酔いが回らないうちに
その日は酒に酔っていたというよりも自分に酔っていた、という表現の方が正しい気がする。毎日毎日が消化試合になっていく感覚が許せなくて、どこか胃で消化できない髪の毛のような何かが心の奥で渦巻いていた。
「いらっしゃいませ。初来店ですか?女性の方の料金設定表はこちらになります。」
「初めてです。飲み放題でお願いします。」
「かしこまりました。」
地図アプリで適当に調べたバーは思ったよりも、狭くて、小汚くて、何か鬱屈とした私にぴったりで多分一般的には受け入れられないのだろうけれど、嫌いじゃなかった。店内では知らない洋楽が流れていて、マスターはかっこいいのだけれど、どこか冴えない顔をしていた。ワイン、ビール、日本酒、カシスオレンジ、ライムジントニック、シャンディガフ、モスコミュール、、、居酒屋で定番のものもあれば、名前は知っているけれど飲んだことのない種類のお酒が沢山載っていた。その中に一つ気になる名前があった。
「この恋慕というお酒は何です?聞いたことが全くないのですが。」
「そちらは当店オリジナルのものになっていまして、飲み放題からは少し外れてしまうのですが、特別な体験のできるお酒となっています。」
特別な体験、という言葉を聞いて思わず鼻で笑ってしまった。正直言って、私は相当飲まないと酔えない体質であるし、一杯のカクテルで特別な体験は言い過ぎではないかと思った。しかし、そんな馬鹿な誘い文句に乗ってあげるほどもう既に自分に酔っていた。
「では、それで。あと、特別な体験ってどういうことですか?そんなに特殊な味がするんですか?」
「味は普通のストロベリーカクテルです。ですが、特別なリキュールを使ってまして、貴方にとって一番思い入れのある恋を想起させます。」
そんなこと本当にできるのだろうか?とても胡散臭い話だったが、目の前に置かれた一杯のグラスを手に取り一気に飲み干す。度数が高いのだろうか、甘酸っぱいストロベリーの味とアルコール特有の味が鼻を突き抜けた。その瞬間、頭がぼやけていき大学時代3年間付き合っていたとある恋人の事が頭に浮かんできた。
一番好きだった恋人だった。彼の髪、輪郭、目鼻立ち、不器用なのにデートではリードしたがるところ、でもちょっとめんどくさがりなところ、喧嘩中絶対に私の話を遮らないで聞いてくれるところ、彼が興味ないことでも一緒に楽しんでくれるところ。お互いに就活が大変で、あんなに好きだったのに私が連絡を返さずにいたら、いつのまにか自然消滅してしまっていた。気が付いたら、自然と涙が流れていた。
「もう一杯同じものを。」
「申し訳ありません。このカクテルは本当に特殊なリキュールを使ってて一度きりしか効果がないんです。」
「いえ、大丈夫です。では、ハイボールを。」
酔いが冷めたらこの忘れていた感情も冷めてくれるのだろうか。今日はアルコールに心を浸そうと決意した。




