第三章「心配」
終礼を終え教室を出ると、雫は既に教室の前で待っていた。グラは彼女に気付くと拓也の腕から離れ彼女の元へ駆け寄った。それに気付いた雫は駆け寄ってきたグラをそっと抱えた。
「こんなに元気な子が病気なんて思えないよね」
「念のためだよ」
彼女は何も言わずに頷いて歩き出した。今までグラに気を取られていたけど、雫はとても綺麗な女の子だと拓也は気付いた。凛とした長い黒髪。綺麗な青い瞳。それについ見惚れてまじまじと見つめていた。その視線に気付いた雫は拓也に首を傾げる。
「どうかしたの?」
拓也はすぐに目を逸らし
「何でもない....」
と言った。彼女は一体どうしたのかと拓也のことを少し心配した。するとグラが雫の腕から抜け出して彼女の肩に乗り、それに驚いた彼女は慌てて足を止めた。
『にゃー』
拓也はそっと肩に乗ったグラを抱えた。そしてグラを撫でる。
「やんちゃだよな」
「そうだね」
そう言って互いに笑った。しばらく歩いていると動物病院に着いた。受け付けでいろいろ話を聞き、不安そうに鳴くグラを宥めて拓也は雫と一緒にグラの検査が終わるのを待った。
「グラちゃん、大丈夫かな....?」
不安を抱く彼女に拓也は笑って
「きっと大丈夫だって。あんなに元気なんだから病気な訳ないよ」
と言って彼女を宥めた。彼女はそれでも不安そうな表情で頷いて俯いた。嫌な静寂が二人を包む。場を和ませようと何か話そうとしても病院なので静かにしないといけない。もどかしさを感じながらも、拓也も不安を抱いていた。時計の秒針が何度一周したのかわからなくなった頃に受け付けの人に呼び出された。
「グラちゃんは大丈夫ですよ。特に問題ありません」
それを聞いて二人は胸を撫で下ろし安堵した。そしてそのすぐ後に奥から籠に入ったグラが戻ってきた。拓也よりも早く、雫はグラを抱えた。拓也は受け付けの人に礼を言って彼女と一緒に病院を出た。
「本当によかった....」
安堵の息を吐きながらグラに頬擦りする。拓也は笑って
「大丈夫だったろ?」
と言った。雫も嬉しそうに微笑み頷いた。彼女はグラをそっと拓也に返した。彼はそれを受け取り抱える。
「グラちゃん、大切にしてね」
「勿論だよ」
そう言うと彼女は小さく笑って手を振った。そして振り返り歩き出した。離れていく彼女の背中は何とも言い難い寂しさを感じた。何故それを感じたのか、そもそもそれが何なのか、今の彼には分からなかった。グラは拓也の頰を足で突く。
「帰ろうか」
グラにそう言って彼は家へ向かった。
学校へ電話をかけると紗江が出た。彼女なら手っ取り早いと拓也は説明なしにグラを連れて行く許可を貰った。制服に着替え荷物を持ち、抱っこして欲しそうに鳴くグラを抱えた。登校するときにいつも見る犬の散歩をしている近所の人とたわいもない会話をする。犬はグラに向かって吠える。初めて見る犬に怯えているのかグラは拓也の腕に隠れるように縮こまる。拓也は笑いながらグラの頭を撫でて宥めた。学校に着いて教室に入ると、拓也はすぐに女子に囲まれた。正確に言えば、グラが囲まれた。グラも全く警戒せず、むしろ彼女達に甘えて戯れた。そのグラの仕草が何だか微笑ましく感じた。チャイムが鳴るまでグラの周りから女子は消えなかった。
午前の授業が終わり昼休みになった。拓也は疲れを背伸びで飛ばしグラのご飯を用意した。猫用のペットフードを持ってきた皿に入れる。グラはお腹が空いていたのかあっという間に全部食べてしまった。拓也も弁当を取り出し昼食を食べる。携帯を片手に食事を取っていると、教室の外に見覚えのある姿があった。
「東さん!」
