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7 閑話休題:深夜の資料室で天才はかく語る

深夜の地下資料室からホウっと光が漏れている。


侯爵家の後ろ盾を持つ『天球の灯(スフィア・ランタン)』の資料室に納められた蔵書の分野は多岐にわたっている。貴重な資料という点においては、王立図書館のそれと遜色ないほどだ。


ギルドで調査報告を終えたシオンは、その明りに誘われるように、ふらりと中の様子を窺った。室内には、最近、レオンが拾ってきたという二人組の片割れがおり、恐ろしい速さで資料をめくり、同時に恐ろしい速さで『魔道数式』を書き上げていた。


積み上げられた膨大な資料を速読し、瞬時に構造を理解していくリンの姿には、鬼気迫る迫力を感じる。あっという間に未読の山が、既読の山に塗り替えられていく。


……化け物か。


おそらく全て理解している。一切の迷いなく情報を吸収し、己の内に昇華させ、膨大な数式を組み上げていく様は、もはや人智を越えている。


一区切りしたのか、ふっとその顔を上げた瞬間、パチリ、と目があった。少しだけ目を丸くしたその様子は、聞いていたより幼く見えた。


「はーい、『新人(ルーキー)』。お勉強、がんばってる?」


ヒラリと手を振ると、不満げにグッと眉間にシワを寄せられた。優しく声をかけたのに、解せぬ。


「随分、読み込んだな。熱心なことだ。もう一人いるって聞いたけど、相棒は?」


初対面だ、人見知りなのだろう。シオンは勝手に結論付けて、構わず話しかけ続けた。するとリンは肩をすくめて、警戒心の強い笑みを浮かべた。


「あんた、誰?ただの『先輩(シニア)さん』?それとも『熟練者(ベテラン)様』って言った方がいい?」


訂正。ただの生意気な小僧だった。シオンは人見知りという項目を即座に上書き修正してにっこり笑った。


「『素敵なお兄さん(ナイスガイ)』で。」


一瞬の腹の探り合い。しかし、長くは続かない。リンは警戒したままだが、シオンにとっては既にギルドの仲間だ。ガタリ、と椅子を引き隣に腰を下ろす。


「そう、ツンケンすんなよ、俺はシオン。このギルドの魔導士だ。しかし、すげぇ、読んだな。昨日入荷された本まで入ってるじゃねぇか。」


「こんなもんじゃ、全然足りねぇ…」


まずは、褒めてやりちょっと自尊心をくすぐって取り入ってやろうなどという計算がなかった訳でもないが、想定外の返事に戸惑う。


「ガイなら、あっちで寝てるぜ」


一番初めのシオンの問いに答えるかたちで、リンが指し示した方に目をやると、部屋のすみに丸くなっている人らしきものが転がっていた。


「彼、おふとん、嫌いなの?」


路地裏から拾ってきた孤児だとは聞いていたが、まさか、住処を与えられても床で寝るとは、なかなかのものだ。


「んなわけ、ねぇだろ。俺がここにいるから、そこで寝てんだろ」


一時も離れないことがまるで当たり前のように、リンが告げる。常に警戒していなければならなかった二人のこれまでの生活が思われてシオンは少しだけ顔をしかめたが、すぐにまた人好きのする笑顔に戻って、今度はリンの手元に目を移す。


書き込まれた高度な魔道数式。その精密さは圧倒的な知識量の片鱗を窺わせるには十分なものだった。その精巧さに思わず見入ってしまう。


「おまえ、これだけの知識をどこで?」


「路地裏から…」


どうやら、彼らが根城にしていた場所から、貴族の屋敷の裏手に入り込める抜け道があったらしい。おそらく、その家に魔力を持つ子どもがいたのだろう。年が明けるごとに基礎教本が捨てられていたのを盗み取っていたらしい。


防犯上、実に感心しないことを聞いてしまった。


「同じことを、この前レオンとあの女に聞かれて、場所まで吐かされたからもう塞がれてるぜ。抜け道の方は」


「そりゃ、なにより。それより、『あの女』ってエレオノーラ様のことじゃねぇよな?ぶち殺されるぞ」


どうやら、防犯上の危機は仕事の早い上の方が対処済みのようだが、それはそれとして、聞き捨てならない物言いを聞いた気がする。一刻も早く矯正してやらないと、こいつは明日にでも死んでしまいそうだ。


「あの女…見てろよ。ぜってぇ、泣かす…」


据わった目で、何かを力強く誓っているリンの様子に、「きっと今にお前が泣かされるんだよ…」とも言えず、シオンはそっと目をそらした。頑張れ、少年。


「それはそうと、それなら『魔道数式』は独学か?」


不穏で手に負えない話は、すぐさま切り上げるに限る。そう判断してシオンは先ほどから感じていた疑問について追求する方向に舵を切る。リンが書きなぐっている数式には、とても独学ではたどり着けないような論理(ロジック)も相当数混ざっていた。独学だとは俄かには信じがたい。


