侍女の母
結構ゆっくり更新しています。
マリーナの家は、公爵家のタウンハウスから20分程歩いた街外れにあった。
そこには、建物自体は古そうだが、手入れが整った綺麗でこじんまりとした屋敷があった。
聞くところによると、彼女の父親は、男爵の爵位を持っていたが2年前に亡くなって、今は父親の弟でマリーナの叔父が爵位を継いでいる。が、それもあと1年。
彼女の弟が16歳になったら爵位を返してもらう約束になっているそうだ。
屋敷自体は、亡くなる前に父親が何故か弟の名義変更していた為、そのまま親子で住むことが出来た。
マリーナは本物の貴族の令嬢だったんだ。なるほど道理で綺麗で上品なはずだ。
未成年の弟が爵位を継いだ暁には、後継人にとして私の祖父コンフィールド公爵が着くことになっているらしい。
祖父とマリーナの父は昔から懇意にしており、ビックリする事にこれから診療する彼女の母は、なんと私の亡くなった母の侍女だったというではないか。
娘のマリーナが私の侍女で母同士も主と侍女。
不思議な縁で繋がっている。
「ただいま。」
ドアを開けた途端。奥から軽い足音が複数響いた。
「姉様。お帰りなさい。」
「お帰りなさい。」
「おかえりなたい。」
十代くらいの男の子二人と、小さい女の子が走ってきた。
「お客様よご挨拶して。」
マリーナが言うとみんな驚いた顔をしながらも一斉に身長順に整列した。
「いらっしゃいませ。長男のアンドリオです。」
精悍な顔つきのマリーナ似の美少年が一礼した。
「次男のルドリオです。」
長男とは少し毛色が違うこれもまたボ少年が笑顔で言った。
「ニーナ3才です。」
ルドルフの後ろに隠れながら、指を三本立てながら小さい声で自己紹介をした。
「こんにちは。私は、アンジェリーナ・バイセン。ファンダン国の医者よ。貴方達のお母様の診察に来ました。」
最初に反応したのは、長男のアンドリオだった。
苦味つぶした顔に、鋭い目でこちらを人睨みしてから、姉の方を向いた。
「姉様。どういうこと。別のファンダン国の医者なんか連れて。そんなことしたって一緒だよ。爵位なんて僕はいらないから叔父様に売ってそのお金で薬を買えばいいじゃない。」
「え、どういうこと。爵位を売るって。」
驚いた私は、マリーナの方を向くと、彼女は、目を逸らしながら、辛そうな顔した。
「叔父から打診があったのよ。母の治療費と薬代を用立てる代わりに 叔父に爵位を完全に譲渡するようにと。」
「はあ、親戚でしょ。そんなことしなくての用立ててくれてもいいじゃない。」
「もともと叔父は爵位がほしかったんです。父が死んだ時に自分が告げると思ったみたいで、でも、公爵様が父の遺言状を持っていた為。アンドリオが16歳になるまでは、叔父が仮の男爵を継ぐことになって。」
「だから、別に僕は爵位なんていらないよ。母様が治る方がいいに決まってる。」
たしかに、アンドリオのいうことは正しい。しかし、なんか違和感を感じる。
「ねえ、診てくれたお医者様って、街のお医者様だよね。」
「ええ、叔父が紹介してくれたお医者様で、そのお医者様が聖医師の先生を紹介してくれたの。」
マリーナの説明で、なんとなくわかった感じがした。
「その聖医師は、証明になる物持ってた。聖医師だっていう証みたいなの。」
「はい、聖医師証明書という紙の証明書を持っていました。」
紙か、なんかやっぱり裏がある。聖医師の称号の証は紙ではない。
きっとその聖医師は、偽物だ。
「わかった。とりあえずお母様の診察させてもらっていいかな。」
少し考えてから、不安にさせないように、いつもの慢弁の笑顔で言った。
アンドリオは、まだ腑に落ちない顔をしていた。
「こんにちは。」
部屋に入ると、ベットの上に青白くやつれた顔の女性が、クッションに上半身を預けていた。
「えっ、ナタリーナ様。」
マリーナの母親は、これでもかというほど目を見開いたあと、涙を浮かべながらリーナの顔を見た。
「あっ、そっか母の侍女だったんだよね。私って母に似てますか。」
笑顔で答えたリーナを見て、娘が使えている主だと理解した。
そして彼女は優しく微笑みながら
「はい。そっくりです。目の色は違いますが、髪の色とお顔立ちは美しいナタリーナ様にそっくりです。」
「まあ、きれいにしてくれてるのは、マリーナのおかげだけどね。アンジェリーナ・バイセンです。医者です。診察に来ました。」
「お医者様ですか。」
やつれた顔で、困惑した彼女もどういうことかわからずマリーナの方を見た。
「お嬢様が、母様を診てくださるそうです。」
「女の医者なんて聞いたことないよ。公爵家の姫がなんで遊び半分でお医者さんごっこすんだよ。」
アンドリオが怒りを露わに大声で怒鳴った。
「ちょっと、アンドリオ。なんてこと言うのよ姫様に失礼でしょ。」
マリーナが慌てて、彼の腕を取りながら叱った。
「いいの、いいの。慣れてるから。ファンダン国は結構女の医者いるのよ。聖医師の女医もいま増えてきてるし。」
