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ミネルバの翼  作者: 冴木 悠宇
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16.神の光槍

 長大な砲身をエレベーターから外す作業は、ブレイバーとライオネルにより難なく終了した。二機は地下構内から砲身を運び出し、同時に各種ケーブルとチューブ類とその接続プラグを引きずり出した。

 ブレイバーが背部に装備したフライト・ユニットを切り離す。肩部と腰部から数本のアンカーを射出して機体をワイヤーで大地に繋ぎ止めると、ランチャーを鋼鉄の両腕でしっかりと保持させた。

「リオ! コントロールケーブルとエネルギー注入用チューブを、ランチャーへ接続して!」

『うぇ~こんな複雑なの分かんないよ!』

「ぐだぐだ言わない! 知恵を絞りなさい!」

 美鈴はレーダーを監視しながら、ブレイバーの姿勢制御の数値を変更する。

 リオネルは複雑なケーブルの接続に泣き言を漏らしながらも、器用にマニュピレーターを操りながら全てのケーブル及びチューブをランチャーへと接続していく。

 長大な砲身を高々と振り上げたブレイバーは、真っ直ぐに向かい来る殲滅戦用空母へとその砲口を向けた。 

 その黒く巨大な機体は、もう肉眼で確認出来るほどに接近している。

「メノア、照準をコントロールシステムと同期して!」

『了解、同期開始……同期完了です!』

「こちらも確認した、コントロールシステムへ照準のリアルタイムデータ転送を開始する! 現在射程内でのエネルギー収束率は計算通り、照準誤差は範囲内!」

 次々と発射態勢が整っていく。

 僕は震え出す右手を掴み、荒い息をつきながら体を丸めた。

「ランチャーの薬室内へのエネルギー供給開始、完了と同時に圧縮に入ります!」

 メノアさんの報告。

 僕はトリガーへと震える指を掛けた……しかし。

 恐い、とても恐い。

 不安と恐怖が、僕の体に覆い被さってくる。

『リスティ。状況はどうなの、答えなさい!』

 突然、美鈴さんの声が響いた。

「リスティさん、もう距離がありません。殲滅戦用空母が攻撃態勢を取れば最後です。薬室内へのエネルギー充填完了から圧縮、ライフリングの正常回転まで、どのくらいの時間が掛かるか分からないんですよ!?」

 冷静なメノアさんも、焦り始めている。

「でも、でも美鈴さん。やっぱり無茶です! こんなランチャーを保持して射撃すれば、ブレイバーも無事では済まないんですよ!」

『この大馬鹿野郎! 誰がそんな事を心配しろって言った!』

 耳に当てた通信機からの音が割れるほどの怒声が響いた。

 今までで一番激しい怒り、美鈴さんが本気で怒っている。

『メノアぁ、美鈴が恐いよ』

 美鈴さんの貫くような鋭い叫び声に、驚いたリオネルが泣きそうな声を出した。

「リオ、大丈夫です。あなたは少尉の機体をバックアップすることに専念しなさい。後はしっかりと操縦桿を握って機体の姿勢を固定すること、大丈夫だから」

『……うん』

 しゃくり上げるリオネルはメノアさんの優しい声に励まされ、機体をブレイバーの背後へ移動させて固定する。

『リスティ、あんたも男なんでしょう? 怖がっていないで、しゃきっとしなさい!』

「分かっています、でも!」

 僕は美鈴さんの照準と、圧縮した高圧のエネルギーを解放させるトリガーとのタイミングを合わせなければならない。

 画面上で、射撃対象への照準が揺れている。

 単に撃墜するだけなら難しくないが、確実に殲滅戦用空母の胴体部分への着弾を成功させなければならない。兵器の小型化を目的とした実験装置なので、精密な射撃精度や連射性などを考慮されているわけではない、しかもランチャーを保持して照準をコントロールしているのはブレイバーなのだ。

