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5 可憐な令嬢とドレスの大乱闘

 部屋の奥に押し込められた少女たちの、絶望に染まった瞳。それを見た瞬間、リンの胸元でオニキスの黒い輝きが限界を超えて弾けた。


「あーあ、壊しちゃったよカニ。なんて報告するの?」


「決まってるだろ。『急にカニさんが泡を吹いて自爆しちゃったの、リンネ、すっごく心外だわ!』……これで行く。文句あるか!」


「いいけど、これ以上汚したら、ドレスだって絶対弁償させられるんだからね!気を付けてよね!!!」


 纏わりつくスカートの裾をさばきながら、ガイが怒鳴る。今回こそは満額頂きたかった報酬が、リンのカニが破壊されたことで絶望的になる。しかし受取金額そのものを絶望的にするわけにはいかないのだ。ドレスと自分のカニは死守だ。


「ひっ……な、なんだお前たちは! 衛兵! 衛兵を呼べ!」


 狼狽えた男爵が号令をかけたのが聞こえたが、相手はたかだか男爵家の私兵である。


 己に課したおかしなノルマのせいで、若干動きにくいが、細心の注意を払いガイは軽やかに襲い来る男たちに、素早く蹴りをぶち込み、少女たちの檻に走り寄る。


「雑魚なんざいくら呼んでも無駄だぜ。……『乙女(アーモリス)』の怒りはこんなもんじゃねぇぞ!」


 ドレスの裾から繰り出されたリンの膝蹴りが衛兵の腹をえぐり、その拳がまた別の男を襲い、壁まで吹き飛ばした。 華麗なレースが舞い、宝石が飛び散る。


「ひぃぃぃ! ストレスでアタシの胃に穴が開く前に、リンネお姉様のドレスのレースに穴が開いたぁぁぁ!!」


 ガイの絹を裂くような悲鳴が上がるが、それを黙殺し、リンは襲いかかる衛兵を裏拳一つで沈めると、ドレスの袖に隠していた『光の魔道ペン』を鮮やかに抜き放った。


「ガイ、位置取り(ポジショニング)は任せたぞ!」


  空中に描き出されたのは、攻撃のための陣ではない。檻の構造を分子レベルで解析し、特定の結合部だけを脆くする『構造干渉陣』だ。


  リンがくうを滑らせた光の軌跡を、背後で立ち回るガイが視覚だけで読み取る。


「了解。――吹き飛べ(エール・カッター)!」


  ガイが檻へ向けて指を弾くと、真空の刃が一点に収束し、鉄格子だけを飴細工のように切り裂いた。火花すら散らさぬ、魔力制御の極致。


 少女たちの前髪一本揺らさぬ、あまりに鮮やかな救出劇だった。


「大丈夫?」


 ガイが中を覗き込み、声をかけると少女たちが困惑顔で小さくうなずいた。


 ボロボロになったドレスを身にまとう、非常に美しい、男だか女だかわからない恩人に何と言葉をかけていいのかわからなかったのだろう。戸惑った目が少し泳いでいる。


「な、何なんだ、貴様ら!!!」


「……おい、クソ親父。今、アタシの……あ、間違えた、俺のドレスの裾を掠めたよな? これ、一箇所ほつれるだけで、俺の三ヶ月分の食費が飛ぶんだよ!!」


 (地声)の怒号と女装(裏声)が混ざり合い、もはや怪鳥の叫びと化したリンの声が、密室に轟く。その淀みきった瞳に射すくめられ、男爵は金切り声を上げることも忘れ、ガチガチと歯を鳴らした。


 その背後には、彼に叩きのめされた衛兵たちが山が築かれていた。


「リン、落ち着いてって! 目が淀みすぎてて助けた子たちが震えてるって!」


「落ち着いてる!選考会だってクソだったっつーのに、その裏で人身販売とか、頭沸いてんのか」


「『乙女(アーモリス)』を見つけ出し、『世界樹ユグドラシル』の危機を救う名誉を手に入れ、余った女どもで金儲けをしようという私の計画に何の文句がある!」


 その言葉に、リンの目がさらに薄暗く淀む。「あぁ???」と低くうなるような声に理性が果たして残っているのかどうか。


 ガイの胸に刺さっている、辛うじて無事だったカニが黒く光っているが、何を感知して黒いのか、もはや判断ができない。


 鎖骨に食い込む痛みに耐えながら、正直、ガイは困っていた。


 なぜならリンが冷静さを失うと自分にはやることがなくなるからだ。ため息をついて声をかけようとしたその時。


「……騒がしい。これではせっかくの茶の余韻が台無しだ」


 颯爽と現れたレヴィンが、一切の予備動作なく指をパチンと鳴らす。


「『静寂のゆりかご(サイレント・アクア)』」


 次の瞬間、絶叫していた男爵の頭部が、完璧な球体を描く水の中に閉じ込められた。音も空気も遮断されたその空間で、男爵は金魚のように口をパクパクとさせたまま、数秒で白目を剥いてくずおれる。


 同時に、頭に血が上っていたリンの頭上にも、小さな「お清め」の水が降り注いだ。


「――冷たっ!?」


「……少し冷やせ。ドレスの弁償代を気にする前に、その見苦しい成りを直せ」


 涼しい顔で告げるレヴィンの横で、シオンが楽しそうに肩をすくめた。


 そうして、静寂の中に、ボコボコにされた私兵たちの山と、水球に閉じ込められた男爵。そして、濡れ鼠になった女装姿のリンと、呆然と立ち尽くすガイ。それらを優雅に眺めるシオンとレヴィンという、絶望的に噛み合わない四者四様のカオスが完成していたのだった。


 囚われの少女たちが現実逃避し、目の前の美しい男たちにうっとりとした視線を送るのを誰が責められようか。

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