「だれが、路地裏の野良犬にお勉強なんか教えるんだよ、自力に決まってるだろ?」


冷ややかに笑うリンの、壮絶な知識欲に圧倒される。何が彼にそうさせるのか。

ちらりと床に転がるガイに目をやる。


「あの相方も、同じか?」


するとリンは口元の笑みに自嘲の色を滲ませ静かに首を振る。


「んなわけ、あるか。あれは化け物級の天才だ。一緒にすんな。……あいつ(ガイ)は、ただ鏡を覗き込むだけで魔法をコピーする。だが俺は、鏡の構造を分子レベルで分解し、光の屈折率を数式で埋め尽くして、ようやくあいつと同じ景色に指が届く。天と地の差、なんて生ぬるいもんじゃねぇよ」


見たものを即座に記憶する『超短期・高解像度スロット』を有しているガイは、どんなに複雑な魔方陣でも瞬時に視覚的に記憶でき、膨大な自身の魔力で描き出せる、それも「超高速」で、だ。


「あいつの底抜けの魔力を活かすには、膨大な知識とあいつ以上の速さで魔方陣を完成させる能力が必須なんだよ。それで初めて同等だ」


シオンからすれば、リンの速読速記はすでに「超高速」であるし、魔方陣の『設計』は「神業の(レベル)」だと思うのだが、どうやら本人はそうは思っていないらしい。あくなき探求心。それはシオンの中にある学者的な性格にはひどくなじみ深く、好感の持てるものであった。


「そうか。まぁ、ギルドの資料室(ここ)は『知識の宝庫』だ。思う存分、学べ。困ったら言えよ、『素敵なお兄さん(ナイスガイ)』が、お前に『お勉強』を教えてやるから」


シオンにしては珍しく本気で伝えたのだが、生憎リンには伝わらなかったようで、ものすごく嫌そうな顔をされたので笑い飛ばしてやった。


---


あれから何年経とうと、深夜の地下資料室からはホウっと光が漏れている。


シオンはいつものように、ふらりと覗き込む。あの時とは違い、大分、好みも把握してきたので、ホットココアの入ったマグカップを手にして。


あの時と変わらず、眉間にしわを寄せて猛スピードでリンが資料を読み込んでいる。だが、甘い匂いにつられて、ふっと顔を上げて物欲しそうに手を伸ばすところは、あの頃よりこの場所に心を許しているからだろう。


「はーい、リンちゃん。お勉強がんばってる?」


「『リンちゃん』は、やめろ。ぶっ飛ばすぞ」


相変わらず可愛げはないままだが、手を止めて会話をするくらいには懐かれてきたと思う。

資料に目を落とすと、そこにあるものが、恐ろしく貴重な教本であることに驚く。


「これ、古代文字の教本じゃないか。どこで手に入れたんだ?」


古代文明や古代文字はいまだ解明されていないものが多い。ある日、突然消滅したといわれているその歴史故、現存する資料がほとんど存在しないのだ。たしか、発掘されたほどんどが王家預かりになって、しかるべき専門家の手に渡っているはずだ。そのため、めったなことではお目に掛かれない。まして、金を積めば手に入るというものでもなく、侯爵家をもってしても入手は困難のはずだ。


「殿下から奪い取った」


殿下…。


クロヴィス・アルフォンソ・ヴェリエ殿下。


泣く子も黙るアルテミス王国の次期国王だが――その実態は、一人の少女への恋心が高じて、うっかり古代遺跡を木っ端微塵にしかけた前科を持つ男だ。恋という名の暴走を経て、最近では随分と分別をわきまえた「賢君の卵」に脱皮したという噂だが、さて、その真偽のほどは神のみぞ知るところである。


「遺跡の事件の時、ちらっと見えた古代文字を…、あのポンコツ、俺より先に読みやがった。アレに読めて、俺に読めないなんてこと、ぜってぇ認められるか。『これは構造的な教育格差であり、平民の知る権利に対する不当な搾取だ。王家の怠慢だ』って、理詰めで殿下の良心をゴリゴリに削って分捕ってきた」


「まあ、お古だけどな」と無造作に笑うリンを前に、シオンは喉の奥で感嘆の吐息を漏らした。


札束を積もうが権力を振るおうが、王家の門外に出ることなど万に一つもあり得ない(いにしえ)の知。それを「教育格差」の一言で強奪してくるとは。


シオンは、目の前の少年が手に入れてきたものの「重さ」を噛み締め、その恐るべき図太さを心から称賛する。


チビチビとココアを啜るリンの頭をかき混ぜるように撫でまわし、高らかに告げた。


「……一人で解読するには、これはちと骨が折れすぎるだろう? 安心しろ。お前に『お勉強』を教えてやる。『素敵なお兄さん(ナイスガイ)』に任せろ。かんっぺきにモノにするぞ、リン」


乱暴に頭をかき混ぜられたリンが、「痛ぇ!」と笑いながら身をよじったが、そこに拒絶の色はない。二人は夜通し、古代文字の解読に励んだのだった。


翌朝、隅っこで丸まって寝ていたガイが起きた時には、なぜか満足げな屍が机に突っ伏していた。


「なにこれ!?なんの事件????」


まぶしい朝日の中、ガイの悲鳴が木霊した。


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