第三章
教室に入ると、そこはにぎやかな話し声が聞こえてきた。すでにそこにはたくさんの人がおり、いくつかのおしゃべりの輪ができていた。
「おいおい見えね〜ぞ?どこだどこだ〜?」
山本は、そういいながら、教室の中へと歩いてきょろきょろと見回していた。
桐原は、そんな山本を見て、「やれやれ」という顔をしつつも、心の中では、その子のことが気になって、ちらちらと辺りを見回していた。
「ふふっ。そんなにほれちゃった?」
隣にいた多胡が、くすくすと笑いながら桐原に話しかけた。
桐原も、どうやら知らないうちに、山本の事がいえないほど必死にきょろきょろしていたようだ。
われに返って、なんでもないよという風に、ふっと息をつく。
そのしぐさを見て、多胡はまたくすっと笑って、
「そんなに見たいんならほら、あそこじゃない?」
と、教室の左前のほうでかたまっている女子のグループを指差した。
「あの子でしょ?桐原君が見たのは」
そこにはまさに、先ほど廊下でぶつかった美少女が、友達に囲まれ楽しく笑っているのだ。
先ほどは少ししか顔を見なかったが、よく見ると非常に整った顔立ちをしている。
足を踏んで出会うなどというような、まるでどこかの小説のような事は、絶対におきないと思っていた桐原であったが、まさかこんなところでこのような出会いが待ち受けていようとは、予想だにしなかった。
「おいおい、いねぇよ〜そんな子〜……可愛い子なら結構いたけどな〜………。このクラスじゃなかったんじゃないのか〜?」
勢いよく飛び出していった山本が、がっかりした顔つきで帰ってきた。
「ほら、あそこだよ」
山本に、多胡が指を指しながら言った。
すると、山本の表情が一転した。
「おおっ!あの子か!!お前やるな〜!」
何がどうやるのか全くわからないが、テンションのあがった山本は、桐原の背中をバン、とたたいた。
「うおっ!!」
全く予想していなかった攻撃に、桐原はこけてしまった。
あたりの生徒が、一瞬こちらを向く。
「お、おい、大丈夫か?そんなに力入れたつもりなかったんだけどな…」
助け起こしながら山本が言った。
多胡はくすくすと笑っている。
当の桐原は、やっと目が覚めたように、
「あ、ああ……」
と言った。
その言葉には、どうも生気がない。
「なあ、なんかこいつおかしくね?」
山本が困ったような顔で多胡を見た。
「ふふっ。魂でも抜かれちゃったんじゃないかな?」
笑顔で答える多胡。
桐原は、ようやっと立ち上がったその時、がらりと教室の前のほうのドアが開いて、先生が入ってきた。
生徒たちは、どやどやと席に座っていく。
「お、先生来たな。座ろうぜ」
という山本の言葉に、三人は自分の席へと向かった。