休みの日にも情報収集
彼の職業は『特殊警備隊』。この国の、城直轄の警備隊。
所属できるのは50名にも満たない少数精鋭のエリート集団。
紺の制服を着た彼らは、町を歩けば羨望のまなざしで見られ、犯罪者と名の付く存在からは恐れられている。
ただし、仕事が休みの日というものもまれに存在しているのだ。
「今日は休みじゃないの?」
「それをいうな」
休みの日。
珍しく私服を着ている彼が、ここにいることがそれを示していたように思えた。
けれど、そんな彼から差し出された1枚の写真。
彼女が座っている机の上に、置かれている写真を手に取る。
「心当たりは?」
「……」
しばしその写真を眺め、そして目の前で机に腰掛けている彼へと目を向ける。
「休みの人間に情報を渡す気は無いけど」
「情報屋が情報を渡さなくてどうするんだ」
職業として成り立たないだろうと反論してみる。しかも、休みなのは確かだが暇なわけではない。
「明日までに情報を集めてこいという指示が朝一で届いたんだから仕方ないだろう?」
「仕方ない、ねぇ……」
ため息をつく、彼女の職業は情報屋兼占い師。
占い師としての職業の方が、彼女の表の顔となっていて、情報屋としての彼女を知る者はあまりいない。
けれど、その情報収集力は、そこらへんにいる同じ職業のものに劣らないものであると彼は考えていた。
だからこそ、休みの日にわざわざ来たのだが。
「で?」
教えるのか教えないのか。
知っているのか知っていないのか、ではない。
ため息混じりに聞き返してきた彼に、同じくため息をつく。
「フロンティアカンパニーの人間よ。名前は……カスト、だったかしら」
記憶をたどる。
「東大陸の公益を中心に飛び回ってたと思うけど。交渉が得意で、基本的には前線投入」
「東、か」
何か納得している風の彼に、そこで顔を上げる。
「何か、やったの?」
「でなければ、俺たちが動くわけ無いだろう。『ここ』の人間に対して」
とんとんっと写真の上に指が置かれる。
フロンティアカンパニー。この国の交易業を一手に引き受けている巨大貿易会社。
国の経済のほとんどを、彼らが動かしていると言っても過言ではないほどの大きな会社である。
「東大陸の、小国だけどな。姫君が自殺した。これが1週間前。で、彼女の日記によれば、どうやらこの男と関係があったらしい」
「自殺、なの?」
「それを調べるのが仕事」
写真を拾い上げて、ポケットにしまう。
「何者だ? こいつは」
「……」
言葉の意味を的確にくみ上げて、そして息を吐く。
「確か……暗殺部隊の一人。武器は剣。しかも二刀流。殺す標的は女性限定。年齢問わず」
本当に自殺なのか、と問いたくなるような告げられる言葉に眉をひそめる。
「私も彼についてはあまり詳しくないけど、最近も東大陸に出向いているって噂だったし、可能性としてはなくはないかな?」
「そうか」
彼女の情報に偽りは無い。
その自信があるだけに、おそらく彼は黒だろうとそう確信していた。
表向きは交易会社。フロンティアカンパニー。けれど、そこが『犯罪組織』であることは、周知の事実。
本来であれば取り締まり、壊滅しなくてはいけないはずの組織。
けれど、国は彼らを黙認する姿勢をとり続けている。
金で人を殺す。彼らにとっての商売敵だけでなく、さまざまな依頼をも彼らは請け負う。そこに存在するさまざな思惑が、黙認という形をとる理由である。
「捕まえるの?」
「証拠をつかむのが先だけどな」
それがなければ、いくらなんでも逮捕することなど出来ないだろう。そして、そう簡単に証拠をつかめるはずが無いことも分かってはいた。
考え込んでいるとわかるそんな彼に、仕方が無いかと大きく息を吐いて、くいっと袖を引っ張る。
「おいっ」
突然袖を引っ張られ、体制を崩した彼の耳元に唇を近づける。
「東とはけっこう貿易のことで揉めてるから。あと、カストは女好き。多分そのお姫様についても、手を出してると考えて、間違いはないわね。そこでのいざこざと組織のいざこざ、両方の利害一致と考えるのが早いかも」
囁くように述べられた言葉。その内容に、思わず動きが止まる。
「特別サービス」
にっこりと、至近距離で笑っている少女。
どこからの情報なのかということは、聞かなくても分かっていた。それを知っているのはおそらく彼だけで、だからこそ彼女は、彼にだけはいろいろと話をしてくれる。
こうして、本来ならば知りうるはずの無い情報まで。
「どうしたの?」
返ってきた沈黙に、嬉しくなかったかと首をかしげる。
入手できないようなネタを、どれだけ持っているかということは情報屋の手腕を現しているともいえる。
そういう意味では、彼女はかなりの手腕であるといえるだろう。
ただし、あまりに危険すぎて、限定でしか情報を渡していないのだが。
「いや、どういう風の吹き回しかと」
「……」
心の底から発された言葉。それを聞き、目を瞬かせる。
そして、大きく溜息を吐く。
「仕方ないでしょ?仕事だし。……だからよ」
「?」
意味を取りかねる言葉。
ますます不思議そうに自分を見てくるその顔に、もう一度ため息を付いてそしてつかんでいた袖を離す。
「休み返上して解決してきたら?どうせ気になって休みどころじゃないでしょ?」
これだけの情報があれば、彼ならなんとでもできるはずだった。
彼の能力の高さと手腕は、身にしみて分かっている。
それを裏付けているのは、彼が、今ここにいるということ。
初めて出会ったのは、お互い『仕事』で、だった。
情報屋である彼女の元に、仕事で彼は現れた。
それが偶然だったのか故意だったのかは分からない。
本来与えるべき情報を与えただけだったのに、彼はそこからそれ以上の情報を読み取った。
そこからはじまった二人の付き合い。
お互いのために、最初に交わした約束。
それをすっかり忘れられているようなのが、彼女としてはムカつく限りなのだが、それが彼の性分だから仕方ないと、どこかであきらめている自分にもまたむかつきを覚えてしまうのだからどうしようもないだろう。
「ま、早く終わって休みがとれれば、また遊びにいけるかな」
彼女にせかされるように、彼は仕事へと戻っていった。
それを見送り、そしてふと思う。
いつか、自分が彼に終われる日が来るのだろうかと。
そして、自分が彼を殺す日が来るのかもしれないと。
けれど。
それは、不確かな未来。