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6 解読される真実と乙女の定義

 突然の騒音に、研究室にいた管理局員たちがざわめき立つ。


 私兵による乱闘、加えて魔法による爆音。さすがにこれだけの騒ぎともなれば、いかに男爵専用の場所といえども、隠し通すことは不可能だ。


 駆けつけた局員たちが目にしたものは、基本的には、救出された少女たちが見たものと変わらないカオスな状況であった。


 しかし、ずぶ濡れで気を失っている男爵の、本当の狙いを聞かされた局員たちの動揺は、初めの衝撃を吹き飛ばすほどであった。


「不合格者を、人身、販売に…?まさか。ここは『世界樹(ユグドラシル)』の保全を目的とした平和的機関であり、そのような…」


(こころざし)はご立派だが、現実を見ろ。そんで、四の五の言わずに資料室を開けやがれ!」


 目が据わったずぶ濡れのドレス姿の男に恫喝されることはもう二度とないだろうが、怒鳴りつけられた局員は「ひっ」と小さく悲鳴を上げて、上下に猛スピードで首を振った。


「その前にリンもガイも、まずは着替えろ。すまないが、着替えと場所を借りられないか?」


「あーあー。似合ってたのに残念だなぁー。そのまま、お嫁にやっちゃいたいくらい可愛らしく仕上がってんのに、ほーんと、ざーんねーん」


 レヴィンに指摘されて、自らの格好を思い出したリンとガイが、面白そうに茶々を入れてくるシオンを睨み付けた。


「睨まない、睨まない。かわいい顔が台無しだぜ?まー、でも、ドレスはボロボロ、その変なアクセサリーは破裂、損害請求が怖いねぇー」


 言われて改めて見下ろしたリンとガイは、まさに大惨事な状況に、蒼白になる。


「だめだ、むりだ…。絶対ただ働きだ…どうしよう、リン」「ばか、そんな可愛いもんで終わるか、借金地獄の始まりだ…」と虚ろな目でぶつぶつ言い出した二人を、シオンは朗らかに笑いながら、怯える局員に差し出した。


「はい、ちょっとは大人しくなったと思うから、連れて行っていいぜ?」


 何とも言えない顔をした局員は、しかし何も言わずに二人を更衣室に案内していくのだった。


 研究員の服を借り、着替え終えた二人は、とりあえずドレスとカニのことは忘れることにした。ただし、無事だったカニがあるのでそちらの方は研究員の服の上からがっちり挟まっている。


 シンプルな研究員の作業着に、無駄に宝石を散りばめたカニが鎖骨で自己主張を放っている。そのシュールな絵面は、彼らが「有能な魔導士」であるという事実を猛烈な勢いで削り取っていた。


 とにかく、着替えを済ませた二人はレヴィンとシオンが先に待つ資料室へ案内された。


 テーブルには古びた羊皮紙の束の山。そこには『世界樹(ユグドラシル)』に関する古代文字が記されていた。


 そのうちの綴じられた一冊を読んでいたシオンが、ぴたりと動きを止めた。並べるように置いた、ロクサーヌの描いたおまじない用の魔方陣『恋乙女の(アーモリス・)護符(アムレートゥム)』と比較し、小さく頷く。


「この、『魔力伝導経路(マナ・パスウェイ)』 も数式の構造がほぼ同じだ。もともとは、これが『世界樹ユグドラシル』の生育に必要な魔力を循環させる媒体となっていたんだ。当時はバカでかい魔方陣で儀式として行われていたものが、時代とともに場所を取らない小さな陣に簡略化して、その分を数で補うように変化していったんだ…。あとは、こいつを発動する『清らかな乙女の祈り(アーモリス・プレア)』ってやつか…」


 魔方陣の構造については、所謂研究分野に該当し、シオンはその分野の有識者だ。その彼にしても『世界樹ユグドラシル』の魔力供給の理論を示した資料は初見であったらしく食い入るように読み込んでいる。


「『乙女(アーモリス)』ねぇ-…」


 こざっぱりしたリンが、何気なく手に取ったのは古文書というよりは、日誌のようなものであった。


「それは、主に当時の儀式の内容のことや、その回数などの記録のようで…」


「ふーん」


 パラパラと捲っていたリンだったが、唐突に手が止まった。


「待て!訳が違う!!!」


 ご丁寧につけられた、現代語訳のメモ。そこに記載されている訳文に違和感を感じ、リンが猛烈な勢いでページをめくり始めた。


「……ここだ。……『乙女の祈り(プレア)』じゃない。綴りが微妙に違う。……『乙女の願い(デザイア)』だ。しかも……」


 リンは、その後に続く一文を読み取り、絶句した。


『その想い、幾星霜を重ねし年輪の如く、深く、重く、揺るぎなきものこそが、大樹の糧となる』


「……『年輪の如く』? ……若けりゃいいってもんじゃねぇのか。長く、重い想い……?『想いの重さ』、濃度か?一人分の??あー、ダメだ、分からなくなってきた!」


「それだ!リン!!!!」


 そのとき、シオンがバン、とテーブルの上に、ロクサーヌの『恋乙女の(アーモリス・)護符(アムレートゥム)』を叩きつけ、興奮気味に叫んだ。


 そもそも、この村で生まれ育ったロクサーヌが言うには、数年前まではあの辺りは恋愛スポットとして、多くの女子たちがおまじないの護符を張りまくって、恋愛成就を祈り続けていた場所だ。乙女の願い、すなわち「恋愛成就」。


