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ミネルバの翼  作者: 冴木 悠宇
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15.死神を運ぶ船

 空へと立ち上り続ける、黒々とした不気味な噴煙。

 戦闘を終えたブレイバーが、地上へと降り立った。踵から飛び出したフックが乾いた大地に食い込み、真紅の機体を安定させる。

「まだ、何か来る!」

 残存するセラフィムがいないかと警戒していた美鈴は、レーダーへと灯った光点に気付き、ヘルメットのバイザーを開けて叫んだ。ブレイバーのレーダーに映った影、とてつもなく巨大な飛行物体がゆっくりと接近して来る。

 ただならぬものを感じた美鈴は、ブレイバーに残されている武装を確認して鋭く舌打ちした。

 エネルギー切れのライフルは、すでに投棄している。ブレイバーの接近戦用ブレードはリオネル機が使用しているが、もはや耐久限界を超えているだろう。

 そして左腕のシールドに装備した大型の接近戦用ブレードも、あと数分程度しか稼働時間が残されていない。残る武器は、肩部に搭載されたバルカン砲のみ。

 これでは、まともに攻撃など出来ない。

 近くに着陸しているライオネルは、フライト・ユニットに深刻なダメージを受けているはずだ。

 しかし、今から補給や補修をしている時間は無いかもしれない――。

 美鈴は、手を伸ばして通信機のスイッチを入れた。


 ☆★☆


『ブレイバーより発令所へ! そちらのレーダーは何か捕捉している? こちら側の故障でなければ、巨大な飛行物体が接近していると思われる、こちらへ至急情報を!』

 発令所へと響いた、美鈴さんの緊迫した声。

 間違いなく発令所のレーダーにも捕捉されている、最大望遠にしたモニターへと映った機影。真っ直ぐにこちらへと近づいて来る、それは死神を乗せた船。

 あの巨大な戦闘空母は、殲滅戦を主たる目的とした『死神の船』だ。僕は睨み付けていた目の前のレーダーを、力任せに殴りつける。

 大きな音が響いて、皆が息を飲んだ。湧き上がっていた発令所が、水を打ったように静まり返りっている。僕が殴りつけたコントロールパネルがひしゃげ、その様子を見てびくりと後退りするミホロさん。発令所にいる誰もが、驚いたように僕を見つめていた。

 しかし僕には、そんな視線などまったく気にならない。

 怒りのあまり叩き付けた拳に血が滲んでいるが、僕は少しも痛みを感じなかった。

「あんな物まで……あんな物まで、引っ張り出すのか!」

 体の中から吹き出す憤激、まるで全身の血液が沸騰したようだ。

「くそっ、ふざけるなよ!」

 壁を力任せに殴りつけ、僕はコントロールルームを飛び出す。

 無意識にエレベーターを使おうとしたが、稼働していない事に気が付く。エレベーターの横に階段がある事を思い出し、僕は扉を思い切り蹴破った。

「こんな凄惨なやり方をしてまで、お前らに人間を裁く権利があるのか!」

 憤激に突き動かされ、地下へと続く冷たい階段を駆け下りていく。

 無機質な壁が続く建物の中を走る、道順を間違える事など絶対にあり得ない。

 この研究施設の地下には、大規模な発電システムが設置されている。

 そして――。

 僕は階段の終わりに見えてきた扉に近づくと、作業服の左胸のポケットから一枚のディスクを取り出し、急いで扉のロックシステムに読み込ませた。

 しばらく待つとディスクが挿入口から戻される、ロックが解除されて分厚い扉が音もなく開いた。

 僕はディスクをひったくると、無造作にポケットへと戻して室内へと駆け込む。その扉の向こうにあるもの、それは巨大な実験設備だ。

 扉に掲げられているプレート、記されている文字は。


 『Light spear of God』……そう、それは神の光槍。


 高出力のエネルギー衝撃波を発射する、巨大な砲台の実験装置。

 凄まじい威力を発揮するこの兵器を装甲兵に装備させる為、小型軽量化の実験が繰り返し行われた。この土地の厳しい環境は人を寄せ付けない、実験にはとても都合の良い場所だった。

