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咎人  作者: 東雲裕二
咎人と灰色の海
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咎人と灰色の海 1

 高地の頂上では無数の煙突が黒煙と蒸気を吐き出していた。大型のタービンが低く唸らせながら回転して空気を送っている。土埃に塗れた真鍮製のパイプは複雑怪奇に分裂と合流を幾度も繰り返しながら壁に張り巡らされていた。まるで脈動する心臓の様にぶつかり合った空気が等間隔で響かせた。


 鉱夫達は坑道内を蟻の如く往復する。太った男、小柄な娘、年老いた男、まだ十もいかない少年、様々な年齢の者が人力の荷台に鈍い光沢の鉱物を山の様に積み上げて押し歩いていた。数メートル毎に設置された硝子製のランタンには眩い光を出すカーバイトが音を出しながら燃えていた。


「……もうそろそろで正午か」一人の年老いた鉱夫が胸元から鈍く輝く機械式の懐中時計を取り出して確認する。「朝一番の爆破の片付けも終わった。ここいらで召し時にするぞ」


 その言葉に若い鉱夫は返事をすると、手にしていたスコップを坑道の壁際に立てかけ、壁に送風管と併設して取り付けられた伝声管へと近づき口を近づける。周りの者は腰を何度か叩いて筋を伸ばしていた。


「こちら二十三番坑道。これより昼食に入る」

『……了解。もうそんな時間か」品のいい青年の声が響く。『これまでの作業はどうだ? 問題はないか?』

「ああ、順調だ、だれっこ一人怪我もない。送風管も効いている。午前の発破分も片がついた。休憩後はもう一度発破して採掘だ」


 鉱夫達が採掘している鈍い光沢のある鉱物、貴金属としての価値は皆無であり、脆く崩れ易く加工が困難というかつては塵と扱われていた。だが百年前、突如としてこの鉱物は重要な価値と重要な存在となった。失われた時代からの奇跡、損失時代に匹敵する発明と呼ばれる天才技師ロス・テッサーが発明した機関の重要な核になった。通称ロステッサー機関は熱によって比例式に膨大な浮力を周囲に発生させる仕組みであり、この鉱物の奇跡が起こす現象を技術として使われていた。

 ロステッサー機関の登場前には熱式飛行船や瓦斯式飛行船が主流であった。損失時代により高地での生活を強いられた人の限られた土地での文明には空を自由に飛ぶ手段は重要であったが、気流による制限がかかり自由とはいかなかった。

 また熱式の場合では長距離での熱を生み出す燃料の搭載という物理的な限界、瓦斯式では浮力の要となる瓦斯嚢の損壊による墜落、瓦斯の爆発といった事故が多発した。有能な科学者が幾度となく研究と開発を繰り返してきても限界があった。

 ロス・テッサーは安定し、制御し易い反応鉱物式浮力機関、繊維質の特殊な層で造られた補水翼で大気中の水分を結露させて補給する技術、そして圧縮したコークスしようした熱量を損失させずに効率を最大限にした推進機関、この三つを開発し融合させて発明させたて新時代の飛行船を造った。

 

 この坑道がある都市トールタイツァは世界でも数少ない産出国であった。比較的広大な領土でありながら礫だらけの都市はかつては人の営みが廃れた貧しい土地だった。それがロステッサー機関の登場で現在では鉱山都市として名が広まり、近隣の都市から生きる為に流れてきた人々集まる様になって栄えた。


   ***


 トーマス・ランロッドは革張りの椅子に座って作業をしていた。作業室の窓からは煙突が映っており、部屋の隅に置かれた大型の幾千もの歯車が規則正しく回転し続ける。数分事にガタンと数を繰り上げるの為に回転しベアリングが回る音が響いた。

 トーマスは鴉の羽根ペンをインク瓶に浸した。持ち上げられたペン先からはブルーブラックのインクが水滴となって落ちそうになるが、気にする事なく色あせた書類の上に流暢な文字を書き連ねた。

『ああ、順調だ、だれっこ一人怪我もない。送風管も効いている。午前の発破分も片がついた。休憩後はもう一度発破して採掘だ』机の正面に蜂の巣上に置かれた無数の伝声管の一つから声が来た。二十三番坑道の青年だ。

「解った。昼食が終わるまでには発破までの段取りを計算しておこう」そう言いながら書いた書類を丸め、円筒形の真鍮製容器に詰めて気送管内に入れた。圧縮された空気が容器を押し出す音が一瞬した。「ゆっくりと休んでこい」


 いつもの日常ならばそれで終わりだった。坑道の作業員が監督官であるトーマスに作業状況を報告、順調ならば次の計画を考えて実行しさらに深くへと掘り進める。ただその繰り返しだった。事故がなければ。

『どうした、悲鳴が聞こえたぞ』

「事故か?」新たな書類を書きながらトーマスは単調に答える。坑道内での採掘現場では事故は珍しくもないことだ。

『……奥からだ。落盤か』

「しっかり落盤防止はしたんだろうな」

『しっかりした』青年の声色に焦り等は感じられない。『それにここはしっかりした坑道だ。そう簡単に崩れるとは考えにくい』

「確認して報告をくれ」

 伝声管はしばし無言になる。トーマスは壁掛け時計を見ると立ち上がった。壁に描かれた無数の坑道を記された地図を指でなぞった。もし落盤があったとすると作業工程が遅れるな、と舌打ちした。

『落盤じゃない! 何かがいる!』怒鳴る声が伝声管から響く。『何かがいる!』

 トーマスは怒鳴る声に慌てて椅子に座り直した。

「どうした、何がいるって何がだ」対照的な静かな声でトーマスは尋ねる。

『解らない! だがオルターの爺さんもボルフも、それにエリッタの嬢ちゃんまで食われた!』

 トーマスは首を捻る。先程まで作業していた現場で突然何かが現れて、食われたと作業員が平然と答えたからだ。

「もう一度言う。何がいるっていうんだ」

『解らないんだ! 見た事がないんだ! あれは食ってでかくなってやがる!』

「頼む、冷静になって答えてくれ」

『冷静だって! あれを見て言えるか! あんな人の内蔵のような蠢く得体の知れないものを何だって言うんだ!』

「内蔵?」

「ああそうだ! 落盤で潰れた奴らからはみ出るあれだよ! あれと同じ様な何かがいるんだ! それもでかくなって……」


 伝声管の音が徐々に異変が置き始めた。金属が打ち付けるかの様な音がすると思えば、何らかの力が加わっているのだろうか、鈍い音が響く。

 作業室にあるベルが騒がしくなり始めた。トーマスは何が起きたと背後を振り向く。各坑道に付けられた送風管内の圧力を表すダイヤルゲージが並んで設置されている。一つだけ赤くの塗られたレッドゾーンに針が振り切っている坑道があった。二十三番坑道である。

 もう伝声管からは声が聞こえない。ただ金属の異様な反響音だけが聞こえた。

 トーマスの額に一筋の汗が流れ落ちた。金属の響く音を聞きながら、異常示すダイヤルゲージを見つめながら、頭を整理する。いつの間にか震える手で何かを掴もうと伸ばすと、インク瓶に手が当たり机から落ちた。飛び散った硝子と無惨に広がる紺色のインクが床板を汚した。

 硝子の割れる音ではっ、と我に帰ったトーマスは別の伝声管に向かって叫んだ。

「誰でも良い! 二十三番坑道をすぐに爆破して塞げ! 何かがいる!」


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