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ミネルバの翼  作者: 冴木 悠宇
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20.黒翼の守護神

 僕を守るように機人兵達の前に毅然と立つ、少女の薄桃色の髪が大きく風になびいている……。

 これは幻影なのか? 僕が数回瞬きしたとき、

「伏せなさい、リスティ!」

 鋭い叫び声の後、何かが僕の脇をすり抜けていった。


 その刹那――。

 僕の目の前で激しい閃光が煌めき、爆煙が上がった。

 爆風をまともに受けて転がった僕がのろのろと顔を上げると、ロケットランチャーを構えた美鈴さんが立っていた。

「お帰り、時間ぴったりじゃない」

 美鈴さんはロケットランチャーの全弾を発射すると、僕の手を引いて立ち上がらせてくれた。

「目的は!?」

 美鈴さんの問い掛けに、僕はやっとの事で肯いた。

「達したのね? じゃあ、ずらかるわよ!」

 おどけたように言うと、美鈴さんがぱっと走り出す。

 背後では炎と煙の中で、機人兵達が全滅していた。

 僕はその様子をちらりと見た後、美鈴さんの背中を追って走った。

 確かに少女の姿が見えた。

 ……あの娘は。

 くそっ、名前が思い出せない。

「セラフィムが出てくるわね」

 僕の襟首を掴んでコクピットの後ろへ放り込んだ後、美鈴さんはブレイバーの起動に取りかかった。軽傷とはいえ怪我してるんだ。もう少しいたわって欲しいけど、今はそんな事を言っていられない。

『ハッチ閉鎖……待機モード終了』

 操縦桿を引き起こす美鈴さんの細腕、素早い指さばきに再起動したブレイバーが震えた。

 メインモニターが灯り、ブレイバーの頭部に搭載されたメインカメラが外の様子を映しだした瞬間。

「ふっ!」

 美鈴さんは鋭く息を吐き、フライト・ユニットと脚部バーニアを強制点火し、機体をもの凄い勢いで後方へ発進させた。

「わあわあわあわあわあ!」

 シートに座れず、ひっくり返った僕はあまりのことに叫びまくった。

 美鈴さんは後退しながら、右手のライフル、グレネード。フライト・ユニットの高出力ビームカノン、ビームバルカン、あらゆる火器を前方へ向けて闇雲に乱射したのだ。

 モニターには爆光と、立ち上る爆煙しか映っていない。

「め、美鈴さんっ!」

 正直、僕は彼女が錯乱したのかと思った。

「リスティ、掴まりなさい!」

 激しい衝撃。

 美鈴さんはさらに機体を加速させると重機や大量の資材を薙ぎ倒し、脆い倉庫の壁と屋根を体当たりで破壊したあと、ブレイバーを飛翔させた。爆発ボルトが作動し、弾切れになったフライト・ユニットの高出力ビームカノンと、ライフル固定のグレネードランチャーが自動的に切り離される。

「ど、どうしたんですか!」

 身を乗り出してモニターを覗いた瞬間、僕は絶句した。

「何なの、あの機体は?」

 美鈴さんの攻撃で、全壊し炎上する倉庫の群。

 立ち上る黒煙から姿を現したのは……。

 優雅で流麗、黒く輝く美しい姿をしたその機体。僕のイメージの中では、純白の機体だったはずだ。

「エスペランゼ……」

 僕は喉の奥から声を絞り出すように、その黒い装甲兵の名をつぶやいた。

 ふわり――。

 長大なビーム・ランスを携え、機械とは思えぬ大きくしなやかな翼を広げ、漆黒の機体が宙へ浮き上がる。

「馬鹿にしているの? 今更こんな大型の機体でっ!」

 美鈴さんはブレイバーを反転させて逃げようとしたが、エスペランゼはそれを許さなかった。信じられない機動力で突進してくる黒い旋風、エスペランゼに煽られたブレイバーが、大きくバランスを崩す。

