ハーヴェイ、旅の仲間と合流する。
元来竜は高い知能を持つ知的生命体らしい。これはラダと、意外な事に元の世界でも共通だというハーヴェイさんの言から知った事だ。ハーヴェイさんが言うには、この国の現在の在り様は、所謂人間と魔族とのバランスが崩れた状態らしい。それまで上手く行っていた関係に胡坐をかき、これぐらい大丈夫だろうと欲を出した人間の行動の結果だと辛辣に彼は言った。何だか、実感がこもっている様子に思わず口が滑る。
「何か昔あったんですか?」
そろそろ宵闇が深まる頃、夕食ついでに騒がしい酒場の席で飲み食いしていた私は、好奇心に負けて彼に声をかけていた。それに飲みかけた酒を止めたハーヴェイさんは、とても驚いた顔をして私を見る。
『最近の蒼穹の使徒は、聖句のみならず、あの虚偽にまみれた神話を勉強しないのか。嘆かわしい事だ』
『む、失礼な。今でも魔族が人間を滅ぼそうとしたって話は勉強しますよ』
魔族の天敵であり、私達の漠然とした信仰の蒼穹信仰について話を振られれば、共通語である言葉にもつられ、感情のままに口に出してしまう。むっすりとした顔の私に、彼は『では何故』と返してきた。
『我が王の御子を弑した人間に、我らが復讐したまで。俺は、王に仕える古参の一人で、あの時代を知っている』
ハーヴェイさんの顔は、陰鬱な表情を作ったのだが、衝撃的な事を二つ言われ、混乱したまま私は、より印象に残った方の質問を続けた。
『え、ハーヴェイさん、そんなにお年なんですか?!』
『そうだ。二百を超えた辺りから、数えるのをやめた』
『に、二百歳!?』
驚く私に多少奇妙な顔をした彼は、『二百万だ』とさらりと続けた。桁が違うと、思わず私がむせると、背中をさすりながらも同席についたラダが文句を言った。
「ちょっと、二人とも。私に分からない言葉はやめていただきたいんだが」
『すまない。私の過去の事で少しな』
むせている私に代わり、ハーヴェイさんが言えば、「へぇ」と多少興味あるような声音のラダ。その視線は先を促すものだったが、ハーヴェイさんは空気を読まないのを発揮したらしく、それを無視して酒を飲んだ。そう言えば、ラダもハーヴェイさんも結構な量を飲んでいるのに、酔った気配はない。
「お酒、強いんですか?」
そう心配して問えば、ラダは頷き、ハーヴェイさんは『これぐらいでは酔わない』とジョッキを空にした。
『さて、ここに来た目的について、だったな』
そうして話を戻したハーヴェイさんは、唐揚げの添え物のキャベツの葉を齧りながら続けた。
『竜が高い知性と力を持つ生物だとの話をしたと思うが、以降、ラダとこの国の者と、話をしていてわかった事がある』
曰く、黒い竜は元々この国と隣国の境にある山に長年棲んでいたという事。それも珍しいことでなく、代々棲み続けているらしい。その棲んでいた場所に尤も近い町がここだと言う事を彼は話した。さらに、町で聞き込みを行った結果、ここから数キロ山に向かった先にある村は、長年その竜を観察してきたとわかり、明日にはそこに向かう事も。
『あの黒い竜が城に現れ始めたのは、娘、お前が来る少し前からだったという話だな』
「そうです。それよりハーヴェイさん、そろそろ私も名前で呼んでください」
おじいちゃん魔術師が話してくれた事を思い出しながら頷き、そうして苦言を言った私に、ハーヴェイさんは事もなく『聞け』と黙らせてくる。
『俺はあの城で、莫大なエネルギーを感知した。それが黒い竜と関係があると考えている』
ハーヴェイさん達、元の世界の魔族は、世界や現象を情報とエネルギーとして捉えるのだと言う。それは常に物の構成や定義、力のベクトル、熱量などを瞬時に把握できると言っても良い、大変チートな能力であると言えた。最初から人間を信用する気がなかった彼は、原因といわれる黒い竜と同じようなエネルギーを持つそれを感知し、それにより、城の人間の言葉を益々信用できなくなったのだという。
