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ハーヴェイ、異世界で旅をする。

 日が沈んでから風が強い。まるで台風のような強い風に窓がガタガタと揺れて、軽い恐怖を感じてしまう。それでも蝋燭の明かりか魔法による光源確保のこの生活、すぐに眠気が襲って来て私は寝入ってしまった。そして私は夢を見る。





   * * *






 はっとして目を開けると、まだ真夜中で、外の風は依然強いままだった。何か服が張り付いて気持ち悪い気分になり、首を拭おうとベッドを下りた。そのタイミングで鍵付きのドアがノックされる。ここも治安は悪くない国だが、下手に返事をしたり開けてはいけないと教えられているし、そうすることが自然だと思っているので、咄嗟に息を止めていると、『娘、起きているか』とハーヴェイさんの声がかかり、慌ててドアを開けた。

『夜分にすまない。少し話がしたい』

 かけられた声はとても小さい。時々だが、他の同行者に聞かせたくない話がある時、彼はこうやって夜に尋ねてくる事があった。その時私は彼の顔を見ない。普段は意識しないが、こんな薄暗い夜には彼の眼は内部から発光するように光って見え、魔族であると意識して恐ろしくなってくるためだ。

 私達アース系の人類が信仰している蒼穹信仰イースファルロットでは、≪魔族≫は≪人間≫を滅ぼさんと魔王を筆頭に虐殺を行ったとされている。そうして人間の悲嘆に応じて蒼穹の女神が降臨し、魔王を含めた魔族を滅ぼしてしまったという話だ。魔族が居たという痕跡は残っているものの、ほとんどが形骸化したその信仰を真剣に思っていたわけでない私でも、ハーヴェイさんの光る眼にはぞくりと恐怖が湧きおこる。ハーヴェイさんはそういった人間の身体反応(脈が速くなる等)もわかるらしい。そういう時、普段読まない空気を読んで、彼は極力紳士的に、普段以上の振る舞いをするのだとそろそろ分かってきた。

『どうしたんですか?』

『他の奴らが起きる。申し訳ないが、下の食堂を使おう』

 夜中まで飲むような気の良い人間はいなかったらしく、今日は下の食堂も暗いままだ。上着を取って来て頷くと、彼は蝋燭をこちらに渡して、真っ暗な中をさっさと歩いていく。彼は夜目が利くらしいのも、今まで一緒に旅をしてわかっている。流石は魔族と着いていくと、中央の、窓から光源が差し込む場所のテーブルに光る眼を見つけた。

『眩しくないですか』

 互いの顔が見えないと不安なので蝋燭をテーブルの中央に置きつつ尋ねれば、『問題ない』との声。本心はどうあれ甘えさせてもらおうとそのままにして席に着くと、早速彼は話し始めた。

『以前の、あの”護衛”達についての話を覚えているだろうか』

『えぇ。万が一の場合は、私達を害するかもしれないという話ですよね』

 用心深いのは知っているものの、まさか仲間にまで疑いの目を向けるとはと、最初は驚いた私だったが、よくよく考えればありえない話ではない。そのため、二人の会話は基本的に元の世界の共通語である。ただ、その考えを打ち明けるまでの関係に、私達もなった記憶がないのだが、彼は私に関しては除外している様だ。

『ハーヴェイさん。失礼ですけど、私もその可能性があるんじゃないんですか?』

 何の条件があるかわからないが、何だかもやもやして、彼を傷つけるように言えば、仕方ない子供のいたずらを見るような目をされた後、鼻で笑われた。

『俺がお前を特別に目にかけているのは、同じ異世界の住民だからに過ぎない。あの時、お前の”家に帰りたい”という思いを感じた。だから、こうして家に帰りたい者同士として扱っている。けれども、お前が今の立場を望むのならば仕方がない。最後はお前をここに置いていこう』

 未だ帰る目処は立っていないのに、帰る事を前提に、彼は真っ直ぐ話した。今、物凄く試されているように感じて、即座に首を振る。

『やっ…やだなぁ…。 こんなところにずっと居たくないですよ』

『ならば、無駄口を叩く事はやめるんだな』

 そこでその話は終わりという顔をして、次に彼は本題に戻った。

『単刀直入に尋ねるが、今夜、夢を見ただろう。半透明の一角獣が出てくる夢だ』

 一角獣といわれて馬を想像する人が多いだろう。けれど、私は彼の言葉にドキリとした後、まるでサイのような角の生え方をしたイノシシの姿を想像していた。彼の言う通り、私は、そのイノシシが大群で山を下るその夢を見ている。言葉は通じないはずの彼らからは、強い怒りと悲しみがないまぜになったような、大きく叫び出したい気分を受け取った。そしてそれが向かう先は、この町、もっと言えば、人間だ。