「こいつ、なんて動きをするの!」

 エスペランゼは無人なのだ。

 ブレイバーの頭上を押さえたエスペランゼから、雨霰と浴びせかけられるビームガトリング。美鈴さんは何とか地上すれすれで機体を捻り、激しい砲火をぎりぎりで回避する。

 目標を失ったエネルギー弾が地上に着弾し、大規模な爆発が起こる。海面へと迫り出している、廃棄区画の一部が大きく崩れて海中に落ち、巨大な水柱を上げる。

 ビームガトリングで、恐ろしいほどの破壊力だ。

 エスペランゼの隙をついて、ブレイバーがライフルを放つ。

 その精密な射撃。しかし幾筋ものエネルギー弾はエスペランゼを貫くことなく、堅牢な黒い装甲にあっさりと弾かれて霧散した。

 メインモニターを睨む僕は、両の肩をきつく抱きながら歯噛みしていた。

 エスペランゼが完成しているのなら、いくらカスタム・タイプでも所詮量産機であるブレイバーでは絶対に勝てない。

 海上都市ヴィラノーヴァの守護神たる装甲兵『エスペランゼ』、僕は人々の希望と信じていた。

 しかし。

 圧倒的なエスペランゼの力。焦燥感が募るコクピットの中に、電子音が響く。

「通信、誰?」

 驚く美鈴さん。

 僕は後ろから精一杯に手を伸ばし、通信機のスイッチを入れた。

『……の見る夢。それは荒れ果てた大地に花咲く、ささやかな希望』

 合成された機械音声。深くて低いそれは、エスペランゼの声。

「な、何? 何なの?」

 美鈴さんの声が、震えている。

『私は、必ず実現させる……』

 エスペランゼが、漆黒の翼を広げた。

『光無き深淵の闇で、自らの罪を償うがいい。必要無き者達よ』

 来る!

「美鈴さん、ヴィラノーヴァの尖塔を背にして下さい。盾にするんです!」

 僕が叫ぶと、美鈴さんは反射的にブレイバーを操った。

 ブレイバーがヴィラノーヴァにまとわりつく魔風を切り裂き、尖塔を目指して加速する。

 エスペランゼは一瞬躊躇したが、やはり追って来る。

 しかし、発砲はしない。

「エスペランゼの基本性能は、ブレイバーとは比べ物になりません。最大出力、装甲材、機動力。全てにおいて、量産機と比較できるレベルにないんです!」

 僕は今のうちに、エスペランゼの装備を含む、機体のデータを美鈴さんに伝えることにした。

「主装備は手に持つビーム・ランス、これは接近戦用に特化された機体だからです。左腕のシールドは、既存の装甲兵が標準的に装備している接近戦用ブレードを受け付けません。ビームガトリングの威力は、目の当たりにしたでしょう!」

「何よ、化け物じゃないの!」

 美鈴さんはブレイバーを左右へと大きく振りながら、撤退の隙を窺う。

 眼前に迫り来る美しい尖塔、この海上都市にそびえるコントロールタワーだ。

「絶対に尖塔を離れないで下さい……あっ!」

「そうも言ってられないっ!」

 上空から、尖塔の外壁を滑り降りてくるように、三十機ほどのセラフィムが攻撃を仕掛けてきたのだ。

 その時僕は気付いた。美鈴さんの身体が小刻みに震えていることに。

「この木偶どもがっ!」

 美鈴さんの鋭い叫び声と共に、ブレイバーのフライトユニットが唸りを上げた。

 エネルギー弾の集中砲火をかわしながら、美鈴さんはいきなりミサイルポッドの全弾を発射した。まるで意志を持っているかのように複雑な弾道をとり、ミサイルがセラフィムを目掛けて突き進む。

 ミサイルは確実にセラフィムの機体を捉えて弾ける、幾つもの爆光が闇を灼き、十機以上のセラフィムが粉砕され、バラバラと落下していく。

 一度機体を反転、離脱させた美鈴さんは空になったミサイルポッドを切り離し、ブレイバーを再び上昇させた。

 落下するミサイルポッドが、セラフィムの一斉射撃で瞬時にして粉砕される。

 ブレイバーを逃すまいと、執拗に迫るセラフィム。

「必要無いですって!? 言わせるか、そんな事っ!」

 美鈴さんが叫び声と共に連射したライフルのエネルギー弾を、白い翼を広げて機体をコントロールするセラフィムが容易く回避しながら突進して来る。

 美鈴さんはブレイバーを後退させながら、腰部のバズーカを一挺放り出した。次の瞬間、肩部のアンカーワイヤーが作動する。

 踊り狂うワイヤーをブレイバーの左マニュピレーターが掴み、勢い良く引くとアンカーへと繋がっていたバズーカが振り子のように大きく振れて、突進してくるセラフィムの一機に絡み付いた。

