精神転移
「僕は君の知識がほしいんだ。」
彼女は突然そういった。もちろん私は人よりも物知りなどではない。普通に生まれ普通に過ごして来た。なにも持っていないのだから、人が知りたがる知識など持っているはずもない。
「私は特別なことなんて知りませんよ。」
はっきりとそう告げた。それなのに彼女はそれでもいいと答える。
「どういうことですか?私に力を与えてくれるといったり知識がほしいといったり、きちんと説明してください。」
思ったことを素直に口にする。
「僕たち魔術師は君たちの世界についてなにも知らない。赤子も当然なんだ。そこに自分より少し大人な少女が現れたんだ。赤子は少女の真似をしたがるのは当然だろう?」
そうだ。ここは異世界なんだ。科学なんてものは恐らく彼らは知らないだろう。そんな彼らからしたら私程度の知識でも喉から手が出るほどに欲しいだろう。
「そうね。私の知識と交換に貴女たちが私に力をくれると言うの?」
生まれてはじめて人より優位にたてた気がした。上にたつというのはこういうことなのだろうか。経験がないのでなんだか覚束無い。だから私は読み間違えた。私は気がつかなかった。彼女の後ろで黙っている男が邪悪な笑みを浮かべていたことに。
「あぁそうだ。君は私たちに知識を与え、私たちは君に力を持った体を与えよう。だから四の五の言わずついてきたまえ。」
待ちきれないといったように男は突然喋りだす。目の前にいる彼女は申し訳なさそうに下を向いていた。
前を歩く男に必死について行く。男はなにか愉しげな顔をしてオモチャ屋へかけていく子供のごとくみるみるスピードをあげていく。ほぼ全速力でやっとついていけるレベルだ。元々体の弱かった私がこんなに走ったのは何年ぶりだろうか。走り続けた反動かはたまた力を持つことができることへの興奮からか音が聞こえそうなほど激しく心臓が鼓動する。
「大丈夫かい?」
後ろをついてきた彼女はいつの間にかわたしの横にいた。私よりも小柄な彼女は息も切らさず横を並走している。走るだけで精一杯な私は意地で首を縦に振る。もう息が切れてしまいそうな時、男が立ち止まっていた場所にたどり着く。
「さぁここにはいりたまえ。」
私は息を整えドアをあけその暗い部屋に足を踏み入れた。
そこはとてつもなく寒い部屋だった。はいた息が口から出たとたんに氷となってしまうようなそんな部屋だった。もちろん、気温がではない。そんな部屋にあるのは二つの魔方陣と手錠がついた椅子だけだった。
「君はこちらにきたまえ。」
男はドアから遠い方の魔方陣に案内した。私の体に手錠をされるとばかり思っていたが実はそうではないらしい。ドアから近い魔方陣に彼女がすわり男は彼女に手錠をかけた。
「さぁ始めよう。我々の宿願にまた一歩近付くために!」
男は感極まったがごとくそう叫ぶ。
「待って!私はどうなるの!?」
彼らの異常さに気がつき恐怖から自分でも信じられないほどの声を出す。
「ただの知恵袋は黙っていろ。」
男はもう私になんて気にはしない。怖くなって逃げ出そうとする。
「すまない。ただそこで君は座っていてくれ。」
彼女の一言に私は体が硬直してしまった。
「汝、その命その身を捨て我が身に宿れ。」
またも目が開けていられないほどの光に包まれた。はたしてどれくらいたっただろうか。何時間のようにも感じる。そして、光が消え目を開けると、手錠がされ椅子にすわり、私は私の体を見下ろしていた。
「え?どういうこと?」
私が目の前に倒れてる。じゃあ私は誰?手錠をつけられてたのはあの子で私じゃなくて、でも今は私に手錠がついていて…
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
大きな苦痛の叫びを聞いた。助けを求める声を聞いた。それは間違いなく兄の声だった。
「ちっ、こんなときに。お前はここで待っていろ。」
男はドアから不機嫌そうに出ていった。
「私もいかなきゃ…!」
それでも手錠が私の邪魔をする。なんでこんなものが。私は兄のもとにいかなければいけないのに!
「ごめんね。あとで説明するから」
そう頭のなかで声が聞こえた気がした。頭の中のスイッチが入れ替わる。
「さぁ僕と一緒に兄を助けに行こうか。カナデ。」
今この瞬間まで私のものとして動いていた口がそのような言葉を口にした。