あぁ、最高……そしてまたビール。
あぁ、最高!!
「はー……今年もお疲れ様でした、私……来年の目標はお金を貯める……」
去年も同じ事を言っていた気がします。でも気にしません。
それからしばらく一人で飲み食いしていると、後輩とその弟が御着きになられたようでした。
店員に案内されて席へとやってきます。
「お疲れ様でーす、お待たせしましたー」
まず後輩。
背が小さくて可愛い顔をした奴だが、腹の中は真っ黒。
私より二つ下だが、結婚はまだ遠そうだ。
そして後輩の弟君。
姉に似ず、身長は170cmオーバー。
元々格闘技をやっていたらしく、体もゴツい。しかし礼儀正しく大人しい子だ。
「こんばんはー……、ぁ、飲んでますねー? いいなー、姉ちゃん、俺も飲みたい」
「はぁ? あぁ、じゃあ代行で帰る? お金ならほら、ここに大先輩が鎮座していらっしゃる」
「いいよいいよ、出してあげるから。飲みな飲みな。飲んだら運転絶対すんなよ」
「あざーっす! じゃあ……ぁ、すみませーん。生中ふた……いや、三つと……姉ちゃん、なんか食う?」
「あー……ん?! この店餃子とかあるの?! やばい、これ絶対あとで……」
本当に気があうな、この後輩は。
その時、別の店員さんがナイスタイミングで餃子と鳥からを持ってきてくれる。
「え?! もう頼んでたの、先輩……。やばい、気持ち悪いくらい気があうわ」
「しばくぞ」
それより店員さん困ってるぞ。何か注文するなら早くせよ。
「ぁ、じゃあ卵焼き……あんたは? なにも食べないの?」
「俺? 俺はとりあえず飲みたい。ぁ、以上で。お願いします」
何も食べないの? って……ここに料理が並んでいるでは無いか!
串盛り! 餃子! 鳥から! あとシーザーサラダはまだ来てないな。
「先輩先輩、今日は朝までコース?」
「いやぁ、ムリムリ。もう若い子にはついてけんわ」
弾けようとは言ったが朝まで飲むなんてもう無理だ。
私は二日酔いにはならないが、普通に飲みすぎるとグロッキーになる。
しばらくしてビールとシーザーサラダが。
おおぅ、私のビールも頼んでおいてくれるとは。流石弟君。
「じゃあカンパーイ。おつかれーぃ」
「おつかれーッス」
「お疲れ様でーっす」
あぁ、やばい……美味しい。
もうだめだ、溶けてしまいそう。
「タバコいいっすか?」
煙草を取り出す弟君。姉の莉子はあからさまに渋い顔をするが、私は別に構わぬ、と許可。
会社で周りはパカパカ吸ってるしな。
「そういえば先輩。新しい店出来たの知ってます?」
「ん? キャバクラ?」
「なんでやねん。ぁ、こいつ連れて行きます? 女の子見に」
「ちょっ、姉ちゃん……!」
可愛いなぁ、弟君。彼女はまだ出来ぬのか?!
「はぁ……相変わらず……女の子に縁が無い職場なんで……」
「だから言ってるじゃん、私の友達紹介してあげるってー」
ちなみに後輩と弟君は三つ違いだ。
後輩の友達は皆強者揃い。それぞれが合コンや街コンで男を漁りまくっている。
「絶対やだ! 姉ちゃんのせいで俺は年上が嫌いに……いや、真由さんは別っすよ? っていうか姉が居るせいで年上は絶対無理なんすよ……」
「あんたねー。そんな事言ってると結婚できなくてお母さん泣かせるハメになるんだから……さっさと煙草止めて部屋掃除しろ」
ふむ。弟君の部屋は絶望的に汚かったな。
前に後輩について行ってみたら足の踏み場が無い程に……
「あー、女の話はいいから……それで? 姉ちゃんの言う新しい店ってどこよ」
あぁ、そういえばその話だったな。
何の店?
「まあ、BARですよ。結構いい雰囲気だって友達言ってましたよ」
な、なんだと……BARだと!
「マジで、私行ってみたいかも……」
「よし、おい弟よ。先輩様をBARへ案内してしんぜよ」
「それはもう喜んで……。その前にさ、俺カラオケも行きたいなー……」
おうおう、金ならあるぞ!
独身貴族舐めんな! 今日は私の奢りだぁ!