『俺には幻術の類に感じられた。まだこの町の人間には尋ねてはいないが、一定間隔でこの町の人間は夢を見ているだろう。また、上の連れらもあの夢を見ている。魔術師などは抵抗力が高いので、そろそろ起きるだろう。だから、先に娘、お前を起こした』

『ハーヴェイさんは、あの夢が人為的なものだって言うんですか?』

『そうだ。そして、近々起こる事だと思っている』

 あっさりと言われて息を呑んだ私に、彼は少しだけ視線を外しながら続ける。

『俺は、あの怒りの原因と止める術を知らないし、恐らく止める事が出来ないと思う』

『そんな…。じゃあ、ゴブリンの時みたいに皆で…』

『相手を殺すか? あの種は自然としても増えすぎていた。だからこそ、俺は人側に加勢したに過ぎない。今回はそれとは違う。他の奴らがそう選択したとしても、俺は手を貸せない』

 きっぱりと拒否を示したハーヴェイさんを眺めながら、私はゴブリン討伐の時の事を思い出していた。町を呑み込むかのような大群に、城から同行してきたメンバーも一度引いて作戦を立て直そうという程だった。大量虐殺が可能な魔術師長次席までそう言うのだから、この世界の人間では不可能だった事だろう。それをハーヴェイさんは10Mを越えるジャンプに、残像が見える移動速度、ゴブリンの影から杭で貫くような影魔法を使って殲滅していった。一番印象的なのは、厄介な相手と見て迫って来る一団の影を大鎌に変化させ、一薙ぎで何十もの命を刈り取った事。あの時、蒼穹信仰の話通りだと思ったのは、未だハーヴェイさんに話す気にならない。そんなハーヴェイさんが拒否を示した事に、私は衝撃を受けていた。

『じゃ、じゃあ、この町はどうなるんですか? 町の人は?』

『―――――…この町の状況は、こうして夢として予め警告されている。また、俺も上の奴らを通して代表者にかけ合ってみよう。けれど、それでどうするかは、人が決める事だ』

 随分悩んだ間の後、そう一気にハーヴェイさんは言った。そこでやっと私も気がつく。何かの理由があれ、ハーヴェイさんは今回の災厄を見逃すつもりで、そうなれば人側の都合が悪い訳で。そうして監視とも護衛ともつかないあの5人が同行してきた意味は。

『ハーヴェイさん、次の町へは一人で行くつもりなんですね?』

『………そうだ。だから、娘。お前にも尋ねている。 俺についてくるなら、何があろうともお前を家に帰してやれる』

 最後にハーヴェイさんは『我が王と真名とにおいて誓おう。俺を信じろ』と手を差し出した。

 そうして私は―――。





   * * *






『あの町、あれから無くなったみたいですよ』

 先程買った新聞のような情報誌を手に言えば、二三歩先を歩いていたフードの人物が足を止めた。合わせて止まると、すぐに再び歩き出したその人は少し残念そうに『そうか…』と呟く。彼の脳裏にあの町の事が思い出されれば良いと少しだけ意地悪に思ったのは、自分の中の罪悪感を軽くするためだろうか。


 あの夜から一団を脱走するまでの私とハーヴェイさんの行動は、特に何も変わらず、普段通りであった。と言うのも私の役割はお飾り聖女。旅の一団が副騎士団長を筆頭に華やかな面々であり、旅先で街の統治者や町長さんなど偉い人に会う際のマスコットの様なものなのである。代わってハーヴェイさんは旅の経験もあるらしく、一団の他のメンバーとの会話で必要物品の品目や使用方法などをすぐに察し、野宿の際も率先して働いていた。では料理でもと手伝いを申し出るが、半年間城で生活し、電化製品に慣れてしまった自身では野菜の皮むきぐらいしか出来ず、大失敗した料理を彼が手直しして食べれるようにしてくれた程有能なのである。

 そんな彼は翌日早々に町の代表者と連絡を取るように手配し、町と精霊の関係について尋ねた。結果は町中で聞いた市民と変わりないものだったが、ハーヴェイさんの顔は曇っていく。屋敷を出た時に彼は、『あれは何か隠し事をしている』とさらに詳しく町人に尋ねるように皆に指示を出し、私と魔術耐性のある魔術師を伴って件の山へと登っていった。人間より鋭い五感を持つ魔族らしい観察眼で問題の精霊と接触を果たした私達は、精霊側の真実を知る。