名前を呼んで手を振ると彼女は少し遠慮しながら手元で小さく手を振った。グラの元気な姿を見ると安堵したかのようにそっと微笑んだ。一体何処へ行くのか気になったが詮索せずに彼は彼女を見送った。そしてまた、何とも言い難い寂しさを感じた。
「鷹ヶ峰くん、東さんと仲良いの?」
突然女子にそう問いかけられて少し戸惑ったが拓也は首を縦に振った。
「まあそんな感じかな。この猫と出会ったのも東さんのお陰なんだよね」
興味のない相槌を打ち機嫌が良いとは言えない表情でその女子は拓也に忠告した。
「東さんとあんまり関わらない方がいいよ」
その言葉を聞いて彼は固まった。そしてそのすぐ後に険しい表情になった。
「どういう意味....?」
その顔を見た女子は慌てた。
「東さんに変な噂とかいっぱいあるから、そういう二の舞を食らうよって忠告しただけだから....!」
そう言って彼女は拓也の元を去っていった。彼女が言った言葉を深く考える。
「関わるなってどういうことだよ....」
そう呟き彼はまだ食べ終わっていない弁当をしまった。苛立ちを感じる彼をグラは宥めるように彼の頰を足で叩いた。
「いてっ....なんだよグラ」
笑いながらグラの頭を撫でる。雫に対する疑問を、彼は彼女に直接聞こうと思いそこで考えるのをやめた。
終礼を終え、拓也は雫に会いに誰よりも早く教室を出た。彼女がいる教室も既に終礼を終えていて雫はまだ教室に残っていた。教室に入り拓也は彼女の名を呼んだ。
「東さん」
そう言った途端、場の空気が凍ったことに彼は瞬時に気付いた。やはりあの女子が言っていた変な噂は本当にあるようだ。そう思い拓也は雫の手を掴んだ。
「場所変えよう....」
彼女の同意を得ないまま拓也は彼女の手を引っ張って屋上へ向かった。雫は何も言わず、抵抗もせずただ拓也についていった。
「屋上はやっぱり涼しいね」
屋上には心地の良い風が吹いていた。転落防止用のフェンスの側にあるベンチに座る。頭上に広がる広大な青空をただ眺めていた。雫はベンチには座らず、ただ拓也の前で立っていた。
「座らないの?」
「うん、座らなくていいの」
静寂が二人を包む。拓也はそっと膝の上に乗ったグラを撫でた。
「東さんに聞きたいことがあるんだ」
「なに....?」
一瞬聞くのを躊躇したが、彼女と関わるのなら聞かない訳にはいかない。
「東さんって....虐められてる?」
沈黙。その二文字が拓也の頭に浮かんだ。嫌な静けさが屋上の居心地を悪くする。
「虐められてるよ」
素直に答えた彼女に驚きながらも彼は彼女を心配した。
「大丈夫なのか?先生とかに相談したのか?」
彼女は冷たい表情をして冷酷な目を浮かべていた。でもその目は彼には向けず目を合わせなかった。
「相談しても仕方ないことだから、誰にも言ってないよ」
「なんで、虐められるのは辛いだろ....」
同情のような感情を抱いた瞬間、ずっと逸らしていた冷酷な目で彼を睨んだ。その目に圧倒され拓也は言葉に詰まる。
「鷹ヶ峰くんって虐められたことないでしょ。だからそんなことが言えるんだよ」
冷たく放たれた言葉が拓也の心に深く突き刺さる。
「私も、鷹ヶ峰くんと仲良くしたいけど、そこまで私に深入りしないで。貴方も私も傷付くことになるから」
そう言って彼女は彼の元から去った。彼女の隔てた壁はとても分厚く熱を通さない頑丈な物だった。静かな屋上で拓也はただじっと空を眺めていた。このままじゃ駄目だ。そう思い彼は立ち上がった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




