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幸せの花を君に捧ぐ  作者: 綴 朔哉


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永遠の愛



 ――ごめんね、紫翠。


 そんな兄さんの声が聞こえたような気がして目を開ければ、兄さんの前で呆然と立ち尽くす紫翠さんの姿。

 

「……紫翠、さん?」

 兄さんはどこだ……? 紫翠さんに、会いに来たんじゃないのか?


「ぼく、帰るね」


「ちょっと待って、紫翠さん」

 慌てて止めるけど、紫翠さんは止まってくれない。


 玄関で靴を履いた紫翠さんの体がぐらつき、咄嗟に手を伸ばす。

 

 間一髪で、助けることはできた。

 

「いやっ……はなして」

 明確な拒絶の後、はっとした表情を浮かべた。


 俺は少しだけ強引に、紫翠さんを車に乗せた。


「なんで、二人は僕なんかに優しくしてくれるの?」


 ぽつりと溢すように聞いてきたその問いに、俺も静かに返す。

 

「紫翠さんだから、ですかね」

「ぼく、だから……?」


 そう、紫翠さんだから。


 兄さんが人生をかけて、愛した人だから。

 

 兄さんの笑顔を、取り戻してくれた人だから。


 理由は他にもたくさんあるけれど、俺の中で大きいのは今挙げたもの。


 誰も兄さんの代わりにはなれない。そんな事は、分かっている。

 だけど、少しでも力になることが出来れば。


 僅かにでもこの人が、これからを生きる希望を持ってくれたら。

 兄さんも、それを望むと思うから。


「紫翠さん、またね」

 ひとりになった車の中で思う。

 

 本当はひとりにして大丈夫かと、不安だった。


 だけど紫翠さんの表情を見て、信じてみることにした。



 それから定期的に、俺は紫翠さんの家にお邪魔している。

 そこで、涙零花弁症のことも教えてくれた。


 事実上の余命宣告をされたことも聞いた。


 それに死後、遺体が花に変わるということも。


 病気の話をする時、紫翠さんはどこか嬉しそうだった。


 きっと、死ねば兄さんに会えるから。


 そんな中で最初の三年程は調子にとても波があり、体だけではなく精神的にも安定しない日が多かった。


 兄さんがいなくなって、六年が過ぎた頃。少しずつ紫翠さんは、衰弱し始めた。

 

 今迄も体が辛そうなことはあったが、一日の大半をベットで過ごし家の中を移動することすら難しくなっていった。


「蓮くん、僕のためにいつもごめんね」

「謝らないでください、俺は友人として紫翠さんに会いに来てるんですから」


「ありがとう」


 近頃、紫翠さんは辛い顔をしていることが多くなった。

 

 思い通りにいかない体と、兄さんがいない心の穴を埋めることのできない苦しみ。

 前を向いてほしいなんて、言えなかった。


 もうすぐ、紫翠さんは兄さんに会えるのだろうか。


 今日帰り際に見せてくれた紫翠さんの笑顔は、とても綺麗だった。

 だけどその笑顔は作り物のようで、俺は妙に胸騒ぎがした。


  

 その数日後、あの事故の犯人のニュース。


 世の中に不満があった。楽しそうにしている人間にむかついた。


 そんな身勝手な理由。


 俺がこいつを殺してやりたいとすら思った。


 俺たち家族と紫翠さんから日常を、あるはずだった幸せを奪った。


 死刑なんかで、許されるわけがない。


 やり場のない怒りを制御するのに、俺は必死だった。


 感じたことのないほどの怒り。


「蓮……? どうしたの?」

「……おかえり、夕。今、犯人の死刑求刑のニュースやってた」

「……そう、紫翠さん大丈夫かな」

「わからない、明日また行ってみるよ」

「私も、行く」

 その日。そんな話を、夕としていた。

 


 その夜、俺は夢をみた。

 

 兄さんと紫翠さんが仲睦まじく手を繋いで、歩いていく夢。


 紫翠さんは振り返って、兄さんに何か言っていた。その後、二人はこちらに手を振った。


 今はもう見れなくなってしまった、紫翠さんの心からの笑顔。

  

 二人の手には、輝く何かがあって……。


 紫翠さんの口がゆっくりと言葉を紡ぐのに、うまく聞き取ることが出来なくて。


 そこで、目が覚めた。


 俺は何となく胸騒ぎがして早朝にも関わらず、夕を叩き起こす。

 念の為にと預かっていた紫翠さんの家の鍵を使って、様子を見に行った。


「紫翠さん?」

 まだ早い時間のためそっと部屋へと入り、声を掛ける。

 

 リビングの扉を開けると、僅かに花の香り。


 テレビの前には、大量の紫の花びら。


 二階へと続く階段にはオレンジや黄色の違う形の花びらや、白と青のグラデーションカラーの花びらが点々と落ちていた。


 見たこともない部屋の荒れように、背中に冷たいものが伝うのを感じる。

 

 ふと視線を動かした先にいた夕も、同じようだった。


「蓮、これって……」

「とにかく、上へ行ってみよう」


 夕は俺の服の袖を掴み、二人して恐る恐る二階へと上がる。

 階段を一段、また一段と上がる度に強くなる花の香り。


 それに比例するかのように、大きくなる心臓の音。

 