「いやいや、私らも出しますから。独身貴族は貴方だけでは無くてよ」
※
そんなこんなで、あっちゃんで二時間、カラオケで二時間、現在の時刻は午後十時。
「さーって……じゃあいきますか、BARへ!」
後輩は良い感じに出来上がっており、私と弟君は逆ナンしないか監視しつつ、BARへと道を歩きます。
駅前から少し小道に入った所の小さなビルに例のBARがあるらしく、ボーイのお兄さんに場所を聞きつつ到着。ふむ、ここか。
「よし、入りますよ、弟よ、お前が先陣を切るんだ」
「姉ちゃん普段ガツガツしてるくせに……こういう時はちょっとアレだよな」
寒い寒いと弟君が先陣を切り中に。
私と後輩は後に続き中に入る。
「いらっしゃい」
マスターらしき人物。
五十代前半? くらいだろうか。なんかダンディーな叔父様が出迎えてくれた。
「姉ちゃんどうする? カウンターでいい?」
「いいよいいよ、どこでもー。ぁ、っていうか先輩に聞いてよ。この人が行きたいって言いだしたんだから」
「カウンターでいいよ。私一番隅っこがいい」
後輩と別の客を隣り同士にするわけにはいかぬ。
三人並んでカウンターにならび、店の中を見渡すとなんだか落ち着いてしまう。
BARってもっと……騒がしいイメージあったけど、全然静かだな。他の客も酒を飲みたいから来たって感じだ。居酒屋みたいにベラッベラ喋りながら飲む人など居ない。いや、今がたまたまなんだろうが。
「何にします?」
マスターから注文を受け、私は焼酎の水割り、後輩は日本酒、弟君は……
「……シンデレラ」
「あ?」
後輩と私は思わず、何言ってんのコイツ……と弟君を見てしまう。
だってシンデレラって……ノンアルだよな。
「弟君……気持ち悪い? べつにウーロン行ってもいいのよ」
「え? なんで?」
なんでって……いや、だって君今……ノンアル頼むから……
「え?! シンデレラってノンアルなの?!」
まあ、ノンアルカクテルだよな……あれ、アルコール入ってるのもあるのか?
【注意:シンデレラ=パイナップル、オレンジ、レモンのカクテルです。作者の知る限り、ノンアルですが……飲む前に確認してください! 未成年の飲酒は犯罪です!】
「そ、そっか……じゃあマスターのオススメで……」
何カッコイイ事言いましたって顔してるんだ、この弟君は。
しかしマスターは笑顔で了承すると、弟君用にオリジナルカクテルを作ってくれるそうだ。
なにそれいいなー! 私も次それ頼もう!
「先輩先輩、マスター、ちょっとカッコよくないですか?」
「待て待て待て。頼むから店の人に絡むのは止めてくれ……」
「そんなんじゃないですってーっ、ただの会話ですよ、会話」
言いながら後輩はマスターへと話しかける。
歳はいくつだの、この店を始めたのは何でだの……奥さんは居るのだの……
「バツイチです。リストラに遭いましてね。家内と子供に逃げられてしまいまして」
「えーっ、こんなカッコイイ旦那さん捨てるなんて……奥さん酷いっ!」
こらこらこら、後輩君、今君は酔ってるんだ。
言葉とは口の中で良く咀嚼して出す物であって……
「ははは、どうも、ありがとうございます。どうぞ」
それぞれ注文した酒を出され、静かに乾杯しつつ飲む。
薄暗い店内。静かで微かにアロマの匂いがする。なんのアロマかは知らん。なんか微かに甘い匂いが……。
「ぁ、先輩……おにぎり……食べたくありません?」
なんだ突然。たしかにめっちゃ食べたいけども。
「あの、マスター。おにぎり……ぁ、弟よ、お前も食べるか?」
「……食べる」
じゃあ三つ~と注文する後輩。
ふむ、BARっておにぎりも出してくれるのか。そういえば某ドラマのBARでは、結構何でも出してくれてたよな……。「あるよ」とか言って……
「なかなかいい所ですね、先輩。マスターかっこいいし」
「そうだなぁ……」
私が思っていたBARとは違ってるけども。
いや、決して喧嘩とかを期待していたわけでは無い。いい意味での予想外だ。
「申し訳ない、そこのお嬢さん」
その時、新たに入店してきた客が私に話しかけてきた。
むむ、なんぞ? っていうか私はお嬢さんなんて歳じゃ……
「出来れば……その席を譲って貰えないかな? 大切な友人との思い出の席でね……」
……?!
な、なんだこの展開!
BARだ……まぎれもなく、ここはBARだ!
「ど、どうぞ」
三人ともに一つ席をずらし、その客へと私が座っていた所を譲る。
中年……いや、結構歳いってるな。背広にストローハットの……もう六十行ってそうな男性だ。
「すまないね。マスター、いつものを」
でた!! いつもの!
まじか、私もそういう注文してみたい!
