聖女になりたいと願った結果~ユミの場合
自分で善人と宣伝する奴は大抵違う
「居たぞ、こっちだ!」
「……が出たぞ~」
見つかった。
ユミは騎士たちから逃れようと、方角も考えずとにかく走った。
一体全体、どうしてこうなってしまったのか。
これまで善行を積んで来たはずだ。
些細な悪事をやってしまったことがあったとしても、間違っても石もて追われるような真似はしていない。
「なんで。なんでわたしがこんな目に遭うのよ」
疲れ切っていた。
今日の昼からずっと逃げ回っていたから、疲労困憊で今にも倒れそうだった。
けれど捕縛されれば命が危うい。
いや、本当にそうかは分からないが、追って来る連中の剣幕からすると、捕まって無事で済むとは思えない。
ぬ、と前方に人影が現れた。
「見つけたぞ」
「あ、あなた」
その騎士には見覚えがあった。
ユミを召喚した連中を襲った騎士団の1人だ。
ユミ好みのイケメンであり、こんな状況でなかったら楽しくお喋りでもしたいところだが、騎士は殺意の籠もった眼でこちらを見ている。
とてもではないが言葉を交わす余裕などない。
「観念しろ、もう逃げられん」
そう言って騎士は剣を抜いた。
どうやって自分が死んだのか、はっきりとは覚えていない。
気付けば白い部屋にいて、目の前には教卓のような机があり、その上に大きな本があった。
「なにか希望はありますか?」
教卓の本に眼を落としながら、白い装束の若いとも年寄りとも分からない、男とも女とも見える人物が聞いてきた。
「はい?」
「ああ、まだ意識がはっきりしていませんでしたか。
ええとですね、繰り返しますがあなたはお亡くなりになりました」
「なんでよ」
思わず声を荒げると、相手は一瞬身を引いて、
「担当ではないので死因は分かりかねます。また、それはまったく重要ではありません。
あなたがここにいる。それがすべてです。
私は役目としてあなたの次の生について希望を聞くだけです。
もちろん、希望したらその通りになるというわけではありません。どの程度要望が通るかは、あなたの生前の行いによって変わります」
「聖女よ」
ユミは相手の言葉に食い気味に言った。
「聖女、ですか」
「ええ、聖女よ。わたしが生まれ変わるなら聖女ぐらいしか見合うものがないでしょう」
男とも女とも見える人物はなにかを調べるようにページを繰り、
「ええとですね、聖女になるにはいくつか条件があります。容姿、性格、生前の行い、信仰心……」
「そんなことは聞いていないの。
次の生への希望を聞いたから、聖女、と言ったの。
本当は生き返らせろと言いたいけど、どうせそれは無理なんでしょ?」
「はあ、まあ、そうですね」
「急にわたしがいなくなって周りは大変でしょうけど、それはまあ仕方ないわ。諦めてあげる。だから、さっさと聖女に転生させなさい」
「しかし、聖女の要件を……」
「急に殺したんだから、少しぐらいオマケしなさいよ」
「いや、殺したわけじゃ」
「いいから、さっさとして」
ユミの剣幕に相手は表情を引き攣らせ、けれどもう会話することを諦めたように本に目を落とした。
「聖女として、どういう扱いをご希望でしょうか」
「? どういう意味? 聖女は聖女でしょ」
「ええ、まあ、そうなんですが、聖女と言っても世界によって扱いに差異がありましてね」
「当然、誰よりも特別扱いして貰えるところがいいに決まってるでしょ。そんなこと言われないと分からないの。っとに、使えない」
「あなたを聖女として受け入れてくれるところは限られるんですがね。
分かりました。聖女が最も特別扱いされる世界へ転生、はちょっと無理なので、記憶も姿もそのままでお送りします。少々異例ですが、まあ、許容範囲でしょう。
では、お望みの第2の人生、お楽しみください」
視界が真っ白になり、気付けば知らない場所にいた。
おおお、と周囲からどよめきが起こる。
黒いローブに身を包んだ者たちがユミを取り囲み、歓喜に沸いていた。
「聖女様」
「ようこそ起こしくださいました」
「ああ、聖女さま」
口々にユミの来訪を喜ぶ。
崇め奉られ、持てはやされる。
歓喜しているのはユミも同じだった。
これだ、これこそわたしが本来受けるべき待遇だ。
聖女として人々から敬われる。誰もが自分に傅く。そんな世界をユミは夢見ていた。