 僕は、何度も条件を変えて実験の指示を出した事を思い出した。今になって思えば、その行為は禁忌に触れる事だったのか。

 そして光の槍を前に、僕の心は竦んでしまいそうになる。

 僕は以前、身を隠していた廃墟でこの光の槍に灼かれるところだったのだ。

 駄目だ――。

 怖がってなどいられない、そんな思いに捕らわれている時間など微塵も無い。

 調べてみたが砲台の制御システムは全く痛んでいない、電力さえ供給出来ればすぐにでも稼働するはずだ。


 薄暗い施設内でおぼろに照り返す「神の光槍」を放つ砲身を睨み付け、シートに座り制御システムの起動スイッチに手を掛けた時、

「あなたはやはり、この実験装置をご存じなのですね?」

 実験室内に響く澄んだ声。

 驚いた僕が振り返ると、そこにはメノアさんの姿があった。

「メノアさん!?」

 僕は心臓が止まるかと思った。

「メノアさん、僕は……」

「リスティさん、話は後です。時間がありません、発射準備に掛かりましょう」

 口籠もる僕に構うことなく、メノアさんがコントロールパネルの操作を始める。もう時間が無い。そうだ、彼女の言うとおりだ。

 システムの起動スイッチを入れると、実験施設が稼働を開始する。室内に明かりが灯り、コントロールパネルの計器類が振れる。微かに機器の冷却用ファンの音が聞こえ始めた。

「絶対に撃墜しないと」

 コントロールパネルを操作していると、外すのを忘れていた通信機から美鈴さんの声が聞こえた。

『リスティ、聞こえる? いったい何をやっているの!?』

「美鈴さん、リオネルと一緒に後退して下さい。『殲滅戦用空母』が接近しているんです!」

『殲滅戦用空母? 何よそれは!』

 美鈴さんの声音に、彼女の苛立ちを感じる。戦場に於いて発揮される鋭敏な勘が、大きな危険を知らせているのだろう。

「あれは巨大な爆撃機です! 攻撃圏内に入る前に撃墜します」

『爆撃機? あんなうすノロ、あたしがコントロールユニットを破壊してやるよ!』

「それは駄目だ、リオネル!」

 僕の鋭い叫び声に驚いたのか、リオネルが押し黙る。

「ごめん。ごめんな、リオネル!」

『リスティ、理由を説明しなさい!』

 美鈴さんには『殲滅戦用空母』の脅威が、理解出来ないのだろう。

「リスティさん、通信機を私に貸して下さい」

 僕は通信機のヘッドセットを外して、メノアさんに手渡した。

「少尉。時間がありません、簡易的ですが説明します。殲滅戦用空母には、ひとつのユニットに数百体の機人兵がセットされています。空母に積載されているユニットはおおよそ十基、攻撃対象の直上で次々と本体からユニットを投下します」

 地上に投下されたユニットから現れた千体以上の機人兵は、センサーに感知する生命反応を頼りに殺戮を始める。

 彼等に与えられた命令は、殲滅……それこそ、すべての命を根絶やしにするように。

「機人兵がセットされている全てのユニットを一撃で破壊しないと、個々に独立しているユニットが、次々に地上へ投下される仕組みなのです。投下された機人兵は目標へ殺到し、破壊と殺戮の限りを尽くすでしょう」

 空母に搭載されているユニットの全てを、一瞬で焼き払わねば大変な事になる。

「殲滅戦用空母は大戦末期、ヴィラノーヴァが運用を開始するという噂がありました。機体データも情報部にはあったようですが。劣勢の連合軍が混乱を避けるために、ひた隠しにしていた情報です」

 美鈴さんと会話をしながらも、キーボードを叩くメノアさんの素早い手捌きは止まらない。まるで全ての操作手順を熟知しているように、流れるようにシステムをコントロールしている。

「この集落の地下には、海上都市の技術によって建造された実験兵器があるのです。私達が独自に調査を進めていたので、動作確認は完了しています」

 メノアさんは、一度僕へと視線を向けた。

「コントロールシステムの起動が完了しました、リスティさんに砲手を任せます。コントロールシステムの操作、照準及び射撃のサポートは私が行います。少尉はリオネルと共に、しばらく待機していて下さい」

