第二章「笑顔の誓い」
【前回のあらすじ】
実らぬ恋に悲しむ香を徹は慰め、想いを伝えた。彼女はその想いを受け止めて彼と付き合うことになった。
体を揺さぶられて目を覚ます。目を開けるとそこには香がいた。見間違いか幻か、と思い目を擦り目を覚まそうとしたが香はそこにいた。
「香....?」
「はやく起きてよー。いつもこんなに遅いの?」
「遅いって....なんで俺の家に?」
「インターホン鳴らしても出ないし、しかも鍵閉めてなかったし」
「え、まじで?」
「まじだよ、このバカものー」
そう言って彼女は徹の頭を優しく叩いた。それに可愛げを感じ少し顔を赤くした彼を見て香も顔を赤くした。
「と、とりあえず早く起きて....!」
彼の手を引っ張って無理やり起き上がらせた。
「わかったから引っ張んなよ....」
彼女の手を払って体を起こす。
「朝ご飯は?」
「あー....面倒だからいらないよ」
少し気だるくそう言うと彼女は彼のことを睨んだ。
「それは駄目だよ!ちゃんと食べないと!」
彼の手を握り、心配の表情を浮かべて彼のことを見つめた。それを見て徹は気まずそうに彼女から目を逸らし咳払いをした。
「えっと....じゃあ作ってくれ」
「うん!」
香は嬉しそうに頷いてキッチンへ向かった。徹は独り暮らしをしている。あまり広くはないが不自由なく暮らせている。
「できたよー」
楽しそうな表情でテーブルに焼いた食パンを起きバターを塗った。
「どうぞ」
「ありがとう」
食パンを手に取り食べる。
「美味い」
「そっか」
「....なんか、夫婦みたいだな」
思ったことをそのまま口に出すと彼女は顔を真っ赤にして固まった。
「あ、ごめん....口が滑った」
「ううん....別に....」
彼女は俯いて彼から顔を隠した。顔を見なくても耳まで真っ赤になっているので相当恥ずかしくなっているのは誰でも分かるだろう。徹も少し顔を赤らめて食パンを食べ続けた。
「別に嫌じゃない....恥ずかしいだけだから」
上目遣いでそう言う彼女に心を揺さぶられる。徹は彼女の頭に控え目に手を乗せて優しく撫でた。香は照れ臭そうに笑って
「徹のこと、好きだから」
と言った。徹も優しく微笑んで彼女の額にキスをした。彼女はさっきよりも顔を真っ赤にしてキスされた額に手を当てた。
「俺も大好きだぜ」
赤い顔のまま香は彼に微笑んだ。
「朝飯ありがとう。またお願いするかもしれないから、その時もよろしくな」
「うん」
「じゃあ支度するから、外で待っててくれ」
そう言うと彼女は頷いて外へ出て行った。徹は深呼吸をし、緊張する心を落ち着かせる。クローゼットから制服を取り出して着替える。今までずっと好きだった香と付き合うことが出来たが、素直に喜んでいいものかと徹は少し思い悩んでいた。彼女の本当の気持ちを押し殺してるんじゃないかと、亮太への未練を無理やり消してるんじゃないかと時折見せる彼女の寂しい表情にそう思わされていた。服に乱れがないか確認し、鞄を手に取って玄関の扉を開けた。
「お待たせ」
「行こっか」
徹は頷いて歩み出す。その瞬間香に服の袖を掴まれてそれを止められた。彼は首を傾げながら振り向くと
「鍵、閉めてないよ」
と扉を指差して言った。徹は苦笑いしながら鍵を閉めた。
「不注意だよ?」
「気を付ける」
香がそっと徹の手を握り歩き始めた。それに驚いて固まっていると
「おでこにキスしたくせにこんなので恥ずかしがらないでよ」
と香は少し顔を赤らめて言った。徹はハッと我に返り彼女の歩調に合わせる。少し強く吹いた風はくすぐったくて少しだけ心地よく感じた。その風が香の綺麗な髪を靡かせる。ひらひらとカーテンのように揺れる彼女の髪に徹は見惚れた。その日を境に、香はほぼ毎日徹の家へ向かいに行った。そんな日常に二人は純粋に幸せを感じていたが、徹の悩みは未だ晴れぬままだった。長い間その感情を浮かべていてはさすがに彼女も察し、徹に直接問いかけた。
「なんか最近晴れない顔してるけど、なんかあったの?」
突然の質問に徹は少し慌ててすぐに否定した。
「いや、別にないよ」
香は彼の瞳を強く見つめた。感情を見透かされる気がして徹は咄嗟に目を逸らした。香は徹の頭を軽く叩いた。
「バカ。私は徹の恋人なんだから。今まで言えなかったこと言ってもいいんだよ?」