 もともと固定式の砲台だ、装甲兵が保持して射撃すること自体に無理がある。美鈴さんが作業用のスティックで行う、マニュピレーターの繊細な操作は神業に近い。

 しかし、どうしても微妙に揺れている照準に僕は焦った。 

 次弾のエネルギーを薬室内に装填、圧縮するにはかなりの時間が必要になる。第一射に賭けなければならない、これを外せば全てが終わってしまう。

 そうだ、僕がしくじればどんな惨劇が起こるのか目に見えている。

 絶対に失敗は許されない、それを考えただけで急に体が震え出した。

 恐ろしさのあまり手の震えが止まらず、僕にはトリガーを引く事が出来ない。

『リスティ、よく聞きなさい』

 その時、僕の耳に響いた美鈴さんの声。

「美鈴さん……」

『いい? 息を止めては駄目よ』

 僕の耳に届くのは、美鈴さんの落ち着いた優しい声。

 微笑む黒曜石の瞳で見つめられたようだ。

『目を閉じなさい、私と呼吸を合わせるの。はじめに大きく吸ってから吐く、私が三つ数えたら目を開くのよ、オーケー!?』

 僕は美鈴さんの言葉を聞き逃さぬように耳を澄ます。

 通信機から聞こえる美鈴さんの息づかいに合わせ、ゆっくりと呼吸を繰り返した。

 焦る気持ちが無くなるわけではないけど、随分と胸の辺りが楽になった気がする。

『三、二、一!』

 美鈴さんの合図で目を開く。

『目を開いたら、あの馬鹿でかい相手の姿をしっかりと見据えなさい。いい? あいつらの目的は何? 殺戮よ! 大地に川のように血が流れ、多くの屍が晒されるわ。そんな事が許されるの!?』

 少しずつ、美鈴さんの口調が激しくなってくる。

 そして僕の心に強い感情が芽生え、頭を持ち上げた。

 そうだ、みんなを守りたい。

『あなたなら出来るわ! でも、あなた一人で立ち向かうんじゃない……聞こえる? いいわね、あなたの側には私がいる!』

 何よりも心強い、美鈴さんの言葉。

『分かった!?』

「はい!」

 僕はグリップを握る手に力を込めた、ふっと美鈴さんの両手が僕の手に重ねられたような錯覚を感じる。

「薬室内のエネルギー充填及び圧縮完了! ライフリングの回転安定しました、発射準備完了!」

 メノアさんの叫び声。

 その瞬間。照準が固定されて、殲滅戦用空母の黒い機体がロックされた。

『今だ、叩き落とせっ!』

 美鈴さんの叫び声と同時に、僕はトリガーを引き絞る。

 ブレイバーが構える長大な砲身から、目映い純白のエネルギー衝撃波が迸る。

 体を揺さぶる激震と轟音、激しい砂嵐が吹き上がった。

「美鈴さん、リオネルっ!」

 僕は思わず叫び声を上げた。

 発射された高圧のエネルギー衝撃波の余波、バックファイアをまともに受けて、ランチャーを保持しているブレイバーの頭部が全壊し、両腕の装甲、関節、マニュピレーターがバラバラに崩壊していく。

 機体を固定していたワイヤーが千切れ、大地に打ち込んだ全てのアンカーが弾ける。

 衝撃に耐えられなくなったブレイバーは、背後でバックアップしていたライオネルを巻き込み、二機は遥か後方へと吹き飛ばされて大地の上を転がった。

 放たれた光はまさに、『神が携えし閃光の槍』

 地表を包む熱い大気をさらに灼きながら、一直線に伸びていく純白のエネルギー衝撃波は狙い違わず、殲滅戦用空母の胴体部分を呑み込んだ。

 光の槍は死に神の船を貫き、構成する全ての部品、悪夢を撒き散らす千体以上の機人兵を溶解させていく。

 光に刺し貫かれた巨大なエイが、空中で苦悶するように身をよじった後、大気を震わせる轟音と共に巨大な爆光に包まれた。

「撃墜……です」

 呆然としたメノアさんの声。

 そうだ、僕が投げた光の槍は滅びや破壊をもたらすものではない。

 大切な命を守り、繋いでいくための希望の光だ。

 全身から力が抜けていく。ぼんやりと画面の中の爆光を見つめながら、僕はいつの間にか涙を流していた。


 ☆★☆


「皆さんの事をよろしくお願いします」

 メノアさんは、ガディさんへ深々と頭を下げた。

 この研究施設跡に留まるのは危険だ。集落で暮らしているすべての人々を、ジュエル号が安全な居住コアへと送り届ける事になったのだ。聖女様と慕うメノアさんと別れる事を集落の人々は拒んだが、彼女の熱心な説得にようやく応じてくれた。