そう、ここグレンマン王国は、まだ男尊女卑の国である。
ファンダン国も以前はそうだったが、今は男女平等になりつつある。
優秀な聖医師にも女性は多くいる。
女性が男性に混ざって仕事をすることがまだ受け入れられていない国は多い。
まして医師という特別な仕事を女性、それも十代の少女がやっていること自体考えられないのかもしれない。
まあ、そうなるわよね。案外このアンドリオって子は、優秀な領主になりそうよね。
堅実で疑わしいことには、ハッキリ物事を言う勇気もあるし、ただ、もうちょっと頭を柔らかくしたらいいかな。硬そうだ。
「まあ、いろいろ思うことはあるだろうけど。お代はいらないから診るだけ診させて。」
「そんな、お嬢様。」
「いいから、いいから。マリーナにはいつもお世話になってるし、いいでしょうか。」
彼女の母に問いかけた。
患者の意志が一番大事なのだから。
「お願いします。」
「はい。じゃ横になっていただけますか。クッション取りますね。」
そっと背中のクッションを取って、ゆっくりと寝かせた。
前もって、マリーナからある程度症状を聞いていたので、大体の病名は推測出来ていた。
彼女の説明だと、10日前に血を吐いて倒れた。その時胸を抑えて苦しそうだったとのことと。
抑えた位置を詳しく聞いたところ、上半身の中心を抑えて倒れたということで、その後は、血は吐いていないが、度々同じところを抑えて苦しくなるようだ。
「ちょっと、胸とお腹見せてくださいね。」
寝着のボタンを外して、手を翳す。
胸の左側。心臓の部分に魔力を送り込んだ。
心臓は異常がない。
次に、中心部分。胃のあたりに魔力を送り込んだ。
あっ、やっぱり胃に小さな穴が開いている。血を吐いたのはこの穴のせいだ。
大丈夫、これくらいの穴だと、薬剤で治療可能だ。
このまま放置してしまうとオペ術でないと助からなくなってしまうところだった。
そうなると私では治せない。でも、本当によかった。
手遅れになると、また悔しい思いをする。治せるのに一人では治せない。そんな思いだ。
「うん。大丈夫だよ。私の持ってる薬で治るよ。」
ニッコリ笑顔で言うと、彼女はびっくりした顔でこちらを見た。
「治るんですか。」
「うん。一か月くらいは、養生しないとだめだけど。治らない病気じゃないから。」
「なんの病気なんでしょう。聖医師様は、心臓の難しい病気と言ってましたが。」
不安そうな顔でマリーナの母は、私に問いかけた。
「心臓は何ともないから。大体心臓は、ここじゃなくてもうちょっと上の左側だから。」
まあ、まれに右側にある人もいるけど、普通の人は左側にある。
「えっ、心臓って真ん中にあるんじゃないの。」
マリーナが、自分の身体の真ん中に手を当てて言った。
「うん。ここじゃなくて、もうちょい上の左側。ここ。」
私は、彼女の手を心臓の部分に移動した。
「トックン、トックン鼓動するでしょ。」
「あっ、する。」
姉の真似をした、ルドリオが一番先に鼓動を感じたようだ。
横で、アンドリオも同じように胸に手を当てて、びっくりした顔をしていた。
「ニーナもニーナも。」
私が、しゃがみながら小さなニーナの手を掴み、左側に胸に手を当てた。
「トックトックする。」
「そうだね。トックトックするね。これが生きてる音だよ。」
この国の医療はあまり発達していない。もちろん体の構造など普通の人は知らない。
「胃の病気だね。」
「胃?ですか。」
家族全員が首を傾げている。
私は、バックから紙とペンを出して説明した。
「ここが心臓で、ここが胃ね。食べた物がここにきて分解されるんだけど。この胃に小さな穴ができちゃって、そこから出血したみたい。でも小さいから大丈夫よ。薬でちゃんと治るから。」
「本当に母は治るんですか。聖医師にオペ術をしてもらわなくても大丈夫なんですか。」
マリーナが私に詰め寄りながら、手を握ってきた。
「大丈夫だよ。薬をちゃんと飲んで、あんまり無理しない事。食事も当分は消化のいい物を食べてね。」
「消化のいい物って、どういうものですか。」
母親の病気が治ると聞いた途端、いきなり態度が柔らくなったアンドリオが聞いていた。
「パン粥とか。スープとか。」
「スープは作れるけど。パン粥ってなに?。」
首を傾げながらアンドリオが聞いてきた。
「アンドリオが食事作ってるの?」
「少し前は、使用人がいて作ってくれてたんだけど。母が倒れてからお給金が払えなくなって、1週間前にやめてもらったんだ。」
「そうなんだ。いいよ。私が教えてあげる。簡単だからレシピも何点か書いて置くね。あと、薬草スープとかのレシピも一緒に書くから。キッチン借りていいかな。」
腕まくりをしながら、部屋を出ようとすると
「そんな、お嬢様に料理をして頂くなんて。ダメです。」
「だから、マリーナ。お嬢様は屋敷の中だけにしてって何度も言ってるでしょ。リーナでいいから。」
いよいよ、次回は王子様登場か?