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ミネルバの翼  作者: 冴木 悠宇
14/29

13.双璧の翼 (前)

挿絵(By みてみん)

 ブリッジへ飛び込んだ僕は重い空気に一瞬たじろいだ。

 ガディさんをはじめ、主要なクルー達がブリッジに集まって難しい顔で立ちつくしている。こんな光景を見るのは初めてだった。

「ガディさん!」

「来たか、ぼうず。こいつを見ろよ」

 ガディさんに促され、僕はモニターへと映された外の様子を見て息を飲んだ。

 念のためジュエル号は監視カメラを廃墟の外に設置していた、そのカメラが写した映像は、滞空する無数のセラフィム・タイプの姿を捉えている。

 純白に輝く機体……盗賊がスクラップを修理した寄せ集めの機体ではない。

 間違いなく海上都市ヴィラノーヴァから飛び立った機体だろう。精巧に重なり合う一枚一枚の羽根、白い翼がはばたく度に燐光が煌めき大気に溶けていく。柔らかな曲線に形作られたしなやかな機体、その姿は人々にとって守護者となるべき役割を担うに相応しい。

 ……しかし、ヴィラノーヴァという神の城へ無謀にも剣の切っ先を向けた人間に、天使の名を持つ装甲兵は死の宣告という重い罰を与え続ける。

 連合軍が運用する『VX-F型』を遥かに凌駕するセラフィムの機体性能、それは連合軍に『VX-F型』後継機の開発を断念させるほどの衝撃だった。

「盗賊なら何百機集まったって、問題無いんだけど」

 顎に手を当てて、美鈴さんがつぶやく。

 ヴィラノーヴァの直属である、いわば本物の『セラフィム・タイプ』と幾度もの交戦を経験している美鈴さんの言葉が、ブリッジ内の空気をさらに重くした。

「監視行動ではないのですか?」

「それはないわね。監視行動なら五機の編隊のみ、こんなにぞろぞろ集まったりしないわ」

 首を傾げるミホロさんへ、美鈴さんはレーダーを指し示して説明した。 

 セラフィムは間違いなく、この研究施設を目標にしている。モニターを睨み付ける僕は、唇をきつく噛んだ。

「さぁて、俺達は袋のネズミって訳だな」

 ガディさんが太い腕を組んで唸った。

 モニターを見つめる他のクルーからも有効な意見は出ない。僕は美鈴さんへ視線を送ったが、彼女は厳しい表情のまま首を横に振った。

「船では正確な状況が把握出来ないようですね」

 静かなブリッジ内へと響いた涼やかな声。

 ブリッジの入り口に、真剣な表情のメノアさんが立っていた。

「メノア」

「こちらへ来て下さい、有効な対策も立てられるでしょう」

 美鈴さんに厳しい表情で頷いたメノアさんは、さっと踵を返した。


 ☆★☆

 

 メノアさんに案内されたのは、発電システムの集中コントロール室だ。

 膨大な電力の発電と利用可能な電圧への変圧、各受変電設備への供給のための送電などを制御している。 

「先ほどから数機のセラフィムが、この地下施設を何度も探査しているようです」

 オペレーターが、メノアさんへ状況説明の補足をする。

 忙しなくコントロールパネルを操作している数人のオペレーター達は、システム関係に詳しい経歴を持っている集落の人々だろう。メノアさんはデータシートを持ち寄った彼らと、真剣な顔でやり取りをしている。

「警戒システムを起動しました、以後この場所を発令所として使用します。刻々と変わる外部の状況を正確に把握する事が可能です」

 どうやら議論がまとまったらしい。

 メノアさんがジュエル号のブリッジクルー達に、最新の状況説明を始めた。集落の発電を制御している場所には、この研究施設を守っていた警戒システムがある。

 実験データ収拾の終了と共にヴィラノーヴァの中央制御システムはこの研究施設を廃棄と位置付けていたはずだ。利用可能なデータはすでにこの研究施設には残ってはいないだろう。