『心当たりがないはずがない。あわよくば何も知らぬ人間を利用して、竜を始末しようという魂胆だろう。それにそれほどの力を持つ者なら、功績を作らせ、名目をつけて取り込みたいと思うのが施政者だ』
『人によるがな』と続けられたのは、自分の国の王様の事を思ってかもしれない。ハーヴェイさん達魔族は、蒼穹神殿で教えられた通りの絶滅なんてしておらず、彼らの王である魔王が人間とは別の世界を作って、そこで暮らしているらしい。人と争い、神殿から狙われるようになった魔族を守るためにしたのだと彼は語り、魔王を含めたそれに誇りを持っている事が窺えた。私も随分と、敵対種族であるはずの魔族に精通したなと思う。
「じゃあハーヴェイさんは、あの偉い人達は私達を返す気がないって思っているんですね」
『十中八九そうだ。そしてあの高エネルギーは恐らく、俺達が失敗した時に、次の召喚に使われる』
「え?」
魔族とのトラブル解決を失敗する事前提に話すそれにぞくりとすれば、彼は『だからこその、護衛だ』と凄みを帯びた笑みを浮かべた。
『望んでこの国から出れば、何とでも理由をつけて魔王を討伐に行った事と出来る。それから適度に頃合いを見て、取り込めそうならば帰還を、そうでなければ”護衛”に命じてある事を実行すればいい。その過程で竜を含めた数々のトラブルが解決すればよし、そうでなければそれを理由に再び召喚を行う事になるだろう』
「でも、私達は今、彼らと別行動中ですよ。その計画はもう使えないんじゃ…」
言いかけた私に、再度彼は『そのための、”護衛”だ』と繰り返した。その手の動きは、”伏せろ”。咄嗟に体が動いたそこに、隣に座っていたラダの手が伸びる。しゃがみこんだ私に見る余裕はなかったが、次の瞬間、ハーヴェイさんが剣を抜いてラダの剣を受け止めていた。
「よく気付いたな」
『真に苦痛を味わった者の目が、そんなに明瞭なはずはない。これに関して、俺は一日の長ありだ』
言いながらハーヴェイさんは、しゃがんだ私を跨ぐようにして立ち、ラダの剣を受け続けている。急なチャンバラ劇に、酒場の席の回りは一気に騒然となった。怯えながらも近くにハーヴェイさんがいる安心感から目を開ければ、関係ないのに喧嘩に興じる人に混じり、城の兵士の姿が見える。
『ハーヴェイさん!』
ラダの剣を受け止めた背後、彼に大きく振り被る兵の姿が見え、咄嗟に叫ぶ。けれど、分かっているかのように彼は片手を操作して、ぴっと兵士の首元に短剣を止めた。
『娘、外で大声で叫べ。バックス達が来ている』
『えぇ!? でも”護衛”って…』
『早くしろ』
短く告げると、ハーヴェイさんの足だろうか、ドンっと背中を押されて転がり出る。皿が飛び交う中、這うようにして外に出れば、騒ぎを聞きつけたらしい懐かしい彼らの姿があり、言われた通り大声を上げた。
「聖女さま!?」
声をかけてきたのは、副騎士団長であるレシュ。次いで神官であるタンダードが近くに屈み、こちらに怪我がないかを尋ねてくる。そこにハーヴェイがいないと気付いた冒険者のバックスが剣に手をかけて酒場内に向かうと、次いで魔術師のノーアが杖を棍のように手に取って続いた。
しばらくドタバタと音がしていただろうか。静かになった頃合いを見計らってレシュやタンダードと共に覗き込むと、城の兵やラダを締め上げる彼らの姿が見えた。
「旦那ぁ。色々と説明してもらいますからね」
憤慨するバックスと、「全くだ」と長い髪を切ったノーアの言に、ハーヴェイはただ肩を竦めた。
* * *
まるで逃げ出させないようにぐるりと囲まれて座り、私とハーヴェイさんは元の旅の仲間と対峙していた。六人で座るにはとても狭い宿泊室だが仕方がない。異様な圧迫感を受けながらも、私と違ってハーヴェイさんは緊張していない様子だった。これまでの経緯を簡単に説明しながら、バックス。
「旦那たちが居なくなったのに気付く前まで、あの町で精霊との喧嘩三昧だったよ。そして結局、旦那を追い駆ける方に決めた。とまぁ、俺達はこういうわけだ。次は旦那の番だよ」
それに頷いたハーヴェイさんは、『その前に確認したい』と口を開いた。相変わらず何を考えているのかさっぱりなこの人は、まず口頭を切ったバックスさんをしかと見据える。
