10 ご当地アイドル誕生秘話。あるいは、搾取と平和の円舞曲
「……結論から申し上げれば、本件は古代文字の『翻訳の不備』が招いた人災です。特に、魔力の指向性に関する記述の誤読が、供給システムの機能不全を誘発しました。幸い、現在はロクサーヌ夫人の高純度な『指向性思念』によって、『世界樹』の根系は完全に再起動しています――ですが、これはあくまで『特定個人の稀有な才能』に依存したもの過ぎません。夫人の健勝に依存する現状はあまりに不安定です。可及的速やかに、この情緒的なエネルギーを安定供給できる次世代の保全枠組み……つまり、『集団による指向性思念の管理運用システム』を構築する必要があります」
アンティークショップ『星屑の天球儀』の地下。『天球の灯』にて、シオンとレヴィンによる本件の報告がなされていた。
「そう、ご苦労様でした」
扇子を口元にあて、満足そうにエレオノーラは頷いた。
『世界樹』がその力を取り戻したことにより、可愛いリリアーヌのドレスは問題なく仕上がるだろう。
また、使い物にならないと廃棄予定であった、枯葉を侯爵家で買い取り、試しに腐葉土として使用したところ、神話のように美しいオーロラのような輝きを放つ薔薇の作出に成功した。
加えて、ソフィアの固定魔法の付与により、その美しさを半永久的に保つことで、リリアーヌの妖精のような可憐さをより彩るための完璧な飾りが完成した。
さらに今回の件で、『世界樹』の管理権を取得できたのは大きい。
国が動き出す前に、先んじてこの危機を救ったということを最大限に公言し、『聖樹 管理局』の改革案を呑み込ませた。
過去の儀式を正しく継承できなかったのは国の落ち度である。当家に所属する専門家による新たな枠組みを可及的速やかに設立する必要がある。
そう申し入れて、侯爵家の管轄に引き入れることに成功した。その『聖樹管理局』は現在侯爵家の支援の下『聖樹観光協会』として再編成される予定だ。
ロクサーヌの話では、昔は「おまじない」の行使に男女の区別はなかったという。
より多くのエネルギーを得ることが目的なら母数は多いほうが都合がよく、また、ロクサーヌが世界樹に込めている力が「推し活」によるものであることも報告されているため、例の村を「推し活」の聖地として、観光客を誘致することとする。それが、世界樹の保全対策の要として定めた方針だ。
「おまじない」というものは、時代に合わせた装いの変更が欠かせない。
今回のように若者の関心が逸れた瞬間に供給が途絶える……といった不備を繰り返さぬよう、常に流行の最先端を捉える若年層を、広報担当として起用する部門の設立も検討されている。
形こそ変われど、人はいつの時代も何かに願い、縋り、熱狂したくなるもの。その「おまじない」という名の不変の流行を、我々が正しく飼い慣らしてやればよい。
手元の資料を精査するエレオノーラは、扇子の陰で満足げに口角を上げた。
『管理局』の解体と、利権の塊である『観光協会』の設立。王家への恩売り。
さらには、廃棄物だった枯れ葉から産まれた「虹色の薔薇」という独占的財産。
――天を仰ぐような慈愛の微笑みを浮かべながら、地を這うような利得を余さず掻き集める。
淑女の皮を被った冷徹な投資家。これこそが、エレオノーラ・ド・ヴァランシエールの「美学」であった。
さて、と、シオンとレヴィンの後ろにこっそり隠れているリンとガイに目を向ける。
「続いて、今回の被害についてまとめますわよ。まず、リンとガイのドレス代。最高級の生地に、一流のデザイナー、および、匠の技を持つ針子集団による一級品です。見たところ、修繕修復は不可能、よってあなた方の買取とします。それと、カニ型のバイオセンサーについてですが、カイル、説明しなさい」
大切なカニたちの無残な姿に、むせび泣くカイルが、子を傷つけられた母のごとく、殺意に満ちた目で叫んだ。
「君たちは!僕の最高傑作を何だと思っているんだ!?なぜいつも壊す!!魔道回路は断絶、魔力センサーは熱暴走、可愛い外装は見るも無残な焼け焦げ!修復不能だ!!!」
「意義あり!そいつは関知するエネルギーに耐えきれず、容量超過で自滅したんだ!不良品だ。不当な訴えだ!」
しかし、リンとガイも自分たちの被害を減らすために必死だ。ドレスの責任は免れなくとも少しでも被害総額を減らしたい。お互い一歩も引かず一触即発のまま睨み合う。
「お止めなさい、みっともない。…今回の件については、減額措置の余地があります」
負債の減額措置。このギルドに所属してから初めて聞く言葉に三人が静止した。エレオノーラは、お気に入りの扇子をパチリと閉じて、悠然とほほ笑んだ。
「職員に採用したマリアンヌという娘から、『聖樹観光協会』の上層部に、あるプロジェクトの申し入れがあったそうです。なんでも、一部の職員達に、熱狂的な支持を得た『乙女候補』がいたそうで…」
嫌な予感に、リンとガイの背筋にじっとりとした汗が伝う。
聞いてはいけないと本能的に思っているのに、蛇に睨まれた蛙のように体が動かない。
「『リンネ&ガイア』。この二人を、観光大使としてPR活動を行う案とのことです。姿絵や、専用の『恋乙女の護符』――こちらは改良して商品名も変更予定ですが、の販売、販売数を伸ばす特典として握手券をつける、など、大変魅力的な提案でした。」
プロジェクト内容は実に多岐にわたり、それ以外にも様々なイベント企画が用意されているようだったが、聞きたくなかった。そんな計画、知りたくなかった。
「私が試算したところ、この企画による収益は、あなた方の負債を……そうね、雀の涙ほどは減額できる見込みよ」
提示された報酬明細は、もはや請求書としての風格を漂わせていた。
姿絵の肖像権、握手会、そして「推し」を愛でるための新たな護符の販促活動。 「リンネ」と「ガイア」という偽りの名で、可憐な少女を演じ続ける日々。
これから訪れる、嬉しくもない未来を想像しながら、二人は、もはや涙も枯れ果てた目で、自らの尊厳と肖像権を金に換える契約書にサインを書き殴った。
ペンを走らせるその速度だけは、最速の魔導士の名に恥じぬキレを見せていた。
後日、いつものように社会勉強と称して訪れた王太子クロヴィスによって、かねてより提出されていた、管理局からの提言書を受けて、来月にも有識者による検討会を行う予定だったと伝えられたリンとガイは八つ当たり気味に怒鳴りつけた。
「お前ら、いつも判断が遅ぇんだよ! 官僚機構の鈍重さが、罪のない美少女の借金を増やしたんだぞ!」
「そうだよ! 王家がスピード感をもって対応してりゃ、俺たちの尊厳は守られてたんだ! 王家の不作為だ!」
少女の姿(衣装買取済み)のまま、泣きながら怒鳴り散らす『双子座』に気圧され、アルテミスの未来を背負う王太子は、苦虫を噛み潰したような顔で、振り絞るように約束した。
「……善処する」
本日も、魔導士ギルド『天球の灯』は、国家級の理不尽と、ささやかな平和に満ちているのだった。