 セラフィムがここを入念に探査しいてるという事実。用済みになった研究施設へ人間の生命反応がある事を、ヴィラノーヴァ中央制御システムが察知したのだろうか。

 それとも、やはり僕が狙われているのか……。

「彼女は優秀よ、情報分析の信頼度は高いわ」

 メノアさんを褒めた美鈴さんだが、その表情にはどこか影がある。

 一度、黒曜石の瞳を伏せた美鈴さんは顔を上げて大きなモニターへ映されている映像を睨み付けた。

「ざっと、四十機位ね。順番に一機ずつ相手が出来るのなら、まだ勝算があるのに」

 美鈴さんの険しい表情。

「三分の一くらいは、私一人でも撃墜出来ると思うけど。一度に相手をするのはまず不可能……」

 三分の一を撃墜出来ると豪語する美鈴さんも凄いけど、確かにブレイバーも無限に攻撃を続けられる訳ではない。

 ライフルに充填されたエネルギーにも限りがある。そして接近戦用ブレードの耐久性も考慮しなければならない。

 元々『VX-F型』の設計思想では、長時間の単独行動を想定していないのだ。

 頼みの綱、ブレイバーを駆る美鈴さんに不可能と言われれば、僕達にはもう打つ手が無い。

 その時、メノアさんが発令所内を見回した。

「少尉、私に提案があります。リオ!」

「あいよ!」

 軽い調子で答えたリオネルが、ぴょんと撥ねて前に出る。メノアさんはリオネルの髪を撫でながら、くりくりとした碧い瞳をじっと見つめた。

「リオ、よく聞いて。この区域からセラフィムを排除しなければならないわ。あなたの役目はセラフィムの陣形を崩す事です、撃墜する事は考えないで」

「え~なんでだよ」

 メノアさんに優しく髪を撫でられ、碧い瞳を細めてくすぐったそうな顔をしていたリオネルが、途端に唇を尖らせた。

「リオ、お願い。あなたの行動はいつものように私がサポートします。セラフィムの撃墜は小尉に任せて」

 リオネルは不服そうに頬を膨らませているが、どうやら承諾したようだ。

 メノアさんは、ぽんとリオネルの頭へ手を置いて頷くと顔を上げた。

「少尉、リオがセラフィムを攪乱します。陣型が崩れたらセラフィムを各個撃破して下さい。牽制の必要が無いため、ライフルのエネルギー消費も極力抑えられます」

「メノアさん、待って下さい! たった一機で攪乱なんて、リオネルに危険はないんですか?」

 僕にはメノアさんの提案した作戦が納得出来ない。

 セラフィムの機動力は『VX-F型』を大きく上回る。ノーマル仕様のライオネル一機では、攪乱するどころか逆に包囲されてしまう危険が高いからだ。

「大丈夫、リオは特別な子です。それから、リオの身は私が守ります」

 僕の不安そうな表情を読みとったのだろう。メノアさんがきっぱりと言った。

 しかしそんな言葉だけでは理由になっていない、僕がさらに問いただそうとすると、

「お前、あたしを心配してくれるのか?」

 にんまりと笑ったリオネルが、猫のように僕にまとわりつく。

「安心しなよ。メノアがいてくれれば、あたしは大丈夫だから!」

 どんな絆が存在するのか僕には分からないが、リオネルはメノアさんを絶対的に信頼しているらしい。そんな僕の気も知らずに、リオネルは僕へ無邪気にじゃれつく。

 僕が困っていると、ずいっ!との目の前に立った美鈴さんの瞳が半眼になった。

 (え!?)

 そう思った瞬間、美鈴さんの右手がすっと僕の顔面に伸びて来た。

 まずい! 僕は咄嗟に身を固くする。

「痛たたっ!」

 予想通り美鈴さんに思いっ切り額を弾かれて、目の前にいくつも星の残像が見えた。

「この馬鹿! 鼻の下伸ばしているんじゃないの。死にたくなかったら、きびきび動きなさい!」

 ずきずきと痛む額を押さえてうめく僕を挟み、リオネルと美鈴さんの間に険悪な雰囲気が渦巻いている。僕には何が何だか分からない、二人のコンビネーションを必要とする作戦なのに。しゃがみ込んで滲んだ涙を拭う僕をよそに、その間にもメノアさんは次々に指示を出してゆく。

「ガディ船長、ジュエル号は装甲兵を積載しているのですか?」

「ああ、チャリオットが三機あるぜ?」

 メノアさんの問いに、ガディさんが無精髭でざらつく顎を撫でながら答えた。

「では実弾装填式で構いません、ライフルを装備して下さい。最終防衛ラインへの配置をお願いします。セラフィムが集落へと入り込むような想定外の事態が起こらない限り、発砲はしなくても結構です……おそらく危険は少ないでしょう」

「分かった、すぐ準備に掛からせる。おい、ミホロ! お前はここに残れ、船との連絡役だ」

 ガディさんの指示に、メノアさんがミホロさんへと通信機のヘッドセットを差し出す。

「通信士の方ですね。では、お任せ出来ますか?」

「は、はい。頑張ります!」

 直立不動になったミホロさんが、緊張した面持ちでメノアさんに敬礼する。

「少尉とリオはすぐに各自の機体へ搭乗して下さい。リスティさん、少尉のバックアップはお任せします!」

「はい!」

 僕は大きな声で返事をしたけど、美鈴さんは不機嫌そうな表情で僕を睨み付け、

「張り切ってるんじゃないの。私は、あんたなんか当てにしてないわよ」

 そんな刺だらけの言葉を僕に投げつけると、「ふん!」とそっぽを向いた。

 美鈴さんは、いったい何を怒っているんだろう?

「リスティ、あたしに任しておけよ!」

 そして美鈴さんは僕へ手を振り続けている、リオネルの首根っこをむんずと掴む。

「ああっ、何するんだよっ!」

「いいから、あんたも早く来るのよっ!」

 肩を怒らせた美鈴さんは、ジタバタと暴れるリオネルを引きずって発令所を後にした。

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