 あの町の精霊たちは古くから山と共にある、樹木の精霊だと言った。山を富ませ、川を流し、下流の町に惠をもたらす森の精霊たちは、木に宿る。それらの生命線と言って良い山の奥地の巨木を、あろうことか、禁忌だと知っている、彼らが守護する町の人間が切り倒したというのだ。古い伝承に残る森の精霊との契約を、求めた人間が破った。それだけでも十分であるのに、さらにその周囲、より奥地の木々までも彼らは切り倒したのだという。それもまだ若い、やっと十年経った木さえも含まれ、木から生まれる彼らは、彼らの子供達を失った。

 復讐は正当だと彼らは言う傍ら、未だ彼らを信仰する人間たちに向けて、町を離れるよう警告の夢を流したという。とても優しい種族なのだろうと、私にもわかった。が、同行していた魔術師は何とか怒りを治めてもらえないかとしぶとく交渉しようとし、どうあっても人間側である彼の意見に森の精霊は怒りを燃やさせ、見ていられなくなったハーヴェイさんが鳩尾に一発入れて彼を気絶させて連れ帰る事になった。

 町に帰れば冒険者のバックスさんが、古い伝承を知る老婆を見つけたとの話がタイミングよく出ており、皆でそこに向かい、老婆を中心とする木こりや狩人のメンバー達が、伝承を信じない町長の横暴に対する不満に不安を聞かせてくれた。

 これで、クロだ。ハーヴェイさんの言う”隠し事”はつまりこういう事なのだろう。はっきりと分かり、私とハーヴェイさん、それに気絶させられていた魔術師の言から、精霊がこの町を破壊しようとしている事を理解した皆は、木こりや狩人達の力も借りて町を離れるよう、家々を説得するべく行動を開始した。夢のお告げで不安に思っていた住民の三分の二を説得に成功するも、残りの三分の一、特に町長の一家は話を聞きもしなかった。逆にこちらを捕えようとまでして来、ハーヴェイさんが怒ったのを覚えている。

 結局、全ての町民を説得できなかった為、旅の一団(ハーヴェイさんと私以外だ)は、精霊を迎撃する案を出してきた。あの夜話した通り、ハーヴェイさんは頑として首を縦に振らないし、私もそれは同意できなかった。けれども、魔術師の話で相手の数が以前のゴブリンより随分と少ない20-30に満たない数だと知ると、各自、ハーヴェイさんの力がなくても大丈夫だと判断したらしい。喧嘩別れするように『それが人間の選択か』と言い捨て、ハーヴェイさんは行動を開始。精霊の襲撃があるだろう日の前日に、私を連れて町を出た。


 二人きりになったその後もやることと言えば、特に変わりない。当初の予定でさらに山側を進むはずだった彼らと逆方向、海側へと足を進めた私達は、海沿いの街でも魔族と人間の関係について考えさせられる事になる。

「ファーンの町か。あそこは精霊が治める森があったな」

 私の背後から声が掛かり、慌てて「そうなんです」と返事をする。振り返った先には、港町で出会った蛇の亜人であるラダが目立たぬようフードを被って立っており、私はそれまで元の世界の共通語で話していた事を慌ててやめた。ハーヴェイさんはどちらにしろ、通じさせようと彼が思えば通じるから良いものの、私は使い分けねばならない。

「なになに。大規模土砂災害で町が埋まる、か。あそこは森の精霊がやって来てから安定していたというのに、やはり、魔王の復活の噂は本当なのだろうか」

 彼女の言に、私は苦笑するしかない。亜人である彼女は、人よりも長生きする種族のためか、気が長い。彼女と会ったのも、港町で行われていた魔族に類する亜人の人身売買の現場で、そこで彼女は売られかけていた。いや、彼女だけでなく、共和国の一員である亜人の自治領から出てきた彼らは攫われ、奴隷に落とされかけていたのである。それも全て魔王のせいにした人間たちの所業であった。

『バカバカしい。人と対するものが全て悪だと見る、人間の考えはどこに行っても変わり映えがしない』

「ハーヴェイは、魔王の噂が嫌いだもんね」

 ラダが言えば、先を歩くハーヴェイが『ふんっ』と鼻を鳴らした。肩越しに振り返ってラダを睨むように茶の目を細める。

『俺は人間の邪悪さを憂いているのだ』

「はいはい。ごめんなさいねぇ」

 しかしラダは気にした風もなく、「ここにも人間の女の子が居るのにねぇ」と呆れたように囁いただけだ。私はさらに苦笑し、先行くハーヴェイさんに駆け寄ると軽く外套を引っ張った。

「次はこの町ですが、ここには何があるんです?」

 それに彼はしばし歩きながら沈黙した後、かろうじて聞こえる声で『竜を』と言った。

『黒竜の話を求めて来たのだ』


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