その言葉を聞いた瞬間、徹は笑った。
「そうだな、隠す必要ないのにバカだな俺」
そう言った途端苦い笑顔は消えた。
「俺のせいで、香は無理してるんじゃないかってずっと悩んでたんだ。亮太への想いを押し殺して苦しいんじゃないかって」
俯きながらそう言う彼に香はまた軽く頭を叩いた。
「バカ。そんなことで悩んでたの?」
「....え?」
呆れるような表情を浮かべる香に徹は驚いた。彼女は溜め息を吐き彼の頰を摘む。
「確かに、亮太に想いが届かなかったことはすごく苦しいけど、だからって徹と一緒にいることも苦しいって訳じゃないよ。それに徹がいなかったら、この苦しみに耐えられなかったから」
その摘んだ頰を笑顔になるように引っ張り、彼女も同時に笑った。
「だからさ、どんなに辛いことも笑い飛ばせるくらいに幸せになろうよ」
その純粋な笑顔に彼は直視出来なかった。その無垢な笑顔を裏切ってしまう気がして、素直に受け入れなかった。
「本当に俺でいいのか....?」
「今更だなー」
笑いながらそう言う彼女はじっと徹のことを見つめる。
「徹じゃなきゃダメなんだよ」
彼を見つめるその瞳には仄かに悲しみを感じられた。それは亮太への未練からなのかは彼女にしか分からない。徹は安堵し彼女を抱き締めた。
「そうだな....俺も香じゃないとダメだ」
「一緒に笑って幸せになろ?」
「ああ」
そう言うと香も徹のことを抱き締めた。窓から差し込む夕陽の光は二人を赤く照らす。二人の冷めて荒んだ心を暖めるように。しばらく見つめ合うと二人はそっと顔を近付けた。唇が触れる前に香は羞恥に耐え切れず吹き出してしまった。
「ごめん、恥ずかしくて無理です」
笑いながらそう言う彼女の頰を今度は徹が摘んだ。
「仕返しだ」
「ごめんってばー」
無邪気な子供のように戯れ合い、そして互いに笑った。
綺麗な青の晴天の空を彩るように桜が舞い散る。携帯を手にしてメールを見る。
『校門で待ってるよ』
そのメールを頼りに徹は校門に向かった。周りには笑い飛ばす人や涙を流す人がいた。桜が彩る景色の中に彼女はいた。
「卒業おめでと」
「お前もおめでとう」
そう言うと彼女は少し寂しそうに笑った。
「この思い出の場所とお別れかぁ....」
徹は振り返り校舎を眺めた。ほぼ毎日眺めるはずの校舎が、この日だけ違って見えた。
「そうだな....少し寂しいな」
「うん....」
冷たい風が優しく流れる。その風に乗って桜の花びらが舞い散っていく。
「あ、亮太だ」
指を指すその方向を見ると亮太がいた。
「ちょっと話して来るね」
「おう」
そう言うと香は亮太の元へ向かった。香と話す亮太の表情は少し寂しさが混じっていた。しばらく会話すると彼は彼女と別れ徹の方へ来た。
「卒業おめでとう」
「お前も」
寂しい笑顔を互いに浮かべる。
「俺は大丈夫だよ。奈美が目覚めるまで絶対に挫けないって決めたんだ」
そう言う彼の顔は強い決意に満たされていた。それを見て徹は安心する。
「それでも挫けたら俺たちのとこに来いよ。嫌になるくらいに慰めてやる」
「そうならなくても行くかもな」
小さく笑い亮太はそのまま去って行った。
「加藤さん、元気になるといいね」
後ろからそう呟いた彼女に何も言わず徹は頷いた。桜が吹く道を歩く亮太の背中はとても逞しく感じた。徹の手をそっと香は握った。
「行こっか」
そう言って二人は歩き始めた。徹はあの言葉を思い出していた。香と交わしたあの誓い。
『どんなに辛いことも笑い飛ばせるくらいに幸せになろうよ』
「これから先何があっても、一緒に笑っていような」
突然そう言った徹に香は驚いたがすぐに笑みを浮かべ頷いた。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
短いですが第二章はこれで完結です。香が幼い頃から抱いてた恋は叶いませんでしたが、彼女は徹に支えられ、そして彼を支えて生きていくことでしょう。亮太と奈美がどうなるか、それはまた別のお話で。では第三章完成までのお別れです。
感想や指摘など頂くと嬉しいです。
続きを楽しみにしてくれると更に嬉しいです。
これらに登場する人物、地域、団体は全てフィクションです。




