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煩い男と静かな奴隷

声を荒げる男と、

声を奪われた男がいた。


俺が選んだのは、静かな方だった。



「食い物をくれ!金ならある!」


やつれた商人風の男が、開口一番にそう迫ってきた。

ただ森を抜けたかっただけなのに、ついてない。


周囲を見回すと、車輪の外れた荷馬車が一台。

馬の姿はない。

魔物にでも襲われて、立ち往生したところだろうか。


どうしたものかと考えていると、気配が近づいてきた。

暗い茂みを見つめると、そこから“ソレ”が現れた。


「このグズ! いつまで待たせんだ! とっとと寄越せ!」


商人風の男が怒鳴り、ソレの手にあった壺をひったくる。

中身をガブガブと飲み干し、ようやく一息ついた。


水汲みに行かせていたらしい。

だが、近くの水場は片道三時間はかかるはずだ。


「ッハァ……いやぁ、お見苦しいところをお見せしました」


男は胡散臭い笑みを浮かべ、こちらを値踏みするように見る。


保存食のパンを取り出しながら、どこまで行くつもりだったのかを尋ねると、

男はパンに目を釘付けにしたまま「ランガスだ」と答えた。


「ランガスまで連れて行ってやる。対価はソレでどうだ?」


指差した先を見て、商人風の男は眉を寄せる。


「力仕事しかできねぇ、役立たずですが?」


「ああ。構わない。ソレがいい」


「こちらとしては異論ありません!」


パンを与えている間に火を起こし、串肉を焼く。

男は涎を垂らさんばかりの顔で、差し出した肉に獣のように齧りついた。


腹が満ちたのだろう。

満足げな男に、明日は早朝出発だと告げると、「じゃあお先に」と荷馬車へ向かう。


立ったままのソレに向かって、


「見張りサボんじゃねーぞ!」


と怒鳴りつけ、扉を閉めた。


……本当に煩い男だ。


改めて、ソレを見る。


擦り切れた半ズボン以外に衣服はなく、剥き出しの身体には無数の傷跡。

胸には隷属印。

首には、言葉を封じる首輪。


うん。完全なる奴隷だ。


手招きすると、素直に近づいてくる。

音も匂いも外に漏れない結界魔法を展開した。


「?」


何かを感じ取ったのか、周囲を見回す。


「結界だ。あの男にはバレねぇよ」


炙ったパンに、塩を効かせた串肉。

デザート代わりの果物も添えて皿に盛る。


差し出すと、奴隷は目を見開いたまま固まった。


「要らねぇの?」


下げようとすると、慌てて両手で受け取る。

かなりの量だったが、あっという間に平らげた。


温かい茶を注いでやり、俺は毛布に包まって横になる。


「魔物避けも張っとく。少しは寝とけ」


どうせ、朝からまた使われるのだろう。


奴隷は茶を飲み干すと、小さく頷き、座ったまま目を閉じた。



朝の冷気で目を覚ますと、奴隷が薪を焚べていた。

燃え跡を見るに、夜通し火の番をしていたらしい。


「おはよう」


声をかけると、ぎこちなく頭を下げる。


火の番への礼を告げると、目を見開いたまま固まった。


そのまま放置して顔を拭き、朝食を用意する。

パンにチーズと塩漬け肉を挟んで炙るだけの簡単なものだ。


荷馬車から聞こえる騒音――どうやらイビキらしい。

起きる前にと、奴隷に皿を渡すと、迷いなく受け取り頭を下げて食べ始めた。


結界を解き、商人と自分の分を用意すると、

匂いにつられて男が這い出てくる。


礼もなく貪る姿に、溜息が出た。


車輪を魔法で直し、出発する。

馬がいないため、荷馬車を引くのは奴隷だ。


「オラ! さっさと歩け! ウスノロが!」


……引いて歩けるだけでも十分すごいと思うが。


そっと重量軽減をかけると、奴隷は一瞬だけ驚いた顔をして、

こちらに小さく頭を下げた。


順応が早い。


出てくる魔物は雑魚ばかりなのに、商人は喚き散らす。

本当に煩い。


夕暮れ前、森を抜けて川の見える場所に出た。

水を確保し、夕飯にスープを作る。


商人を先に寝かせ、結界を張ってから奴隷と食事をとる。

昼に我慢させた分、パンと腸詰めを追加した。


恭しく受け取り、黙って食べる姿。


寝る前に「おやすみ」と言ってみると、

奴隷は焚き火を指し、自分を指して頷いた。


火の番は任せろ、ということだろう。


礼を言って眠りにつく。


翌朝、挨拶をしたとき、

奴隷の口元がわずかに歪んだ。


――たぶん、笑おうとしたのだろう。


丘を越えると街道が見え、遠くに町が現れた。

商人の足取りが急になる。


日暮れ前に到着すると、男は役所で奴隷契約を移譲し、

振り返りもせず宿へ向かった。


最後まで、礼の一つもなかった。



静かな男が、俺の隣に残った。


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