 寝室の扉は、開いていた。


 花びらはまるで俺たちを導くように、部屋の中へと続いていた。


「あいてる……」

 俺たち以外の人の気配がない家の中で、夕の呟いた声が凄く大きく聞こえた。


「……紫翠さん?」

 そっと部屋をのぞく。ベットの上にその姿はない。


「蓮、クローゼットが開いてる」

 夕の手に力が入ったのが分かった。


 部屋に足を踏み入れれば柔らかく、甘く香る花の匂い。


 のぞいたクローゼットの扉の向こう側には、大量の花びら。


「……うそ、だよね」

 夕がぺたりと、その場に座り込む。

 

「紫翠さん……」

 花びらはたくさんの服の上に広がり、紫翠さんが着ていたであろうものも混じっていた。


 その中に、小さな箱を見つける。


 宝箱のような形をしたそれの中にも、赤い花びらが降り積もっている。

 

 その隣には、香水の瓶。


 それとベルベット調の指輪の箱、これに俺は見覚えがあった。


 昔、兄さんに相談されたのを思い出す。


「蓮。こっちとこっちだったら、どっちが紫翠に似合うと思う?」

 事故が起こる一年くらい前。兄さんと紫翠さん、俺、夕の四人でテーマパークへ出かけたことがあった。

 

 少し意外だったのは、紫翠さんが実は絶叫系が好きだったこと。

 

 テーマパークのゲートを潜る時、きらきらとその目を輝かせていた。

 

 同じく絶叫系が大好きな夕と、二人で楽しんでいた。


 そして残されたそこまで得意ではない俺と、そんな俺を気遣って一緒にお留守番してくれる兄さん。


「兄さんも行ってきていいよ? 俺、別にひとりでも平気だし」

「いや、俺はいいよ。絶叫はそこまで得意じゃないし、それに楽しそうにしてる二人見てるだけで十分楽しいからね」

 色違いのカチューシャを着けてはしゃぐ二人は確かに、見ているだけで十分すぎるくらい楽しそうだった。


 その時見た兄さんは、二人にとても優しい視線を送っていた。

  

 夕は俺よりも、紫翠さんに懐いていた。そして何故かよく、恋愛相談をしていたらしい。


 紫翠さんも困りながらも話を聞いてあげていて、一緒に買い物に行ったりと夕の我儘によく付き合ってくれていた。

 

 俺も荷物持ちで連れて行かれることが、多くあった。


 兄さんは紫翠さんを取られることに少し不服な時もあるようだったが、二人が仲良くすること自体は嬉しいみたいだった。


 そうしていつものように紫翠さんが夕に取られている間に、兄さんから相談されたのだった。


 見せられたのは、指輪のデザイン。それから、それを収めるための箱。


「結婚指輪?」

「そう、流石に迷ってさ……」


 兄さんがこういう時に相談してくるのは珍しくて、相談相手に選んでもらえたのが少しだけ嬉しくて。


「俺はよくはわからないけど、紫翠さんにだったらこっちじゃないかな……」

 見せられたデザインはシンプルだけど、少し角張ったようなデザインのもの。

 

 もうひとつは、少し個性的な雰囲気の細かい模様が入ったデザイン。


 俺は、前者を指差した。

 

「やっぱり、こっちかなぁ……」

 兄さんはすごく迷っているようだったけど、その横顔は幸せそのもので。

 

「兄さんがそんなに迷うの、珍しいね」

「人生で一回しかないことだから、大事にしたいでしょ?」

 そう言って、とても優しく笑う兄さん。

 

「そうだね、大切なものだよね」

「いっそ、紫翠に直接聞いた方がよかったりするのかなぁ……」

 

「んー、どうだろ。紫翠さんは兄さんが選んだものなら、絶対喜んでくれると思うけどな」

「そうかな……うん、そうだよね。ありがとう、蓮」

 珍しく弱気な兄さんなんて、今迄みたことはない。いつも完璧な兄さんの人間的な部分が見れたのは、少し嬉しかった。

 

「ねね、箱の色はどれがいいと思う?」

 一緒にそんな話ができるのが楽しくて、嬉しくて。


 俺はこれがいいと思うんだよね……って兄さんが指差したのは、綺麗な紫色。

 

「確かに、紫翠さんの名前には紫って字も入ってるしいいかもね。この色のベルベットって、少し珍しいし」

 

 そんな記憶が、鮮やかによみがえった。


「ありがとう、蓮」

 そんな兄さんの笑顔を俺は、忘れられない。


 兄さんは、しっかり準備していたのか。


 ふと、昨日夢で二人の手にあった輝くものを思い出す。


「紫翠さん、兄さんに会えたんだね」

 香水瓶の近くには、一枚のメッセージカード。


 そこには兄さんの字で「永遠に愛してる」の文字。


 なんとも、兄さんらしい。


「あれ、おかしいな……涙がとまらない」

 


「ありがとう、蓮くん」


 あぁ、あれは最後に俺に会いに来てくれたのかもしれない。

 本当に優しくて、律儀な人だ。


 兄さんが紫翠さんのために調香した香水は、甘い花の香りがした。

 

 紫色のベルベットの箱の中にあったはずの指輪は忽然と姿を消していて、きっとそれは二人が持っていったのだろう。


 いつか、紫翠さんが言っていたこと。

 

「この花は、雅への執着心なのかな……」

 少し投げやりにも聞こえた、その言葉。


 あの時、俺は何と答えたのだったか。


 だけど、今なら思う。

 

 柴翠さんのその花は執着なんかではなくて、兄さんへの正真正銘の愛だと俺は思います。

 

 だからその花のこと、認めてあげてほしいです。

 

 それに花言葉の宿る涙なんて、それそのものがラブレターみたいできっと兄さんは喜ぶと思います。


 


 よかったね、紫翠さん。今度こそ、兄さんと幸せになってね。


 

  

 

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