『お前は、亜人の血が混じっているな。また、今回の件で自ら同行を申し出たと聞いている。穏健派の人間か』
何の事かわからない私に、ハーヴェイさんは今回の召喚に関しての城での派閥争いについて説明した。竜が強襲するように仕向けたのは、恐らく召喚を推した強硬派の自作自演であり、権力争いで負けた反対派が再起を図るために旅の同行を申し出たり、選ばれるように仕向けたのだろうと。
「………相変わらず何処で見てるかわかんない御仁だね」
遠回しに肯定したバックスさんは、「ちょっと離れてくれよ」と一人立ち上がって隅に移動すると、皆が見守る中、亜人特有の変身をした。共和国の一員である亜人たちだが、その地位は現在でも低い。彼らを擁護するのも穏健派であると神官のタンダードが言う。
「バックスさん、熊だったんですか」
ただ驚いたのは私一人だったようで、他のメンバーに動じた様子はない。ハーヴェイさんはきっと魔族特性というチート能力だろうが、他の皆は何だと様子を窺うと、魔術師であるノーアさんもまた立ち上がってバックスさんの隣に並んだ。
「え、まさか…」
「そう。私も亜人だ。彼と違い、純血種だがな」
ノーアさんはバックスさんと違い、人型がベースな種らしく、背中の羽を見せてくれる。じゃあ、他のメンバーもと後ろを振り返った私だったが、神官に騎士は片手を横に振った。この人達は人間らしい。
「けれど穏健派の人間には間違いない。今にすれば、前回は無茶を言ったと思っている。二人とも済まなかった」
森の精霊に会った町での事をノーアさんが詫びれば、騎士と神官は苦笑した後、土下座と同じ意味のある祈りのポーズをした。何だか再び仲間として纏まった空気に、私が感動してジーンとしていると、ハーヴェイさんは酷く冷静な様子で各人を眺める。
『お前たちの権力争いに興味はないが、召喚を今後阻止したい目的は一緒だ。手を組もう』
あくまで冷淡に告げた彼に、バックスさんが何とも言えない顔で突っ込む。
「そんな事言って、俺達が後からついてきている事に気付いていたでしょう、旦那」
バックスさんの突っ込みに驚愕した私は、しかしラダが襲いかかって来た際の彼の言動を思い出して納得した。何故か目立つ暖色の旅装束を着たのも彼が最初であるし、あの酒場を選んだのも彼だ。怪訝な顔をする私に気付いたか、ハーヴェイさんは『逆だ』と口の端を上げる。
『途中から不自然に情報が集まり出したのは、お前たちの仕業だろう。その手に乗っただけだ』
「………気がついていらっしゃいましたか」
騎士のレシュさんが言った事に今度こそ唖然としている私を放置して、ハーヴェイさんは低く笑った。
『ここに誘導したと言う事は、既に証拠は集まっているのだろう。後は城に帰るのか』
「いいえ。しかし手に入れた情報はお伝え出来ます」
神官のタンダードさんが身を乗り出し、やや低めた声で囁いた。それは、二頭の黒い竜は番である事。また、それらの卵が産まれたらしい事も村の人間は確認していたと言う事である。
「それって…」
『愚かしい事を』
悪い予感がする私と同じように、ハーヴェイさんは嫌な記憶を思い出したように歯を剥いた苦渋顔をした。
『竜の仔が居る場所はわかるのか?』
それは「まだ分からない」と返され、ハーヴェイさんは眉根を寄せる。そんなの、魔族特性チートである、お得意の”情報を読む”事で何とか出来ないのかと尋ねた私に、彼は何かを諦めたように話した。
『城で同じようなエネルギーを感知したと言ったが、正確な場所を知ったわけでなく、召喚の為の術式を通してその存在を知ったのだ。結界とでも言おうか、外部から感知されない場所にある可能性が高いのだ』
「じゃあ、城にこっそり侵入して探しだすしかないですね」
ハーヴェイさんの言葉を受けてそう言えば、彼は一瞬こちらを眺めた後、『お前も来る気か』と当然ともいえる質問を返した。言葉にされたわけではないが、明らかに足手まといだと言わんばかりの態度に憤慨する。
