第一章「実らぬ恋」
【前回のあらすじ】
香の気持ちを知り罪悪感を抱いた亮太。徹と奈美に自分の鈍感さを気付かされ彼は香の気持ちと向き合うことを決心した。
真夜中にふと目を覚ます。体を起き上がらせ欠伸をする。側を見ると奈美が隣の布団で眠りについていた。亮太は彼女を起こさないように立ち上がり壁にもたれかかった。そして香のことを考える。
『亮太は加藤さんが好きなんでしょ!だから、私に優しくしないで!』
香が亮太へ放った言葉を彼は頭の中で何度も繰り返していた。あの時の香の顔、悲しみと苦しみが混ざった顔だった。今まであんな顔をさせた事はなかった。今まで通りの、柔らかい笑顔でずっといると思っていた。
「....どうしたの?」
奈美が目を覚ましていた。亮太は彼女に微笑んで
「眠れないだけだよ....」
と言った。彼女は立ち上がり彼の隣に座り込んだ。
「何してるんだ?」
「付き合ってあげようと思って」
眠たそうに目を擦る彼女だが、必死に目を開けて起きていた。互いに言葉を交わさず、二人の間には静寂が生まれていた。壁に立てかけてある時計の秒針の音が煩く感じるくらい。
「ねえ佐々木くん....」
「ん?」
虚ろに奈美は
「高嶺さんと、付き合うの....?」
と質問をした。亮太はすぐには答えられなかった。しばらくの沈黙の末に、彼は答えを出した。
「付き合わないよ....」
「そっか....」
彼女はそれだけ言って黙り込んだ。彼女は何故か彼の答えを聞いて安堵し、そのまま眠りについた。体から力が抜け、彼に寄りかかる。彼は少し驚いたが、落ち着いて彼女を布団に寝かせた。そして彼も眠りについた。
「いってきまーす」
奈美が家中に響くくらい大きな声でそう言った。
「いってらっしゃい、亮太くんも」
春香は笑顔を浮かべ亮太へ手を振った。彼も春香に会釈をし奈美と共に家を出て行った。
「一緒に学校行くなんて初めてだよね」
奈美は嬉しそうに笑って彼にそう言った。
「そうだな、俺も初めてだよ」
太陽が地平線から顔を出して間も無い早朝は、昨夜降った雨がまだ地面に残っていた。歩く度に水が弾ける音が聞こえてくる。
「今度こそ、高嶺さんとちゃんと向き合わないとね」
「ああ、今度こそ....」
学校に近付くほど、緊張感が大きくなっていく。また昨日のように拒絶されたら?そう考えるだけでも心は落ち着かなくなる。そんな彼を奈美は背中を優しく叩いた。
「落ち着こうよ。きっと大丈夫」
そう優しい声で呟き彼を宥めた。彼は頷き深呼吸をして心を落ち着かせた。しかし、結局学校に着いた頃には緊張感は元に戻っていた。教室の扉を開ける。亮太は香の席を見た。彼女は既に登校していた。亮太に気付くと寂しい表情をして俯いた。今は話しかけるべきではない、彼はそう思い香の元へは行かずに自分の席に座った。機会を待っていると、いつの間にか全ての授業が終わっていた。やはり放課後しかないか、と彼は頭を抱えて溜息を吐いた。昨日のことを思い出す。もうあんなことはしちゃいけない。全部優しくすればいいって訳じゃない。終礼が終わり周りの生徒はぞろぞろと教室を出て行く。奈美も同じく教室を出て行く。去り際に亮太の方を見て頷いた。亮太も頷き返し彼女を見送った。教室に残ったのは亮太と香の二人だけだった。お互いに教室を出て行くと思っていたようでお互いに驚いていた。廊下から聞こえる大人数の足音が遠のいていく。静寂が教室全体を包み込みと、亮太は立ち上がり香の側まで近付いた。
「お前に....話があるんだ」
戸惑いがちに発せられた小さな声は教室に響き渡った。香は小さく頷いて立ち上がり亮太と向き合った。顔は俯いたままだった。
「昨日は悪かった。いや、昨日だけじゃないな....今まで悪かった。お前に本当に酷いことをした....」
彼女は何も言わず俯いたまま彼の話を黙って聞いていた。彼はそれに少し気不味さを覚えながらも思っていること全てを彼女に告げた。
「俺はお前の告白を受け取れない。わかってると思うけど、俺は加藤さんが好きなんだ。だから、お前とは付き合えない」
再び静寂が二人を包んだ。静かな部屋に、香の嗚咽が響き渡る。俯いたまま涙を流す。そして遂には堪え切れなくなり、子供のように泣き出した。そんな彼女を宥めていいものかと亮太は彼女に何もしてやれなかった。すると彼女から亮太に縋り付いた。肩を震わせて悲しく泣き噦る彼女を見ていると、亮太まで心が苦しくなった。彼はそっと彼女の頭に手を乗せて優しく撫でた。
「私こそ....酷いこと言ってごめん」
泣きながら亮太に謝る。亮太は何も言わずにただ嗚咽し肩を震わせる彼女を慰めていた。
「私っ....卑怯だよね....ごめんっ....ごめん」
ただひたすらに謝る彼女に亮太は何も言えなかった。しばらくすると、彼女は落ち着き始めた。嗚咽の間隔も長くなり、やがてそれも止まった。
「ごめんな....香」
「ううん....もう大丈夫だから。今度こそ、きっちり決心がついた」
彼女の頰に一粒の涙が伝う。それが窓から差し込む夕陽に反射して綺麗に光った。そしてそっと彼女の頰から零れ落ちた。
「ありがとう....亮太」
彼女はそう言って亮太の元を去った。彼はしばらくその場に立ち尽くしていた。香のあの悲しい顔が脳裏に焼き付いて忘れられなくなる。彼は悔しい気持ちに包まれ、八つ当たりに側にあった机を蹴った。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
叶わない恋とは何とも切ないものです。時間が長いほどその悲しみは大きく辛いものになります。
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続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




