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咎人  作者: 東雲裕二
咎人と灰色の海
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ロス・テッサーの遺言

 真実とは必ずしも正しいとは限らない。何故ならば真実とは勝者によって脚色された物語だからだ。時に虚構は真実となり、また逆も然り。しかし何者にも干渉されないものを真実というならば、その存在を証明する事は難しく、形に表す事が出来ない己自身の思いではないだろうか。


 九百年前、何が起きたという真実を知る者は存在しない。それまで築き上げてきた文明は失われた。海は濁り腐り果て、大地は枯れ果てた。我らがアンダークラウドという灰色の雲海は光を遮り常夜へと変貌し、毒を含んだその風は生きるもの全てを屍と変貌させる。死が覆うとする世界から人は逃れる様にして高地へと営みの中心を移動した。だが、何故そうなったかは誰も語られる事がない。真実という伝説は私は父から、父は祖父から、祖父は曾祖父からと語り継いだ言葉を伝承しただけだ。誰もがその顔に持つ二つの眼で滅びゆく惨状を見た訳ではない、二つの耳で死に絶えゆく悲鳴を聞いた訳ではない。

 

 いや、一人だけその眼で、その耳で真実を見聞した者がいた。全ての禍の元凶、希望を打ち砕きし者、人類を裏切った咎人、そうヴィクトール・ジュダスだ。私は彼を知っている。何故ならば私が幼き日、彼と供に損失した時代の遺物である黒き空飛ぶ船で私は彼と供に過ごした。


 かつて行き過ぎた文明により終局へと進んでいた人類に、新たな世界を導く為に一人の青年が英雄として立ち上がった。青年の名はカールス・マイゼンバッフ。科学者だったカールスは世界の崩壊を防ぎ、新たな未来を開拓するという計画を高らかに宣言した。世界中から志を同じとする十二人の賛同者が集まり、供に活動する。人々は彼らを「十三人の開拓者」と讃え、そしてその中にヴィクトール・ジュダスもいた。ヴィクトールはカールスの友であり、そして良き理解者だった。だが、突如仲間を裏切り、計画を破壊し、そして友を殺害し消えた。だが、彼は今なお存在している。


 無線ラジオから流れる単調的に繰り返し語られる美しい調べの女性のノイズもまたヴィクトールの裏切りを知らせる。十三人の開拓者の一人マリア・ジュペ・カスリナの聲。


「ヴィクトール・ジュダスが裏切った。我らの未来への先導者を殺害し、彼によって希望は絶望へと落ち、母なる大地は呪われし怨嗟の瓦斯で崩壊する」


 ノイズは感情を感じさせない。ただ永遠と、新たな文明を築いた現代ですら繰り返し流れて咎人の名前を糾弾した。まるで狂った蓄音機のようにだ。


 かつて、行き過ぎた文明により崩壊したとするならば、私もまた咎人である。神が望んだ事なのか、いや偶然の産物にいかなる第三者が介入する意志等が存在させる余地もないだろう。喩え万物を創造したと古に考えられた神ですら作れなかった技術だ。


 私の名前を付けられたエンジン。熱式飛行船を遥かに進化させ、長距離航路を安全に、且つ安定して運用出来る我が発明しエンジン。かつての友と再び、いつか同じ空を飛べる事を願って作った発明。損失時代の遺物の模倣であり、憧れであり、彼の見つめる世界を知りたいと思った。


 が、希望は何時だって打ち砕かれる。純粋に願えば願うほど、濁りきった絶望へと変わるのだ。窓からは限られた領土を奪い合う為に今まさに飛び立たんとする私のエンジンを載せた武装飛行船が見える。船頭にはこの地を治める領主の紋章を高らかに、そして世界の大半を統治する愚かな三賢人の御旗が!


 造られし闘争、造られし平穏、造られし栄華、何と愚かな悲劇が。そしてそれを招いた私は何と言うべき愚かであり、大罪人か!


 三賢人の前にして名誉を讃えられた記憶がありありと蘇る。なんと忌々しい記憶か。あの穏やかな笑みの裏側で彼らはこうする事を考えていたのだ。あの賢人機関が、その忠実なる僕の調律騎士団も。全てが安定し調律した世界の為だと、何を言うか、すべては造られし茶番劇ではないか。


 私はただかつての友人と空を飛びたかった。あの夕焼けの、水平線の向こうを見ようと語り合ったあの時の様に。ただそれだけだ。されど、それも二度と叶う事もないだろう。もう手に力が入らない。緩やかに死が私を浸食していく。もう長くはないのだろう。


 もしこの遺言が友に渡ったとすれば、友に我が最後の作品を譲りたい。私はもう空を飛ぶ事が出来ない。すでに立ち上がる力すら残っていない。だが、我が作品は私の存在そのものだ。全ての始まりであり、我が最高傑作。そうだ、古の時代の美しい鳥であり、空中を自在に飛んだり、浮いたりしたと言われる鳥の名をつけた小型飛行艇コリブリだ。


 我が友、いや、ヴィクトール・ジュダスよ。飛行試験時の刹那の雲の切れ間から友を見た。そうだった、あの時私はお前と供に空にいたのだった。


 私は先に逝く。だが、急ぐ事はない。私はお前と供にある。忘れないでくれ。


   署名 ロス・テッサー

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