11 おまけ:双子の魔法理論と、王太子の「社会勉強」
『星屑の天球儀』の特別応接室を抜け、地下にある『天球の灯』へと足を踏み入れる。
信頼されているのか、それとも警戒するに値しないと侮られているのか。判断に迷うところだが、彼は案内もなしに、勝手知ったる様子で明かりの漏れる資料室を覗き込んだ。
「……いいか、ガイ。何度でも言うぞ。魔法ってのは、脳内に描かれた『魔道数式』を、二重の円という『境界線』で囲い、そこへ魔力を流し込んで『製図』することで初めて現象化する。この基礎を忘れるな」
リンは『光の魔道ペン』で空中へ描き出した複雑な魔方陣を指差し、根気強く説いていた。
「わかってるって、リン。でもさ、普通はみんな、意識しなくても勝手に魔力が出てくるじゃん? 火が出る人は火の陣が、水が出る人は水の陣が、生まれつき魂に刻まれてるんだろ?」
ガイの言葉は、この世界の魔導士にとっての「常識」だ。多くの者は自分専用の型を一つだけ持っており、意識せずとも魔力はその型に流れる。だが、この二人は決定的に「異常」だった。
「それは『凡人』の話だ。お前には生まれつきの型がない代わりに、俺が設計した陣を、そのバカげた魔力量で強引に実体化できる。……俺が描き、お前が撃つ。俺たち二人が揃って初めて、属性の縛りすらない全知全能の魔導士になれるんだ」
「リンがいないと、俺って、ただの魔力が多いだけの置物ってことじゃん」
ケラケラと笑うガイに、リンは射抜くような真剣な眼差しを向けた。
「だから、これだけは絶対に忘れるな。……一番単純な魔方陣、『正三角形を重ねて星を造り、二重丸で囲む』図形だ」
「それは、子どもの学習用の初期魔法『守護の六芒星』だろう?」
凛とした、けれどどこか苦笑を含んだ声が資料室に響いた。
熱心に講義をしていたリンが、その「声の主」に気づいて肩の力を抜く。くるりと振り返ると、そこには護衛も連れず、実にお気楽な様子で佇む金髪の美青年――アルテミス王国の王太子、クロヴィスがいた。
「おぅ、殿下。暇なのか?」
「ああー、殿下じゃん。元気? 差し入れある?」
国家の至宝とも呼べる王太子を、野良犬でも扱うような雑な態度で迎える二人。
「失礼だな。『星屑の天球儀』に訪れるのは『社会勉強』だ、リン。俺は侯爵家が秘匿する一級品の美術品を視察し、意匠に隠された古代魔導回路を考察しているんだ。これは王国の文化と安全保障を担う、極めて重要な公務だ」
クロヴィスは慣れた手つきで椅子を引き、呆れたように、けれどどこか嬉しそうに目を細めた。差し入れのショコラを目の前に、二人の魔導士は満足げに手を伸ばす。
「……御大層な大義名分だな。どうせ城の退屈な会議から逃げてきたんだろ?」
肩眉をあげてリンが茶化すが、クロヴィスは肩をすくめて、敢えて聞き流す。
「で…?六芒星は単純な形ゆえに、製図は容易だが威力はすこぶる弱い。どんな魔導士でも、せいぜい水鉄砲を防ぐのが関の山だろう?」
「ガイの馬鹿みたいにデカい魔力で、常識を疑うくらい精巧に製図したら、初期魔法だろうが『鉄壁』になるんだよ」
「俺、凄くない?」
胸を張るガイの頭を、リンが軽く小突いた。
「凄くねぇよ。……お前、『ついさっき教えたこと』ですら、寝て起きたら綺麗さっぱり流しちまうんだからな。 理屈はいいから、形だけは叩き込んどけ」
「あはは、そうだっけ? まぁ、リンが覚えててくれればいいじゃん」
笑って受け流すガイの瞳には、一切の不安がない。だが、その隣で僅かに眉を寄せたリンの表情には、彼にしては珍しく僅かな焦燥が滲んでいるようにも見えた。クロヴィスは微かに違和感を覚えながらも、努めて明るく話題を転換した。
「そういえば、『世界樹』の件だが。エレオノーラ嬢のリリアーヌ嬢への『想い』は、世界樹のエネルギーには使えないのか? あれだけの情熱、相当な力になりそうだが」
「『私の気持ちは朝露一滴ほども、リリアーヌ以外に与える気はありません』だとさ」
「まぁ、他から効率よく回収するシステムを作ってるんだから、いいんじゃない?」
たとえ世界が滅ぶとしても、彼女は信念を曲げないのだろう。「規格外」の組織には「規格外」のパトロンが付く。しかるべき組織には、しかるべき支援者がいるということだ。
「そうか」と答えながら、そういえば今回の任務でも報酬がマイナス精算だと言っていたな、と思い至ったクロヴィスは、ほんの少し憐憫の眼差しをむけ、次に訪れる時も王家御用達の極上の菓子を差し入れてやろうと思いを巡らせた。
そうして、本日も『天球の灯』は、国家の機密と、双子の信頼と、そして王太子のささやかな休息によって、賑やかに暮れていく。
今回のお話はこれでおしまいです。またお会いできると嬉しいです。




