第三章「少しずつ」
グラを抱えて拓也は雫に会いに行った。教室を出て彼女のいる教室に入ろうとしたら彼女が教室から出てきた。
「東さん」
「鷹ヶ峰くん、どうしたの?」
「ちょっと話したいなって」
「別にいいけど....」
そう言う彼女の手を拓也は掴み屋上へ向かった。屋上のベンチに座りグラの頭を撫でる。
「グラちゃんは元気?」
彼女は優しい笑顔でグラを撫でる。拓也はグラを雫に渡して頷いた。
「元気だよ」
「そっか、よかった....」
話題が無くなり互いに黙り込む。拓也はその静けさをもどかしく感じて溜め息を吐いた。涼しい風が吹く屋上は居心地が良い。雫はグラを抱えてじっと空を見つめていた。
「ねえ、鷹ヶ峰くん」
「なに?」
「貴方の家に行ってもいい?」
突然のことで頭が混乱した。拓也は慌てながら冷静を取り戻そうと必死に言葉の意味を考えた。
「な、なんで?」
「グラちゃんのお世話してみたい」
意外と可愛い理由だったので拓也は一瞬で冷静になり何故か安堵した。
「そっか、いいよ」
そう言って二人は立ち上がった。雫はグラを抱えたままだった。家へ向かう途中、グラを拾ったあの道を通りかかった。あのときの傘もささずにグラを見守っていた雫を思い出し懐かしさを感じた。
「ここで、東さんとグラに出会ったんだよな」
「そうだね....貴方が拾ってなかったらグラちゃんは今頃....」
暗い表情になる雫を拓也は慰めようとしたがその役割をグラが奪ってしまった。悲しむ彼女にグラは頬擦りした。
「グラちゃん、優しいね」
そう言って彼女はグラの顔に額を当てた。気がつくと家に着いていた。
「ここが鷹ヶ峰くんの家?」
「そうだよ」
鍵を開けて中に入る。すっかり猫臭くなった部屋は涼しい外とは違い少し蒸し暑さを感じた。鞄を置いて窓を開け、その淀んだ空気を入れ替える。
「一人暮らしなんだ....」
「うん、実家が遠いからね」
そう言って拓也は冷蔵庫からお茶を取り出しコップに自分と彼女の分を注いだ。それを彼女に渡すと彼女は礼を言って一口飲んだ。
「グラちゃん、おいで」
グラに手招きする彼女の姿が何だか可愛らしく見えて顔が赤くなった。グラは素直に雫の元へ向かい物欲しそうに雫の手に顔を擦り寄せた。
「可愛い....」
「え?」
無意識に拓也はそう呟いていた。それに気付くのに少し時間がかかって慌てて訂正する。
「グラのことだよ!?」
慌てる拓也を可笑しく思ったのか雫は小さく笑った。
「分かってるよ。私なんて魅力ないし」
最後に発した自信のない発言に拓也はもどかしさを感じた。
「そんなことないよ。東さんはそんな魅力がない人じゃない」
「それって鷹ヶ峰くんは私を魅力があるように見えるってこと?」
また恥ずかしいことを言っていることに気付いた拓也は再び顔を赤らめた。
「そ、そういうことになるね....あはは」
彼女の顔を見れずに俯く。羞恥心に耐えれない拓也に雫は優しく
「ありがとう、嬉しい」
と言った。その言葉を聞いて拓也は彼女を見つめた。彼女の顔は赤くない。そこに恥ずかしさはない。ただ純粋に彼に感謝しているのだ。拓也は真っ赤な顔のままで彼女に微笑んだ。しかし恥ずかしさは消えないままで彼は咄嗟に立ち上がり逃げるように
「ちょっとグラの餌確認してくるよ!」
と言ってキッチンへ向かった。棚の中にあるグラの餌を確認する。煩く脈打つ胸を抑えるために深呼吸をした。どうしてこんなにも顔が熱いんだ。その瞬間、彼は自分の思いに気付いた。彼女を見ていると胸がドキドキする。
「ねえ鷹ヶ峰くん、今日ここでご飯食べてもいいかな?」
そのお願いを拓也は快く承諾した。
「うん、いいよ」
彼女のことが好きだ。拓也はそう思いながらグラと戯れる雫のことを眺めていた。この気持ちを無駄にしないように、だからこそ、彼女の閉ざされた心を開いてみせる。彼はそう強く決意した。
「グラちゃん、ご飯だよ」
雫は餌入れにペットフードを入れた。グラは嬉しそうに鳴いてそれを食べ出す。そんなグラを幸せそうに雫は撫でた。拓也はその様子を楽しそうに見ていた。ふと時計に目をやるとそろそろ夕食の時間だった。拓也は立ち上がりキッチンに向かった。何か料理を振る舞おうと思ったが、ろくに料理をしてこなかった拓也には無理な話だった。どうしようか悩んでいると
「どうしたの?」
と雫が後ろから彼に問いかけた。
「いや、今まで料理してこなかったから何も作れないんだよね....」
「なにそれ、ばかじゃん」
笑ってそう言う彼女に拓也も苦く微笑んだ。
「私が作ってあげるよ」
彼女は誇らしそうに胸を張り、制服が汚れないように袖を捲りエプロンを着た。
「いろいろ借りちゃうね」
「どうぞ....」
少し悔しい思いを噛み締めながら拓也は彼女にキッチンを譲った。彼女の料理をする様は何とも凛々しく感じた。時間が経てば良い香りが部屋に充満する。その香りを嗅ぐと、不思議と懐かしい気持ちになった。
「できたよ」
そう言って彼女は机の上にカレーを置いた。スプーンを手に取りそのカレーを掬い口の中に入れる。その瞬間、拓也は驚きに包まれた。覚えのある味に困惑していた。
「どうして....この味を?」
「どうしてって....?」
拓也の言葉の意味を理解出来ず首を傾げる雫。彼は首を振って
「ごめん、何でもない」
と言って俯いた。そんな彼を見て不安になった雫は彼に疑問を抱いた。
「もしかして、美味しくなかった....?」
罪悪感を抱く彼女に拓也は急いでそれを否定した。
「違うよ!美味しくない訳じゃない。すごく美味しいよ....でも」
「....でも?」
「お母さんが作るカレーに、すごく似てたから。それで....驚いたんだ」
「そうだったんだ、よかった....」
安堵の笑みを浮かべ彼女はぐっと体を前に出して拓也に顔を近付けた。
「因みにそのお母さんのカレーより美味しい?」
少し悪戯な質問をした。拓也はそんな彼女に顔を赤くし、顔を逸らした。
「....美味しいよ」
「そっか、嬉しいな」
嬉しそうに笑う彼女にどんどん惹かれていく拓也は真っ赤な顔を隠すように俯き、母の味に似た雫のカレーを食べる。飲み込むごとに胸がこみ上げてくる。そして遂に拓也は涙を流した。
「ど、どうしたの....?」
涙を流す拓也に驚く雫。彼女は慰めるように彼に寄り添い背中を摩る。
「いや、お母さんのこと思い出して....」
弱々しく泣く彼に驚きながらも雫は、彼に問いかけた。
「私で良かったら、話聞くよ?」
そう優しく問いかける彼女の声は、辛い過去を思い出す拓也の心に甘く、そして暖かく響き渡った。その声に彼は素直に頷き、ありのまま彼女に過去を打ち明けた。
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