「当たり前です。ここまで一緒に旅して、最後だけ私をのけものにするのはやめてください」
途端に渋い顔をするハーヴェイさん。珍しい彼の表情にバックスさんが笑い、「それもそうだ。旅の仲間だもんな」と肩を持つような発言をした。レシュさんからは「無責任だぞ」との嗜める声も聞こえたが、タンダードさんが「あっ」と何か思いついたらしい。
「そうです。ミズハ様にもご協力いただく方がよろしいかもしれません」
途端に6人で顔を突き合わせて元の円陣に戻る。タンダードさんの案はこうだ。まず、旅の疲れを癒すため、また長旅に慣れていない聖女の要望で城に一時帰還する。すると私達の為として、城の重鎮たちは大なり小なり慰問パーティが開いて情報を聞き出そうとするのは必須である。それを逆手に取って、仲間の大半は聖女の護衛につくが、その裏で少数にて城の捜索を行い、竜の卵を保護し、彼らに返還する。
「単純ですが、とても効果的だと考えます」
説明を終えたタンダードさんが言えば、顎に手をやって考えていたバックスさんが「人数の割り振りはどうする」と話を詰め始めた。
「聖女の隣には、守護戦士がついていて欲しいものだが…」
『それはお前たちでも十分通用する。俺は、影を使い何処でも侵入できる以上、竜の仔の捜索には最適だ』
「では、もう一人は場から浮きそうな冒険者を捜索に当てましょう」
レシュさんが言う事に首を振って拒否するハーヴェイさん。その隣では、仲が良いのか、タンダードさんがバックスさんを揶揄している。
「では、ミズハ様。レシュとタンダード、そして私がエスコートさせていただきましょう」
各人の役割について話し合い、ノーアさんが私の手を取って口付の真似をしながらそう言った。
* * *
華やかな音楽と場の雰囲気に、自分の場違い感が浮かびあがってしまって気恥ずかしい。最後まで仲間として一緒に頑張りたいと言ったのに、もう何度目になるか、無意識にドレスの裾を擦り合わせて耐えている状況だ。ちらりと隣を見れば、着飾ったレシュさんに、タンダードさん、ノーアさんが周囲を固めるように居り、それだけが救いである。
「何か、飲み物でも?」
ガチガチに緊張しているのが分かっているのか、ノーアさんがしきりに気を使ってくれているが、力ない笑顔で笑いながら断る。レシュさん達三人の壁が壊れれば、外に待ち構えている言葉巧みな大人達にある事ない事しゃべらせられそうで、目が合うのも怖かった。
「ハーヴェイさん、大丈夫ですかね…」
何かやっていないと気がまぎれないと声に出たのは、この場に居ない同じ世界の住人について。貴族でないからと出席を止め、秘密裏に竜の卵の捜索を行っているバックスと一緒のはずなので、当然姿はない。けれど、ただ彼らの身を案じたのではなく、ハーヴェイさんは特に、旅疲れで出席を断れば怪しまれるからと、故意に崖から落ち、肩から胸にかけて大きな怪我を作っていたから心配だ。旅のメンバーも顔を顰めるような怪我であったが、彼はけろりとして、すぐに再生を始める体を見せながら、『人間と違い丈夫に出来ている』と説明してきた所も、人間の側からすれば危機感が足りないような気がして心配なのだ。
「ご安心ください、ミズハ様。バックスもついていますし」
解毒が使えるため毒見担当になっているタンダードさんが軽い飲み物を口にして、苦笑する。言葉の裏には、ハーヴェイさんに無茶はさせないという意図も読めた。何せハーヴェイさんは、折角作った怪我が早く治っても困るのでと、血が流れやすい毒(蛇毒らしい)を用意して、脂汗を浮かべつつ傷に擦り込んだりしているのだ。それから説得力があるよう、血糊の痕を大げさに残したいと、服が真っ赤になるまで歩き詰めて城へと入り、信用を得るために城の医者にかかって、今頃は睡眠剤で眠っている設定である。失った血は早く戻らないと思うので本当は休養が必要だろうに、捜索の為にまた動き回っているから、心配するなというのが無理だ。
「バックスだけで止められれば良いがな」
