出会い
警察に保護されてから数時間。何故か兄とは離ればなれにされてしまった。
「兄さんとはいつ会えるんですか?」
ときくと
「まあ、いずれ会えるよ。」
と警察は空返事。それが嘘であるとはわかってはいるが、今は従うしかなかった。とあるビルにたどり着く。すると目の前には不思議な格好をした男がたっていた。とんがり帽子に先の曲がった使い勝手の悪そうな杖。そもそも彼は杖を使うほどに年老いてはいない。いかにも魔法使いだといった格好に、私は少し力が抜ける。仮装かなにかで元気付けようとしてくれているのだろうか?そう思ってみるとなんだか少し落ち着いた。
「あの、魔法使いさん?私になにか用ですか?」
友達のように話しかける。
「あぁ、君の中身に用がある。器の方は要らないけどね?」
なんだか不思議な言葉をはいた。魔法使いの設定かなにかかな?と思い繰返し問いかける。
「要らないって言われると少し傷ついてしまうんですが、具体的な用を教えていただけますか?」
「そうだね。こんなところでする話でもない。じゃあちょっとついてきてくれるかな?」
なんの変鉄もない言葉。綺麗な声から紡がれたその言葉には有無を言わさぬ力があった。
そこは尋問室のような部屋だった。外には見張りがいてどうやら逃げ出せそうもない。目の前には例の魔法使いただ一人。もう不気味でしかない彼は突然こう切り出した。
「残念だけど君のお兄さんは遠いところへいってしまったんだ。」
「えっ?」
「順序だてて説明しよう。僕はイフ。察しの通り魔法使いさ。なんならなにかやって見せようか?」
見るからに大人な彼は大真面目にそういった。
「いえ結構です。」
正直見てみたい気もするが、兄の話を詳しく聞かなければと思った。彼が本物かどうかなんて関係ない。今の兄の状況について彼の方が私より詳しいのなら彼に頼るしかないのだから。
「それで、兄にはどうすれば会えるんですか?」
「順序だててっていったのにいきなり本題に行くのか。意外とせっかちだなぁ、君」
彼は少し不満そうな顔をしたが、それから信じられないような話を口にした。
「彼は異世界にいってしまったんだ。僕の出身地だね。あちらの世界には魔法使いなんてたくさんいるよ。まあ、正確には魔術使いがね。」
流石にこれは信じられない。異世界だなんて、そんなものはあるはずがない。
「冗談じゃなくほんとのことをお願いします。」
「僕はまじめもまじめ、大真面目なんだけどなぁ。人のこと信じた方がいいよ?」
優しい言葉とは裏腹に刺すような鋭い目線に私は息を飲んだ。
「まあ、信じられないならそれでもいい。それじゃあ話はここまでだ。」
「ま、待ってください。続きを…お願いします。」
「初めからそうしてればいいんだよ。じゃあ話を続けるよ。」
彼の話によれば、兄は処分されるはずだったらしいそれをイフが助け異世界に逃がしたらしい。
「それで私も異世界につれていってもらえるんですか?」
「あぁ、じゃなきゃこんな話わざわざしないさ。すぐにでも仕度をしよう。いざ異世界へ出発だ。」
そういった彼は私を魔方陣のかかれた部屋に連れていった。
「ここの中心で待っていてくれ。途中で眩しく光るけど体にはなにも害はない。ただおとなしくしてるだけで異世界へとつれていってくれるさ。それとこれはお守りだ。」
そういって彼は私の左腕に見たこともない文字を血で書いた。なんだかくすぐったいとも思ったが、悪意はなさそうなので受け入れた。
目が眩むような光を放つ魔方陣。反射的に目を瞑る。想像以上の光に驚くあまり、イフの発した
「次は牢屋か。あぁ雑用は辛いね。」
といった言葉を深くとらえることはしなかった。
気がつくと目の前は広い部屋だった。先程の部屋とは明らかに違う。ほんとに異世界へ来てしまったのか。私は別世界に来た不安を紛らすために兄に早く会いたかった。しかし、そこに現れたのは見知らぬ格好の男だった。
「君に力を与えよう。」
突然現れた高貴そうなその若い男は、あまりに脈絡もない話を始めた。
「力がほしくはないか?」
確かに脈絡もない話だが、なにももって生まれなかった私にとって、その話は兄のことさえ忘れるくらい興味のそそられる話だった。
「ここからは僕が直接話すよ。」
突然現れた綺麗な彼女は小柄ながらも私が憧れるような力を持っていた。
「ここは…?」
気がつけば、見たこともない部屋にいる。道場ほどの広い部屋。中心部には光る魔方陣そしてそのさらに心臓部に座り込む自分。周りの様子を把握したとき、その痛みは突然やって来た。
「ああぁぁぁぁぁぁぁ。」
血管が導線になったように燃えている。その火は容赦なく心臓の方へと近づいてくる。これはダメだ。耐えられない。心臓までたどり着けば、爆弾のように自分は消えてなくなってしまうだろう。
「はっ、だ、誰か。助けてくれ……」
自分の死は怖くなかったはずなのに、今はこんなにも辛い。まだ死ねない。まだ役割を果たしていない。だから誰か助けて。そんな声にもならない声に彼は答えてくれた。
「落ち着いて。君は僕が死なせない」
彼がなにか呪文を唱える。その可愛らしい声は自分の痛みを和らげる。
「少し落ち着いたね。さぁ目を開けて?」
優しく彼は語りかけてきた。先程の痛みの恐怖に耐えながら、恩人の顔を見上げる。そこには自分よりも年下であろう可愛らしい顔をした女の子がいた。きれいな銀髪に少しキリッとした目、口元は布で隠れてはいるが、見たこともないくらい綺麗な女の子だった。
「僕はノア。君の名前を教えてくれるかい?」
「叶人…。」
ノアと名乗るその彼女は少しすまなさそうしながらこう告げる。
「カナト、残念だけど僕が助けるのはこれきりだ。それに一時的に静めたにすぎない。先程の痛みはまたいずれやって来る。」
またあの痛みがやって来る。それだけで自分が平静を失うには十分だ。からだの震えが止まらない。そんな自分に彼女はこう言った。
「町外れの鍛冶屋に行くといい。今はこの宮殿は別件で手一杯だ。外まで僕が案内しよう。」
頭が混乱していたが、彼女の言葉に強い強制力を感じた自分はまっすぐ彼女へついていった。自分よりも小柄な彼女はマントのようなもので隠してはいたが、何故か壊れた手錠をはめていた。
何度か高貴な服装をした人とすれ違い、ここは本当に宮殿なのだと理解した。それにしても、彼女は一体何者だろうか。他にすることもないので彼女に質問をすることにした。
「ノア…さん。君は何者だ?そしてここは一体どこなんだ?」
「ノアでいいよ。カナト。君は18歳だろう?僕は16歳。年下だよ。そしてここはどこか…か。説明は得意じゃないし、ここはラプセルという国の王宮とだけ言っておこう。」
「ラプセル…。」
自分は年齢をいっていないはずなのに彼女は知っていたかのように話し出す。
「さぁ、おしゃべりはお仕舞いだ。ここからは残念だけど君一人で行ってくれ。もう会わないことを期待しているよ。」
そう不思議な言葉を残して彼女は去っていく。
「ありがとう。ノア。」
その背中に向けてそう呟くと、彼女は少し顔をかきながら照れ臭そうに早足でかけていった。