『了解。いま、私に出来る事はなさそうね。ブレイバーは現状で待機する、ただし情報は逐一転送して!』

「了解です、少尉!」

 同部隊だった事を窺わせる、二人の通信のやり取り。

 メノアさんは一通りの事を美鈴さんに答えると、通信機のヘッドセットを僕へと差し出した。

「不思議ですか?」

「え?」

「あなたの言葉を借りるのなら、記憶の一部を封じた鍵を外した状態なんです。私も、そしてリオネルも」

 僕を見つめる真剣な表情のメノアさん瞳が一瞬だけ、哀しげな光を映した――。

「入力数値、分かりますか?」

「は、はい!」

 我に返った僕が示す最も有効なエネルギー衝撃波の収束効率の数値を、メノアさんが再び目にも留まらぬ早さでキーボードを叩き入力していく。

 全ての入力を完了させると発射ボタンの赤色灯が灯り、僕の目の前に銃のグリップを模した発射装置が迫り出す。

 使い込まれた砲身の引き金だ。

 しかし。同時に施設内に大きな振動が起こり、メノアさんの前のモニターへと警告を発するメッセージが表示された。

「砲身を地上へ出すためのエレベーター、及びハッチの動作が不能です!」

「そんな!」

 メノアさんが表示された警告の要因を読み上げ、それを聞いた僕は思わずシートから腰を浮かせた。廃棄された研究施設なので、メンテナンスなど全く行われていなかったからだろう。

 くそっ! こんなところで、つまずくなんて!

『リスティ! 何か問題が発生したの?』

「エレベーターの故障です。このままでは砲身が地上に出せないんです!」

 美鈴さんの通信に、僕は現状を報告した。

『ブレイバーでハッチを破る、それで発射は可能なの?』

「それだけでは駄目なんです、砲身を載せたエレベーターの動作不良がどうしようもない!」

 美鈴さんは、しばらく考えていたようだ。ほどなくして、ブレイバーから通信を求める電子音が響いた。

『ひとつ質問するわ、ブレイバーでランチャーを発射する事は可能!?』

「それは可能ですが……ブレイバーでは照準しか制御出来ません。トリガーはコントロールセンターで受け持つ事になります。まずは砲身を地上へ持ち出して、各種の接続部品を繋ぐ作業が必要です!」

『もう時間がない、やってみるまでよ! ブレイバーへマップデータを転送して!』

 美鈴さんは本気だ。

 マップデータの詳細情報を呼び出すために、メノアさんがすぐさまキーボードを叩き始める。


 ☆★☆


『砲身のエレベーターハッチの場所を、ブレイバーへ転送します!』

「リオ、付いて来なさい!」

『あいよ、分かった!』

 メノアの通信を聞いたあと、モニターへ開いたマップのマーカーを確認した美鈴は、踵のフックを外しフライトユニットを最大噴射して、ブレイバーを跳躍させた。上空でマップが示す光点と地形を一致させると同時に左腕を振り上げ、稼働限界が近い大型接近戦用ブレードを最大発振させる。

「そこだっ!」

 ブレイバーが大地を分断するかのごとき勢いで、ブレードを思い切り叩き付ける。

 凄まじい衝撃と共に砂塵が吹き上がり、乾いた土の下へと隠されていた鋼鉄の開閉式ハッチが破られた。

「エレベーターハッチの破壊を確認。ブレイバー及びライオネルは、施設構内に進入してランチャーを確保する!」

 破壊したハッチを大きくこじ開けて進入口を確保し、構内にブレイバーとリオネル機が入り込む。

 薄暗い構内でエレベーターに乗っている、その長大な砲身。

「何よ、これ……」

『ほへ、大きくて、長い大砲だぁ』

 美鈴が息を飲む、リオネルの驚嘆する声も流れてきた。

 砲身の長さはブレイバーの全長の倍以上ある、エレベーターへと固定されている砲身には、様々なケーブルが接続されていた。

「リオ! 手を貸して、この大きなランチャーを取り外して地上に出すわ」

『ええっ! こんな長いの持ち出して、どうするんだよ!』

「ブレイバーでこいつを撃つのよ。リオ、早く手伝って!」

 美鈴は稼働限界を超え、用済みになった左腕の大型接近戦用ブレードをその場に切り離すと、急いでランチャーをエレベーターから取り外す作業に取り掛かった。

 モニターへと映っている両翼を左右に広げた巨大なエイを思わせる『殲滅戦用空母』は、真っ直ぐに向かって来る。

 鋼鉄の鎧を纏う、死に神を解き放つために――。

 もう、一刻の猶予も残されてはいない。

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