同じ様に思ったのだろう、話を聞いていたらしいノーアさんが周囲に聞こえないよう小さく苦笑した。笑顔で過ごしているものの、周囲を警戒するように外に向けているレシュさんも、ノーアさんの言葉に笑った。
「確かに、彼に本気で動かれると、俺達四人がかりでも止められないだろうな」
「流石は勇者と言った所か」とレシュさんが感心混じりに言い、はっと気付いて、ハーヴェイさんには黙っていて欲しいと苦笑いした。ハーヴェイさんの勇者嫌いは皆知っているので、レシュさんの冗談にその時ばかりは頬が緩む。少し余裕を持って周囲を見れるぐらいにリラックスした私に気付いた三人は、「まだ時間が長い」と個人的な談笑用のテーブル席へと移動した。
「そういえば、ミズハ様は彼と同郷なのでしたか。どういった世界なのです?」
魔術師としてか、異界に興味があるらしいノーアさんが尋ねて来、レシュさんも「気にはなるな」と足を組んだ。自分の世界について尋ねられるのは嬉しいが、どう言ったものかと考えてしまう。
「私達の世界では、魔法という概念はなく、科学というものが発達し、空に浮かぶ星々で一定以上の条件が満たされたものは、人が住める星として整備して住んでいます」
「空の星を?」
「いやいや、それよりも、魔法の概念はないのに、なぜハーヴェイは使えるんだ?」
どうもイメージできなかったらしく、変な顔をするのはタンダードさん。けれど、即座にレシュさんが突っ込んできて話の流れが変わる。ノーアさんも身近に分かる魔法の話の方が喰いつきやすかったらしく、ハーヴェイさんを思い浮かべているようだ。
「ええと、ハーヴェイさんが言うには、威力や規模、技の多少はあるようですが、≪魔族≫は誰でも使えるようです。あっ、それから、私達の宗教、蒼穹信仰の神官にも、似たような≪神法≫という術があると聞きます。見た事は、ない、ですけど…」
自分たちの世界は、グランディス人類と出会ってから飛躍的に科学が進歩して周囲に蔓延しているので、魔族など神話の話だと思っていた時分、一握りの神官が魔族に対抗するために作った≪神法≫など手品の類にしか思っていなかった。確か年に一度の神期祭では、テレビに神殿の様子と≪神法≫で作り出される華の幻影などが映し出されていたようにも思う。あまり興味がなかったので、ここで上手く言葉に出来ないのが悔しい。
「ふむ。ミズハ様、その≪魔族≫とは人間とは違うのか。亜人のようなものだろうか」
ノーアさんを眺めながらレシュさんが問うが、一瞬、私は頭を悩ませた。繰り返すが、魔族なんて恐竜の化石のようなものだと思っていたのだから、説明らしい説明が出来ない。
「ええっと、魔族とは、私達の世界の女神と敵対している種族で、過去に人間を滅ぼそうと大虐殺を…」
「あのハーヴェイの種族が? とても信じられませんね」
「うっ」
タンダードさんの言葉に、私もうっと詰まる。人間を殺す残虐な種族だと教えられていた魔族のハーヴェイさんは、多少人間嫌いの気はあるも、概ね親切で誠実だ。感情のままに理不尽な振る舞いをするわけでもないし、人間を食べる素振りなども一切見ない。人と同じものを食べ、人と会話し、人と共存している。
「………ミズハ様の世界にも、色々とあるようだ」
私の難しい顔を見てか、どこか納得したような、苦笑するかのようなノーアさんがしみじみと頷いた。
「穏健派に所属をしていても、どこか異界には見た事もないような、とんでもない力があるかもしれないとどこかで思っていましたが、ミズハ様の話を聞き、私自身が理想を相手に見聞きしていた様に思います。立場や状況が違えど、貴方がたと私たち、お互いの根本が同じだと感じられます」
「まぁ、ハーヴェイは無茶苦茶だ。場馴れしている事もそうだが、あの影魔法は便利すぎる」
初めて心が通ったようにノーアさんが微笑み、そして空気を戻すようにレシュさんが忌々しそうに言った。王子様のような金髪碧眼の柔らかい顔立ちだが、案外レシュさんは負けず嫌いなのかもしれない。それまでの旅で見えなかった彼らの人となりが見え、完全に肩の力が抜けて私たちは微笑んでいた。