「この研究施設は、私が責任を持って処分します」

 メノアさんは愛した人の墓標の前で、泣き笑いの表情で美鈴さんに言った。

「もう少し、トゥリープの側に居させて下さい」

 美鈴さんは、メノアさんを連れて行くつもりだったようだが、メノアさんの言葉に黙って頷いただけだった。

「安心しろよ、メノアにはあたしが付いてるんだから、ちゃんと守るよ!」

 おでこに大きな絆創膏を張ったリオネルが、満面の笑顔で僕にウインクした。

「はっ! 笑わせないで、守ってもらうの間違いじゃないの?」

「何だよ美鈴、喧嘩売ってんのか!?」

 よせばいいのに、リオネルを挑発する美鈴さん。

 二人の視線が真っ正面からぶつかり、ばちばちと火花が散っている。

 呆れて二人を眺めていると、メノアさんが僕の側に立っていた。

「リスティ・マフィン。私は、あなたを信じていますから」

 メノアさんは、僕の首に掛かっている銀のペンダントへそっと指で触れる。

 強い光を湛え、静かに微笑んでいる碧い瞳。

「どうかあなたに、安らぎの日々が訪れますように……」


 ☆★☆


 ジュエル号は、再び荒れた大地を進む。

 向かうのは最大の居住コア「クレイバーグ」だ。

「ねぇ、まだ終わらないの? ほらほら、盗賊が出るわよ~」

 汗だくでブレイバーの修理作業を続ける僕の背に、美鈴さんが投げつける容赦のない言葉。僕はそんな彼女の言葉を黙殺し、ただ黙々と体を動かし続ける。

 ブランディさんの加工した内部フレームは、あれほどの衝撃を受けても微細なダメージで済んでいる、僕にとってこれは大きな救いだ。

 ドラム缶に背を預けている美鈴さんは、体のあちこちに打撲を受けて包帯を巻いているが、いたって元気そうだ。

 ……案外、頑丈なんだ。

「ほら、盗賊が~」

「あ~っ、うるさいっ!」

 ついに我慢が限界の頂点を超えた、僕はスパナを足下に投げつけて勢いよく振り返る。

「気が散るんです、少し静かにして下さい!」

 怒鳴った僕は、ふとメノアさんの事を思い出した。

 急に頭の中が冷静になる。あの場所に一時でも留まる事が、彼女の心を苦しませはしないかと心配になった。

「美鈴さん。メノアさんは大丈夫でしょうか」

「メノアのことなら心配要らないわ。リオがちゃん守るわよ」

 僕の問い掛けに、美鈴さんはのんびりと頭の後ろで腕を組んだまま、ぽつりと答えた。

 へぇ……。

「美鈴さん。リオネルの事を、きちんと認めてるんですね」

「う、うるさいわね!」

 感心したように僕が言うと、我に返った美鈴さんは急にふいっと、そっぽを向いた。

 気のせいか、頬がほんのり赤くなっている。

「い、いいから早くブレイバーを修理しなさい! いま盗賊に襲われたら、私はチャリオットで出なきゃならないの、あんなサルみたいな機体は絶対に嫌よ。せめてブレイバーみたいに、真っ赤に塗ってくれなきゃ乗らないからね!」

「はいはい」

「ちょっと、リスティ! 何をへらへら笑ってるのよ、ちゃんと分かってるの? いい? 私はね……!」

 騒いでいる美鈴さんをあしらいながら作業を続ける僕の心の中で、メノアさんが残した言葉が今も揺れ続けている。

 彼女は、僕に言った。

 メノアさんとリオネルが発揮した力。それは優れた情報処理と演算能力、驚異的な動体視力、反射神経と運動能力。しかしメノアさんは、救いと真実を求める僕に答えを与えてくれる事は、ついに無かった。

 記憶の『鍵』を開いた時、僕の心は砕けてしまう……そんな事があるのだろうか。

 でも、彼女の人間離れした能力を見ていれば分かる。それは、メノアさんの思いやりなのかもしれない。

 大きな手掛かりだったのに……。

 僕は仕方なく、大きな疑問を心の隅へと追いやった。

 あと幾日もすれば、ジュエル号は母港である「クレイバーグ」へと帰港するはずだ。


 そして、僕は――。

 ひとつの決断を迫られていた。

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