ん? いや、この店新しく出来たんだよな?
そんな常連……今、この時点で居るのか?
「あぁ、ご無沙汰しております、飛燕様。どうぞ、おにぎりです」
マスターはおにぎりを私達の前に置きつつ、男性の注文を受ける。
いつものって……なんだろ、この人何飲むんだろ……。
「どうぞ」
マスターが作ったのはオリジナルカクテルのようだった。
見た目レモンハイだな……でも美味しそう。私も同じの頼んでみようかな……。
「美味しそうなおにぎりだね。同じの頼んでも構わないかな?」
「えっ、ぁ、はい、どうぞ?」
え、同じの頼む時って断り入れないとダメなのか?
うぅ、BARの礼儀作法がサッパリ分からん……!
「マスター、私にもおにぎりを……」
「はい、畏まりました」
うぅ、なんか急に……この人の飲んでるのが欲しくなってきた……!
でも断り入れないとダメなんだよな……それと同じもの、頼んでもいいですかって!
で、でも本当にそうなのか? BARって……そういう物なのか?!
「おにぎりうまぁ……」
「うめぇ……梅干し大好物になりそう……」
私の隣に座る後輩と弟君はおにぎりに夢中だ。
とてもいい笑顔で貪っていらっしゃる。
そんなに美味いのか、私も食べよう……
「……?!」
な、なんだこのおにぎり……塩味で中に梅干しが入ってるだけの筈なのに……
ど、どうしてこんなに美味いんだ!
【注意:お酒飲んだあとのおにぎりって異常に美味しく感じるんですよね……】
「どうぞ、飛燕様、おにぎりです」
「あぁ、ありがとう。では頂くよ、お嬢さん」
ふむ、ここでも断り入れてくるのか。
なかなか勉強になる。いや、それより!
わ、私も言わなければ……貴方と同じ酒が飲みたいと!
「……あのー」
その時、後輩が私の隣にいる客へと話しかけた。
駄目だぞ、逆ナンは。
「おじさん、どうしてそこの席に? ぁ、別に嫌味とかじゃないですよ?」
ぁ、そういえばそれ聞きたかったんだ。
大切な友人との思い出とか言ってたな。
「あぁ、まあそんなに大した話でも無いんだけどね。この店が出来る前は……私がここのマスターをしていてね。この歳になると中々続けるのがキツくなってしまって……彼に譲ったんだ」
ペコリ、とお辞儀をするマスター。
ふむぅ、このオジサンもマスターやってたのか。
「私が店をやっていた頃、もう何年も前の話になるけど……一人の青年がこの席に座ってね。その青年は私に泣きながらオリジナルカクテルを作ってくれと注文してきたんだ」
オリジナルカクテル……
「その青年が泣いている理由が知りたくて……私は尋ねてみた。すると青年はこう答えた。妻が死んだ、とね」
なんか重い話に……
やばい、私こういう話聞くと胃が痛くなってくるんだよな……
隣の席二人はおにぎりモッシャモッシャ食ってるし。
「それからというもの、彼は何度もこの店に来てくれた。毎回同じカクテルを頼んでくれてね。私のオリジナルカクテルを気に入ってくれたようで……とても嬉しかった」
ふむふむ。
「……もう彼は十年近く私の店に通ってくれた。私が店を畳む直前までね。それこそ色々な事があったが……中でも思い出深いのが……私の妻が旅だった時かな……」
……この人も奥さん亡くしてるのか。
「意気消沈している私に、彼はこう言ってくれた。貴方の気持ちはよく分かる。だから今日は一緒に飲もうと……なんでも無い言葉に聞こえるかもしれないが、私にとってはとても嬉しかった。彼は私が店を畳むその日まで、ずっと常連でいてくれたのだ」
まあ、確かに……。
飲みたい時に一緒に飲んでくれる友人は貴重だよな。
私にとっては後輩がそれだが。
「……その人は今どうしてるんですか?」
オジサンはそっと目線をあげ……マスターの顔を確認するように
「さて……どうしてるかな、マスター」
「さあ、元気にやってるといいですね」
……なんとなく分かったような分からないような……
まあ深くは突っ込まないでおこう。
そして、今が最大のチャンスだ。
「そのオリジナルカクテル……私も……頼んでいいですか?」
「ぁ、私も私もっ」
「ぁ、俺も俺も」
おい貴様ら!
空気読め!
それからというもの……
私達三人はそのBARの常連となった。
そして三人が三人ともに頼むお酒も……全く同じ。
マスターのオリジナルカクテル
その少し甘いお酒を飲みに
【未成年の飲酒、喫煙は犯罪です。この小説は飲酒を推奨する物ではありません】