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彼と彼女と彼の秘密  作者: 梅紅茶
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隠し事はしない

久々の呼び出しだった。

とはいっても、町のはずれのカフェで待ち合わせるというものなのだが。

時間より少し前に目的地へ辿り着き、そして目的の人物を探す。

「ヒール!」

海を見渡せるオープンカフェは、巷でもかなり人気のデートスポットだ。そんなカフェの一角で、ひらひらと彼女に向かって笑顔で手を振っている男に、ひとつ溜息を吐いてからそのテーブルへと向かう。

ヒール・ディオキス。それが彼女の名前である。

「時間通りだな」

「遅れたらうるさいのはそっちでしょ」

やってきた店員に、飲み物とお菓子を注文しながら向かいの椅子に座る。

そして、改めて目の前の男を見た。



珍しくセットされていない銀色の髪。そして、これまた普段はあまりかけているところを見ない、細いフレームの眼鏡。着ている服装も、カジュアルなジャケットにパンツ。

包んでいる雰囲気は優しげで、穏やかで。そして、周囲の女性の注目を一身に浴びている美男子。

「観察終了?」

微笑いながら答えた男に、そういうわけではないけどと呟く。

そんな彼と一緒のテーブルにいるということ。少なからず、彼女に対する冷たい女性たちの視線が先ほどから痛かった。

「完璧な変装だと思って」

これなら、誰も気づかないだろう。……完全に覆い隠されている本性。彼の真実の姿。

「めずらしいわね、兄様が私を呼び出すなんて」

「かわいい妹の顔を見たいと思っただけさ」

先に注文していたコーヒーを飲みながら言うその言葉に偽りは無いのかもしれないが、どこか不審な目を向けてしまう。それは、長年の付き合いによる条件反射のようなものだ。

ヒールの兄であるグレイ・ディオキス。

5歳年上のこの兄とは、お互いが抱える様々な諸事情により、あまり会う機会が無い現在だ。

それでも連絡は定期的に取ってはいるし、連絡をしなくても行動を把握されているのだろうことは分かっていた。

「本題は?」

運ばれてきたジュースを飲みながらたずねるヒール。そんな彼女に、胸ポケットから一枚の写真が差し出される。

何も言わずにそれを手に取りひっくり返す。

「……誰?」

「裏切者」

眉をひそめたヒールに、笑顔で言葉が返される。

笑顔で言う言葉ではないだろうというつっこみをしたかったが、あえてそれを飲み込んで、そして、テーブルにその写真を裏向きに置く。

「私に?」

「……本当は嫌なんだけどね。内部犯だから、誰にやらせるか迷ってしまって」

元は仲間。命令だとすれば、容赦なくそれを消すぐらいのことは出来る人物ばかりのはずだ。

それでも、仲間にやらせるのは偲びない。

そうもっともらしい表情でもっともらしく述べるグレイに、大きく息を吐く。

「嘘と御託はいらない。私じゃないとダメなわけね?」

「……」

冷たく聞き返したヒールに、ほんの一瞬。グレイを包む空気が変わる。優しかった眼差しに宿る残酷な光。本来の彼の姿が、ほんの一瞬垣間見える。

「やってくれるか?」

「断れるのなら断りたいけど?」

好き好んで人殺しはしたくない、と口の中で呟く。それが表情に出たのか、グレイの顔にも苦笑が浮かぶ。

「強い。こいつはね。俺の右腕にしたいぐらい強い。・・・・強かった。だからこそ、裏切り行為を働いたというべきなのかもな」

「……そんなに好きなら、自分でやったら?」

妹に頼むな、と言外に匂わしてみる。

「それは、こいつがかわいそうだろう?」

言葉とともに指差された写真。グレイの言葉に、しばし考え込んで、そして頷く。

「それは、確かに」

兄の性格は良く分かっている。

簡単な会話で、言いたいことや思考を読み取ることが出来るのが、幸か不幸かと考えてしまう。

「今週ぐらいがベストかな。それ以上長引くと、いろいろと迷惑なんだ」

浮かんでいるのは困ったような笑み。その笑みに、再び写真を手にとる。

「引き受ける。ただし報酬はちゃんともらうから」

「彼氏に俺から説明しておこうか?」

「……余計ややこしくなるからやめて」

ヒールの考えを読んだのか、先ほどまでとは違う笑みを浮かべて言うグレイに、きっぱりと断りを入れる。

「多分大丈夫、だと思う。『約束』の範囲外でやれば」

「そうか」

ならかまわない、と続けて、そして立ち上がる。

「行くの?」

「お前の顔も見れたし、用件も済んだし。あんまり戻りが遅いと殺されるからな」

テーブルの端に置かれていた伝票を手にして去っていく後姿を眺め、そして写真を口にあてて溜息を吐く。



「今週中に一度だけ、仕事しなきゃいけなくなった」

警備業務の一環。情報収集という名の休憩に来た彼を捕まえて、それだけを告げる。

その言葉に、一瞬動きを止めるが、じきに小さく息を吐き、そしてぽんっと頭に手が置かれる。

「ばれるなよ」

隠し事はしない、という約束をしている。

だからといって、業務中の彼にそれを告げるということは、どちらかというとあまりいいことではない。

けれど、言う機会を逃してしまうのが嫌だった。

その思いを分かっているからか、返答はそれだけだった。

その一言にこめられた思いは、限りなく重い。


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