「捕まえたっ!」

 ブレイバーが発射したライフルのエネルギー弾が、バズーカの弾倉を撃ち抜き装填された弾が誘爆する。

 大規模な爆発が、セラフィム数機を巻き込んだ。

「そこを、どけぇっ!」

 叫んだ美鈴さんは、エネルギーの切れたライフルを投げ捨ててブレードを抜く、ブレイバーは接近戦用ブレードを振りかざし、五機のセラフィムを叩き斬った。

「……美鈴さん」

 半数以上のセラフィムを撃墜し、美鈴さんは肩で大きく息をしている。

 しかし、ブレイバーも無事ではなかった。

 ほとんどの武装を使い果たし、各部の装甲に被害があることがモニターに表示されている。あれだけの激しい戦闘で、この程度の損傷で済んでいるのが奇跡だとも言える。

 これまでに無い激しい空中戦にふらつく頭を押さえた僕は、左のモニターへと目をやった。

「あっ!」

 僕の声と同時に鋭く響く接近警報。

 大きく黒翼を広げたエスペランゼが、凄まじいスピードで接近してくる。

「きっ、来ました!」

「見えているっ!」

 エスペランゼが突き出した凄まじいビーム・ランスの一撃を、ブレイバーは辛うじてかわしたが、長槍の光刃になぶられた左肩の装甲、ミネルバ隊のマーキングが消失した。

 美鈴さんは、ブレイバーをじわじわと後退させながら、残っているバズーカをエスペランゼへと向けて発射する。

 五発全弾が着弾し、エスペランゼが爆光に包まれる。だがその程度の攻撃では、エスペランゼの堅固な装甲に傷一つ付けられない。

 爆煙の中から現れたエスペランゼは、咆哮し黒翼を広げた。

 しかし、いましもブレイバーに肉迫しようとしたエスペランゼが、突如バランスを崩して失速する。まるで悔しさを表現するように、ビーム・ランスを一振りしたエスペランゼは、黒翼を大きく羽ばたかせて少しの距離を後退した。すると、エスペランゼの機体に紫電が走り、力をみなぎらせたがエスペランゼが再び大きく吼える。

「そうか!」

 その様子をじっと観察していた僕は、思わず大声で叫んだ。

「リスティ、何?」

「美鈴さん、助かるかも知れませんよ!」

 僕は、思わずシートから身を乗り出した。

「どういうこと? 余裕がないの、的確に説明して!」

「どの機関なのかは特定出来ません。でも、エスペランゼの動きは、まだ完全じゃありません。海上都市のエネルギーフィールドに接触することで、エネルギーの供給を受けているようです」

「……じゃあ」

 美鈴さんも気付いたようだ。

 稼働するだけで莫大なエネルギーを消費するエスペランゼは、今の段階ではエネルギーの供給を受けるため海上都市を離れられない。

 残ったセラフィムは十数機、ブレイバーの速度なら逃げられる。

「美鈴さん!」

「了解!」

 ブレイバーが行動を起こしたと同時に、僕達の会話を聞いていたように、突出してきたセラフィムが、ブレイバーを包囲しようと散開する。

 ジュエル号で貰った武器はほとんどなくなっていたが、美鈴さんは背部に残っていた大型のビーム・ガトリングをブレイバーの両手に構えさせた。

「帰ったら、船長にお礼言わなくちゃね!」

 ビームガトリングが火を噴き、エネルギー弾を喰らったセラフィムが、木っ端微塵に吹っ飛ぶ。

 そして弾切れのビームガトリングを投げ捨てた美鈴さんは、頭上に広がる虚空へと掲げたブレイバーの左腕を、勢いよく振り下ろした。次の瞬間、ブレイバーの半身ほどもある長大なブレードが大きくスライドし、白熱化して唸り始める。

「大人しく、道を開けなさい!」

 遠心力を利用し、ブレイバーが左腕を振るう。

 凄まじい威力を発揮する刀身が、片っ端からセラフィムを両断していく。ブレイバーに接近するすべてのセラフィムは、まるで激しい竜巻にでも巻き込まれたように、バラバラに粉砕されていく。

 これで逃げられる! 少し安堵した僕は、尖塔の付近に浮いているエスペランゼの様子に気付いた。

 巨大な両の黒翼を大きくいからせたその姿……その黒翼の一部が大きく開き、迫り出している長い砲身にまとわりつく青白い光。

 あれは、『神の光槍』!

 間違いない、あれはエスペランゼに装備させるために開発されたのだ。

「美鈴さん! 逃げて下さいっ!」

 僕が叫んだその瞬間、エスペランゼの黒翼が輝いた。

 同時にエスペランゼの両翼の先端が弾けて粉砕し、砲身から目映い純白の閃光が迸る。

 膨大な光の衝撃波に飲み込まれたセラフィムが、一瞬にして蒸発していく。

 それはまさに、すべてを貫き灼き尽くす『神が携えし閃光の槍』

「エスペランゼ、お前はっ!」

 僕は絶叫した。

 闇を裂く純白の光熱波が、ブレイバーを飲み込もうとした。


『だめえっ!』


 僕には、はっきりと見えた。

 そう、僕はこの娘を知っている。

 向かい来る閃光の槍に立ちはだかろうとする、薄桃色の髪の少女。


 そうだ、彼女の名は『ミュルフラウゼ』

 美鈴さんの悲鳴と、少女の叫びが交錯する。

 そして僕の意識は、光の中へと弾けて消えた。



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