聖女としてどんなことができるか知らないが、丁重に遇してくれるなら少しばかり国のために働いてやるのも吝かではない。
三食昼寝付きで、見目の良い男を世話役に据えさせ、土下座する者たちに慈悲を与える。
そんな自分の姿を想像して愉悦に浸る。
ユミは、そういう人間だった。
さて、では聖女である自分にどんな要望があるのか聞いてやろう。
と思った矢先に悲鳴が上がった。
視線が一斉に声の方を向く。
その段になってユミは初めて、自分がいるのが暗い部屋の中だと気付いた。
広さはありそうだが石造りで寒々しく、明かりは柱に掛けられた燭台というより簡素な松明と足下に広がる魔法陣を囲むように存在する篝火のものだけ。
電気を使った照明とはまるで明るさが違うし、炎の揺らめきによって生じる影がおどろおどろしくさえあった。
聖女召喚の場としては、余りにも不気味だ。
そして悲鳴が聞こえた方、出入り口と思しい場所から、やはり黒いローブ姿の男がヨロヨロと入って来て、
「逃げろ、騎士団の襲撃だ」と言ったかと思うと俯せに倒れた。
暗いせいで良く見えないが、倒れた男の背には短剣が刺さっているようだった。
途端にユミの周囲にいた男たちが慌てて逃げ出す。
蜘蛛の子を散らすように、とはまさにこのことだった。
「聖女取締隊である。違法召喚の疑いで全員捕縛する。そこを動くな。おとなしく縛につけば命は保証する」
入口からぞろぞろと騎士らしき者たちが入って来ると、先頭の一人がそう言った。手には抜いた剣があり、抵抗すれば斬る、と脅している。
「聖女様、こちらへ」
とローブ姿の一人が差し伸べた手を取り、ユミは出入り口とは別の方向へと訳も分からず走る。
出入り口は一つしか見えなかったが、どうやら見えない場所にもあったようで、長く暗い廊下を通って森の中に出た。
「私はここで足止めをします。どうか逃げてください」
それまでずっと手を引いてくれていた男はそう言って、今出て来たばかりの暗い通路に戻って行く。
どうして逃げねばならないのか。
理由は分からずとも、あの騎士たちに捕まれば命が危うい。
さすがにそれぐらいは察せれた。
どちらに向かえば良いかも分からず、ユミはとにかく森の中を駆けた。
木の枝が擦れてあちこち小さな擦過傷だらけになり、木の根に足を取られて何度も転びそうになりながらも、とにかく一刻も早く少しでも遠くへ離れなければ、それだけを考えて走っていたのに、不意に道が開けたかと思ったら二人の騎士の目の前に出てしまった。
「いたぞ、こっちだ」
「聖女が出たぞ!」
まるで熊か何かのような扱い。
言いたいことは山ほどあったが、刃物を手に追って来る連中に捕まるわけには行かない。
騎士たちの前から逃げ出した先で、別の騎士に前を塞がれる。
「見つけたぞ」
「あ、あなた」
「観念しろ、もう逃げられん」
そう言って騎士は剣を抜いた。
「待って、ねえ、なんで? わたし、聖女よ」
「聖女だからだ」
イケメン騎士は冷たい、汚物でも見るような眼をユミに向け、剣を振り上げた。
※
「え、あの世界に聖女を送り込んだの?」
「当人の強い希望でね。あんなのでも聖女基準満たすの、あそこぐらいしかなかったから」
「そりゃ、まあ、女性ならOKって超緩い基準だから……。
いや、でもあそこって、あれだろ。初代聖女が各国の王族を弄んで、大戦を引き起こし、次の聖女は魔王と組んで人類を苦しめた。
だもんだから、それ以降は異世界から来る聖女は聖(女)・即・斬って世界。
でも狂信的な聖女信奉者たちが喚ぶんだよな。
3人目は真面目な子だったのに、狂信者たちに好き放題された上に騎士団に捕まって火炙りにされちゃって、こっちでのアフターケアが大変だったからもう送らないことにした」
「送っちゃ駄目ってことじゃないから。
どこよりも聖女を特別に扱ってくれるところだよ。当人たっての希望だ、問題ない。彼女がどういう扱いをされようと、それは彼女の選択だ。尊重してあげないと。
なにがあろうと、彼女も本望だろう。聖女として終われるんだから」
男とも女とも見える人物は、そう言ってにっこりと笑った。
前の聖女たちが盛大にやらかしちゃった後だから、仕方ないね
自己評価、高過ぎなきゃ良かったのに