 おそらく、恐ろしいことに、太古の昔から恋愛スポットだったのだ。時が流れて、古くさいおまじないが段々と廃れていく。そして、最後のおまじない執行者であるロクサーヌが伴侶を失ったことで、儀式を行う者が途絶えた。


「それが、だいたい今から一年前だ…」


 衝撃の事実に、全員の表情が抜け落ちる。


「恋愛…成就……、だと…」


「……つまり、もともとは、一人の、人を何十年も想い続けられる思いの強さという『指向性思念(ダイレクト・ウィル)』が、世界樹を動かす高純度の燃料だったってことだ。それをお前らときたら、訳のわからない解釈で神聖化して、全く見当違いな特訓をさせようとしてたってことだよ。……全く。後生大事に『処女性』なんて項目を選考基準に入れてた奴は誰だ? 学術的根拠の欠片もない個人の性癖を、調査に持ち込むなよ」


 呆然とする管理局の研究者たちに、シオンが呆れたような目を向けた。リンに至っては、誤訳をした研究者に詰め寄る始末だ。


「どんな思考を通ったら、あんなふざけた選考試験になるんだ!ちゃんと訳せよ!」


 憤慨する二人の『天球の灯(スフィア・ランタン)』きっての知識人たちを、諌めたのもまた、ギルドの人間だった。


「落ち着け、二人とも。そもそも『古代文字』なんて、現存する資料が少なすぎて、最も解読が進んでいない分野だろう。王家が管理する禁書以外で、新たな資料が発見されたというだけでも、大手柄だ」


「そうだよー。しかもパトロンが男爵程度じゃ、支援なんてたかが知れてるじゃん」


 レヴィンとガイの援護に、なんとかプライドを守られた管理局の研究者たちが、それでも知的好奇心を押さえきれずに、がしっと、リンとシオンの肩をつかみ熱のある目で迫った。


「我々は、未だ、無知でした! どうか『世界樹(ユグドラシル)』を守るために、今一度、これらの解読を共に!!」


 ぐい、と顔を寄せてくる研究者たちの目は、知識への渇望を通り越して、どこか狂気の色を帯びていた。


「……ダメだ、こいつらもアレと同じ人種だ。一度スイッチが入ると、人の話を聞かなくなるタイプの変態だ」


 リンが引き気味に呟く。その熱に浮かされた眼差しは、あのカニ好きの男――カイルを嫌というほど彷彿させるものだった。


 資料を読み込み、手持ちの情報と付き合わせながら、既にあった研究者たちの独自の解釈と照らし合わせ、漸く、解決の糸口が見えはじめて来ていた。


 本来は、『恋乙女の(アーモリス・)護符(アムレートゥム)』を媒体として、一人の大きな特定の誰かを想う強い力『指向性思念(ダイレクト・ウィル)』を、『世界樹(ユグドラシル)』用の『深緑の共鳴(ヴェール・レゾナンス)』に変換し、その根に直接働きかける、言わば、特性の栄養剤供給装置だったのだ。


 しかし、『世界樹(ユグドラシル)』に十分力を与えられる『指向性思念(ダイレクト・ウィル)』をもつ者がいなくなりはじめた。そこで、儀式の執行者の人数を増やすことによって、不足分を補うことにした。それが、『おまじない』の根源(ルーツ)だ。


 そのうちに、おまじないそのものが廃れていくが、偶然にも最後の執行者、ロクサーヌには、古代の儀式執行者並みの『指向性思念(ダイレクト・ウィル)』を保有していたため、現在まで持ちこたえてしまった。


ロクサーヌの『ときめく恋心』こそが、管理局の求めていた『清らかな乙女の祈り(アーモリス・プレア)』であったのだ。


 今、ロクサーヌは最愛の夫をなくし、その力を弱らせつつある。


 何としてでも、ロクサーヌにはときめきを取り戻して貰わねばならない。


 漸く明確になった最終目的に、その場にいた全員が、なんとも言い難い、……もっと言えば、非常に「納得のいかない」沈黙に包まれた。


世界樹(ユグドラシル)』の危機を救うための、古代文明の叡智の結晶。


 失われた魔導理論の再構築に、体を張った潜入調査。


 ――そこまで大層なお膳立てをしておきながら、辿り着いた答えが「老女のときめきを取り戻せ」という、身も蓋もない作戦だったからだ。


「……なあ、シオン。俺たちは、歴史的な魔導の真理に辿り着いたんだよな?」


「ああ。間違いない。世界を救うのは、一途な愛と、強烈なときめきだ」


「……そうか」


 リンは、自らの服にがっちりと食い込むカニのブローチを見つめた。


 本来、人の感情を正確に図れる超高精度の一級品が、これから「お婆ちゃんのキュン」を測定するために使われる。


 壮大な叙事詩を書き始めたつもりが、いつの間にか三流の恋愛小説を読まされているような、あるいは、至高の魔導書を開いたら中から可愛い女子の姿絵が出てきたような。


 壮大な魔導ミステリーが、いつの間にやら「お婆ちゃんのキュン」を観測するご近所トラブル解決記へと成り下がった。


 リンは、鎖骨に食い込むカニ(超高精度感情センサー)を見つめた。カイルが人生を賭けて作り上げた最高傑作は、これから「老婆のときめき」という、魔導の歴史上もっとも予測不可能な数値を測らされることになるのだ。


「やるしか、ないんだよ…ね……?」


 ガイの悲痛な問いかけに、その場にいる全員が、そっと目をそらした。


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